〇〇〇の神の申す事には
sai山
前日譚。氷雨の日
第0話 2月某日。氷雨の日。
「お……お腹が、痛い……かも」
夜明けごろから降り始めた氷のような雨の中、一際悪い顔色の中学生がそこにいた。
彼の名は
彼はたった一人駅の改札を出ると、重い足取りでとある目的地へと向かっていた。
県立
それが彼の目的地。彼の第一志望校でもある。
実は彼、先日第二志望の、もうちょっとだけレベルの高い私立を受けたのだけれど、あえなく撃沈。
そんなわけで、彼は自分の人生のすべてをかける意気込みで、今日と言う日を迎えたのだ。
けれど、その意気込みが
「あ。あ。ああ~……そう言えば今朝、変なもの見ちゃったな~」
脂汗が
彼が今朝見た変なもの。それは蛇団子のことだった。
一匹のメスに大勢のオスが群がって、一つの団子のように見えることから、陸が勝手に名付けた
思い出すにはちょっと気味が悪いものだけど、この際、気が紛れるならなんでもいい。
「つか、冬に出てくるなよ。気持ち悪い」
陸は季節外れの奇物に身震いした。
でもおかげでちょっと楽になった。この調子なら、
「あ! ああああ、やっぱムーリー!」
折角忘れかけた腹痛を思い出してしまった陸は、くるりと
目指すは駅前のコンビニだ。あそこなら当然トイレがある。もしそこがダメでも駅に行けば!
目的を同じくする他校の生徒たちが、逆方向に向かう陸を可哀そうなものを見る目で見ている。
ああもう! 言っとくけど、英語さえなければこのぐらいの高校なんて! ――陸は彼らに負けじと強がった。けど、それで解決するようなら、最初からお腹はこんな状態にならないわけで。
試験開始まであと30分。用足しの分も考えると時間はちょっと厳しかった。けど、今はそれ以上にお腹の方が厳しい。
でもこのままじゃ、試験に合格する以前に、自身の青春の方が不合格になりそうだ。
陸はなるべくお腹に刺激を与えないように、駅へと急いだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……あと100メートル。や。そんなことは考えない方がいい。もし並ばなきゃいけなくなった時、我慢が……あ!?」
陸は脚を止めた。
別に、「間に合わなかった」とかそう言うわけじゃない。ただ、
「はぁ……はぁ……」
と、向こうの方に、自分なんかよりもずっと調子の悪そうな女子生徒がやって来るのが見えたのだ。
ダッフルコートにマフラー。氷雨の中、あまり派手でない傘。
同じよな恰好の女子が大勢いる中、ふらふらとおぼつかない足取りでやって来る彼女は、悪い意味で目立ってしまっている。
「あの、あー……えと。大丈夫すか?」
陸は女子生徒に声をかけた。
「はい? あっはい。大丈夫です。薬も飲んだし、今日受験なので」
「受験って川南すよね?」
陸の問いに、彼女は黙って頷く。
「オレも川南す。一緒に行きません?」
陸は手を差し出した。
本当は彼女のことは無視して、とっととトイレに駆け込みたかった。だって今超お腹痛いし、知らない人に話しかけるのってなんか嫌だし。
でもこれだけ体調悪そうなのに、それでも平気とか言われると、逆に「そんな訳ねーだろ!」って心配する気持ちが湧いてくる。
「え? いや。でも……」
「あ。もしかしてお腹痛いとかすか? 駅まで戻れば、今ならまだ間に合うと思いますけど」
「あ、それは別に。けど……」
彼女は、陸の提案に迷っているようだった。
けれど陸、そう簡単に、「はいそうですか」なんて引くぐらいなら、最初から声なんてかけていない。
「あ。じゃあこういうのはどうすか? 別に一緒に行くわけじゃないけど、オレ、すぐ近くにいるんで。もし具合悪くなったりしたら言ってくれればオレ、急いで先生呼んで来ますんで。あ。オレ、川薙中の――」
「……え? あ、はい。アタシは――」
「フクシマ? じゃ、ヨロシク。福島さん」
お互いに自己紹介した二人。
こうして陸は、他校の女子と一緒に入試会場へと向かうことになった。
けれど、このおせっかいを神様が見ていたのか、それとも彼自身の実力だったのか。
腹痛のことなんてすっかり頭から消えていた陸少年は、このまま試験に臨み――そして、無事川南に合格したのだった。
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