ひみつのワンデートリップ

類家つばめ

敦賀編

第1話 かりそめの旅仲間

 『東京都区内→東京都区内』のきっぷを握りしめ、俺は地下4階へと急いで潜っていく。


 エキュートでゆっくりパンや飲み物を調達していたが、レジが混雑していたあげく上野駅の新幹線ホームは地下深い。ホームに着いたのは、出発ギリギリの時間だった。


『お待たせいたしました。19番線に到着の電車は、8:17発、かがやき505号敦賀行きです』


 自動音声の構内放送とともにギギィーというブレーキ音が地下空間に響きわたり、俺が乗車口に着いたところでちょうど列車も止まった。


 前の人に続いて乗り込むと、既に車内は6割程度の席が埋まっている。俺の座る2列席の窓側の隣にも、既に40代半ばくらいの男性が座っていた。「すみません」と声をかけると、男性はムスっとした表情で一瞥し、足をよけて俺を通してくれた。そして、指定された席に腰を下ろして軽くリクライニングをすると、定刻通りに上野を後にした。


 そもそも始発の東京駅で早めに並んでいれば、わざわざ先客の前を横切るようなことをしなくても良い。

 しかし、今使っている『一筆書ききっぷ』は『同じ駅・同じ区間を重複して通っていけない』というのが大前提。帰りは別ルートで東京駅を通ること、上野から乗れば特急券が210円安くなることを踏まえての判断だ。


 やや遅めの朝食を済ませると、次の大宮でもさらに多くの客を乗せる。ほぼ満席になった列車は速度を上げ、群馬県を北上。緑の多い風景へと次第に様変わりしていくと、都会での日常生活から開放された気分になり、ほのかな悦びさえ覚える。


 高崎で上越新幹線と別れると、進路を西に向けて碓氷峠の急勾配へ挑む。反対側の3列席に座っている男女の大学生らしきグループからは


「見て!あの山綺麗!」

「ホントだ!おっきい!なんの山だろう!」

「あの辺に草津温泉あるんじゃないの?」

「今度行ってみたい!」


とはしゃぐ声が聞こえてくる。草津温泉はもっと向こうだし、彼らは榛名山のことを草津白根山だと言っているのだろうか。

 学生時代から一緒に旅をする友人がいない俺にとって、そんなやり取りさえも羨ましい。彼らへの嫉妬心が強くなる前に、イヤホンをつけて耳からの情報をシャットダウンし、光と影が交互に入れ替わる車窓を眺めた。




 大宮から1時間ほど経ち、長野に到着すると隣の男性が黙って席を立ち、そそくさと降りて行った。その男性と入れ替わるように、今度は水色のTシャツを着たポニーテールの一人の少女が俺の隣にやってきた。


「すいません。隣、失礼します」


 さっきの男性とは真逆に、丁寧な口調で声をかけられる。俺は目を合わせて会釈するも、その清楚な雰囲気に胸の鼓動が早くなり、すぐに視線を外へ逸らした。

 俺よりも5、6個くらい年下だろうか。彼女はゆっくりと腰掛けると、膝に乗せたリュックから本を取り出して読み始める。


 もしかして、このまま終点までこの子と相席なのだろうか。


 そんな期待をしつつも、怪しまれないように彼女から目を逸らし、トンネルが続く車窓を眺め続けた。


 長いトンネル地帯を抜けて景色が開けると、雄大な山々が見えてきた。あれが立山連峰だろうか。ふと手持ちのカメラに収めたくなり、カバンから取り出して窓越しにシャッターを切った。すると、


「山、綺麗ですよね」


 突然、隣の少女に声をかけられた。不意打ちで動揺するも、平静を装って返答する。


「そうですよね。つい景色が綺麗だったので」

「写真、お好きなんですか?」

「昔ほど熱心じゃないですけど。今は一人旅の思い出として使うくらいかな・・・・・・」


 今使っているカメラは高校の入学祝いに、生前の祖父に買ってもらったものだ。大事に使い続けてきた愛用品だが、最近は仕事の忙しさに追われて、使う機会はめっきり減っている。こうして手に取るのも何カ月ぶりだろう。

 続く言葉に迷っていると、少女はカメラを見つめながら口を開く。


「私も、初めて一人旅に出たんです。でも、旅先では一枚も撮りませんでした」

「どうして?思い出として残さなくていいの?」

「お土産で買ってきた物のほうが記憶に残るので。写真も良いですけど、旅先で見たものはこの目にしっかりと焼き付けたいんです」


 旅先で見たり食べたりしたものは何でも写真に収めがちだが、彼女には彼女なりの思い出の作り方があるのだな。

 ふと、彼女のリュックに付いている、頭に赤いりんごの被り物をした緑色のクマのキャラクターに目が留まる。それを指さし、俺は問いかけた。


「お土産って、そのぬいぐるみのこと?」

「そうです。アルクマ、っていうみたいです。この表情が何とも言えなくて可愛いですよね」


 少女は微笑みながら、アルクマの額のあたりを優しく撫でる。俺にとっては、その彼女の仕草もまた可愛らしかった。


「俺、石和いさわ瑞樹みずきっていいます。東京から日帰りで出かけてる途中で。君は高校生?」

「はい。鶴巻つるまき美佳みかです。京都に住む高校2年生です」

「高校生で長野まで一人旅?行動力凄いね!」

「そんなことないですよ」


 美佳が謙遜して軽く首を振ると、彼女の髪がふわりと揺れる。ほのかにシャンプーの淡い香りがした。


「でも、一人で遠出して両親は心配してないの?」

「親には昨日から今日まで、友達の家に泊まりに行くことにしてます。長野に友達なんていませんし、私が遠出していることも誰にも伝えてないですけどね」

「えっ、そうなの?警察沙汰にならないといいけど」


 すると、美佳は大ごとになってほしくなかったのか、焦った様子で問いかける。


「すみません!やっぱり、今のは聞かなかったことにしてもらえますか?周りにバレたくないんです・・・・・・」

「大丈夫。俺も周りに黙って出てきたし、バラすつもりないよ。似た者同士だね」


 俺の返事を受け、彼女は安堵の表情を見せる。

 

「ありがとうございます。石和さんはこれからどちらへ?」

「俺は終点の敦賀まで。北陸新幹線を乗り通すついでに、どんな街か巡ってみたくて。美佳ちゃんは?」

「私は京都に帰ります。あまり遅くなると、勝手に遠出してることがバレちゃうかもしれないですし」

「ぬいぐるみのこと、親に聞かれたらどうするの?」

「友達から貰ったことにしておきます。うまく答えれば、そう深堀りされることもないと思います」


 身内や知人にバレないよう、彼女なりに工夫しているのか。だとすると、周りに嘘をついてまで、彼女は何故一人で旅に出てきたのか。少なくとも、俺と同じ理由ではないだろう。

 旅は道連れ、世は情けだ。初対面の男からの誘いなんて嫌がれるかもしれない。ダメ元でもいいから、もう少し彼女のことを知りたい。


 勇気を振り絞って、俺は彼女へ声をかけた。

 

「美佳ちゃん。もし時間が許せるなら、一緒に敦賀を観光するのはどうかな?帰った後に予定あるなら、無理しなくていいけど・・・・・・」


 意外なことに美佳は嫌な顔をせず、その場で少し考えこむ。しかし、申し訳なさそうに答えた。


「気持ちはありがたいですが、次に乗る列車の指定取ってしまってるんです。変更する方法があれば回ってみたいですけど・・・・・・」

「そっか。きっぷ見せてくれる?」


 美佳から乗車券と2枚の特急券を受け取り、内容を確認する。

 乗車券は『長野→京都市内』の学割乗車券だ。特急券の1枚目には今乗っている『長野→敦賀』のかがやき505号、2枚目には『敦賀→京都』の特急サンダーバード20号の座席番号が記載されている。

 券面に『幹特在特』の記載はないし、これなら敦賀で途中下車できる。


「サンダーバードの特急券なら、手数料なしで一回だけ変えられるよ。敦賀に着いて窓口に寄れば対応してもらえるかも」

「そうなんですか?それなら少しの間ですけど、ご一緒させてください。一度寄ってみたかったところですし、楽しみにしてます」


 思いがけない旅仲間ができた喜びを胸の中で爆発させた。しかし程なくして、周りからは怪しい不審者に見られる可能性がある、と我に返る。

 お忍びのような緊張感を持ちつつも、一日限り二人だけの秘密の旅がこうして始まった。

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