第16話 二日目。午前。スタバ。

 スタバ・かねつき小路こうじ店。


 町屋まちや通りから一つ路地を入った所にあるこのスタバ。古都川薙かわなぎの景観を損ねないようデザインされているためか、チェーン店ながら観光客のみならず、地元民からも愛されるいこいの場として賑わっていた。




「そういえば昨日リクさ。遊饌ゆうせん6時までって言ってたよね?」


「ん? うん」


 咲久さくの言葉に、向かいの席で新作のフラペチーノをすすっていたりくは頷いた。


「でも昨日すぐに先輩と行ってみたんだけど、やってなかったんだけど?」


「ま?」


「ま。ほら」


「あホントだ。なんで?」


 そうして見せられたスマホに映るのは遊饌の店舗。


 遊饌は言わずと知れたはし専門店だ。けど、咲久のスマホに映った遊饌は確かに閉まっているように見える。


「ホントに6時なの? 結局明日また先輩と行くことになったんだけど」


 咲久は不満そうだった。

 とは言っても、遊饌が閉まっていたのは別に陸のせいじゃない。

 けど、そんな理不尽なクレームを受けた陸は、スマホを取り出すとポチポチと遊饌のホームページを開き、


「ほら。やっぱ合ってんじゃん」


 陸はスマホをテーブルに置いた。


 そこには確かに『10:00~18:00(場合により変動あり)』とある。

 

「大体今連休中なんだし、遅く閉めることはあっても早く閉めるとかないだろ普通」


「じゃあなんで昨日閉まってたの? なんか損したんだけど?」


「知らん。全部売り切れちゃったとかじゃね?」


 そんなわけないじゃん。陸の名推理に、むくれていた咲久は笑った。


 それは休日の午前、うららかな新緑がのぞける窓際の一席での出来事だった。


 ◇ ◇ ◇


(ま、ここまではまずまずじゃな。まるをやろうぞ)


 奇稲田くしなだが話しかけてきたのは、咲久が席を外した時のことだった。


「そうすか?」


 と、スマホと鏡を重ねて持ち、通話中のように見せかけた陸。


(うむ。己が心によくぞ打ち勝った。わらわ、見直した)


「ま、まあ。このぐらいのこと、オレならできて当然だし」


 奇稲田の賛辞に、陸はわざとらしく胸を張った。


 実は彼、奇稲田から咲久を誘い出せと命じられた時、緊張のあまりスマホをいじる指がプルプル震えていたのだ。

 けど、そんな陸の醜態しゅうたいを、奇稲田も見なかったことにしてくれたようで。


(こうして娘に付きっきりになっておれば、いざが起こったとしても確実に対応できよう)


 奇稲田は上機嫌で言った。どうやら彼女、自分の思い通りに事が運んでいるのがよっぽど嬉しいらしい。


「でもずっとくっついてはいられないすよ。学校も違うんだし」


 陸は言った。

 破滅まで最長であと6日。今は連休中だからいいけれど、それだけあれば登校日だってある。


 咲久の通う川女かわじょと、陸の川南かわなんはそれほど遠くない距離にあって、いざとなれば駆け付けられないこともない。けど、これは当たり前だけど、陸は女子高に入れない。


(あ。わらわ知っとる。それ、女子高と言うやつじゃろ?)


 真面目な話をしているのに、奇稲田はなぜか嬉々として食いついた。


 この神様、普段は神社にこもってばかりなせいか、未知への食いつきが妙に良い。

 昨日学校に行った時も、陸は無視していたけれど、ずっとはしゃぎ続けていたのだ。


 そんな子どもみたいな神様だからか、彼女、とんでもないことを大真面目に思い付いたりもするわけで……


(そうじゃ! ならばそなたが女子おなごふんして娘の学校に潜り込んでみるのはどうじゃ? よし陸よ。そうとなれば早速カワジョのせーふくとやらを買いに――)


「行くわけないっしょ!」


 陸の大声に、周囲の目が一斉に集まった。


「で、できるわけないす。大体、もしそれで上手うまく潜り込めたとしても、川女にオレの席なんてないし、行き場ないからすぐバレますし」


 周囲の迷惑そうな反応に、今まで以上にぼそぼそと陸。 


(ふむ。そうなのか。我が神算しんさんも通じぬとは、まったく現世うつしよとはままならぬ……)


「あ。小宮山君の時みたいにお守り渡しとけば、どうにかなったりしないすか?」


 陸は閃いた。


 小宮山海斗かいと。陸の友人、メガネ。


 昨日偶然とは言え、氷室ひむろのお守りでその友人を救っていたらしい陸なのだ。今回も同じ手が通用するのなら、たとえ破滅が相手だって怖れるに足らず。なのだけど……


(いや。娘は氷室の子じゃ。そのような物当然持っておるし、すでに十分すぎるほどの加護も受けておる)


 奇稲田はため息を吐いただけだった。


 なるほど。生まれた時からずっと氷室神社に住んで、毎日のようにその加護を受け続けている咲久だ。そんな彼女に今さら自分ちのお守りを渡したところで意味がないのはその通り。


「じゃ、どうすりゃいいんすかね?」


(ふうむ、どうすればよいのかのう?)


 シンクロする二人の青息吐息。


 学校が再開される前に破滅を回避できてしまえばそんな心配も無用なのだけど、今そんな都合の良い奇跡に期待したってどうにもならない。


(そうじゃ! ならば娘の学校に協力者を作ればよいではないか。さすればいざ事が起ころうと対処もできよう!)


 奇稲田が言った。


 けれど陸。それを聞いて脳裏に浮かんできたのは、とある一人の女子のことで……


「えっ!? ――や! ムリす! オレ、川女に知り合いなんていないんで」


 背筋に冷たい物が伝わってきた陸は、ブンブンと手を振った。


 けど、本当はいるのだ。つい昨日知り合ったばかりの先輩が一人。


 ――長谷はせひまり――


 彼女のことを頭から追い払おうと懸命な陸だ。けれど、そこは奇稲田だって、当然彼女のことを知っているわけで。


(おほほ……これ陸や。そなた、ずいぶんと冗談が上手なようじゃなあ。あまりにも上手なものじゃから、わらわ、うっかりだまされるところじゃった。おほほほほ)


 気持ち悪いぐらいにニッコニコな奇稲田。そして――


(このたわけめが! これもすべては娘のため。死に物狂いで誘わんか!)


 こうなってはもう陸も観念するしかないのだった。

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