シスター☆クライシス~完全無欠のS級美少女である妹は、実兄の俺のことが好きらしい。~

八木崎

俺の妹の恋愛観は、まちがっている。



 沢越彩華さわごえいろはは美少女である。それも完全無欠のS級美少女だ。


 それが同じ学校に通う俺―――沢越冬也さわごえとうやの妹である、周りからのあいつの評価だ。正直、兄の俺からすれば過大評価にしか思えんが。


 しかし、あいつはとにかくモテる。学年の男子から……いや、全学年の男どもから好意の目を向けられている。


 容姿端麗で成績優秀。運動神経も抜群。そんな三拍子も揃った上に、人当たりも良くて誰とだって仲良くなれる。そんなやつを放っておく方がおかしいだろ。


 ゆえに、沢越彩華はモテる。本人の知らないところで、男どもが勝手に牽制しあっているくらいには。


 だが、彩華が誰の告白も受けずに、好きな人はいるかと問われれば―――その答えは……


「ねぇ、ねぇ。お兄ちゃん♪」


 俺が自宅のリビングのソファーでテレビを見ていると、背後から明るい声が聞こえてきた。そして間髪入れずに俺の背中に何かが乗っかってくる。


「えへへ~、すりすり~」


 そいつは……まぁ、犯人は妹なんだが。彩華は俺に背後から抱きつくと、猫のように顔を擦り付けてくる。そのくすぐったさに身をよじりながらも、俺は尋ねた。


「おいこら、いきなりなにしてんだ」


「え~? だって、お兄ちゃんの背中がそこにあったんだもん」


 彩華は俺の背中から離れずに、むしろより強く抱き着いてくる。絶対に離したくないという強い意志を感じた。


「だってじゃねえよ」


 彩華を引き離そうと試みるが、意外にも力が強くて離れない。それどころか、余計に強く抱きしめてきた。


「いいじゃん! 私、お兄ちゃんのこと好きなんだし!」


 彩華は悪びれずに笑顔で答えると、そのまま体重をかけて押し倒そうとしてくる。なんだ、こいつ。寝技に持ち込もうとしてるのか?


「重い。どいてくれ」


「ちょっと重いって酷い! こんなに可愛い妹が甘えてるんだよ?」


「関係ないっての。さっさと離れろ」


「ぶぅ~。お兄ちゃんはつれないなぁ」


 彩華は渋々といった感じで俺の背中から離れると、今度は前に回って隣に座る。そしてそのまま俺の肩に頭を預けてきた。その姿はまるで甘えん坊の猫のようだと思った。


「おいこら」


「別にいいでしょ。兄妹なんだし」


「理由になってねえよ」


 彩華はなおも俺の腕に抱き着こうとするので、俺はそれを振り払う。すると今度は正面から抱きついてきた。


「えへへ~♪」


「……はぁ」


 もう何を言っても無駄だろうと諦めた俺は、そのまましばらく好きなようにさせることにした。まったく、なんでこんなことになったんだか……。


 それからしばらくして、彩華が満足しただろう頃合いを見計らって、俺は声をかける。


「そろそろ離れろって」


「いや。もうちょっとだけ、お兄ちゃん成分を補給するの」


 彩華はそう言うと、もっと身体を密着させてきた。顔を俺の肩の上に乗せて、自分の胸をこれでもかと俺に向かって押し付けてくる。


 正直、重いし邪魔だし、暑苦しい。いくら妹とはいえ、限度というものがある。さっさとどっかに行ってほしい。


「……ねぇ、お兄ちゃん」


「なんだ」


「実はね。お兄ちゃんにお願いがあるの」


 彩華はそこで一旦言葉を切ると、じっと俺の顔を見つめてきた。その表情からは真剣さが窺える。だから、俺も真面目に話を聞くことにした。


「お願い?」


「うん」


「なんだよ」


 俺が続きを促すように尋ねると、妹は真剣な口調でこう言った。


「えっとね。実は、その……今度の平日のどこかで、学校を休んで欲しいの」


「は?」


「いや、だから……学校を休ん」


「それは聞こえてる。俺が聞きたいのは、なんで平日に学校を休めって話だ」


 彩華がなにを言いたいのか分からず、思わず聞き返してしまう。すると、妹は少し恥ずかしそうに答えた。


「一緒に行って貰いたいところがあるの」


「……なぁ、それは休みの週末じゃ駄目な用事なのか?」


「うん。ダメ」


 彩華は首を横に振って即答した。


「週末だと、そこは休みだから行けないの」


 ……週末は休みで行けない、と。いや、それってどんなところなんだ? ショッピングモールとかでも無いし、映画館だとか動物園とかでも無さそうだ。


 じゃあ、一体……この妹はどこに俺を連れて行くつもりなんだろうか。少し嫌な予感を覚えながらも、一応聞いてみることにする。


「……それはどこなんだ?」


「えっとね……」


 すると、彩華は少し躊躇うような素振りを見せた後で口を開いた。そして告げられた場所は……俺の予想の斜め上を行く場所だった。


「病院だよ」


「病院? なんでまた……」


 思わず首を傾げると、彩華は少し困ったような表情を浮かべる。それだけ話しにくい内容なのだろうか。続く言葉はどれだけ待ってもやってこない。


 ……そうなると、なにか重大な問題を妹は抱えているのではないだろうか。それで悩んだ末に俺に打ち明けて……。


「おい、彩華」


「……うん。何?」


「その病院ってのは、一体なんの病院なんだ?」


 もし重い病気とかだったら困ると思い、単刀直入に聞いてみることにした。しかし……妹から返ってきた言葉は意外なものだった。


「それはね……」


 そこで一旦言葉を切ると、彩華は真剣な表情を浮かべながらこちらを見つめてくる。そしてゆっくりと口を開いた。


「泌尿器科の病院なの」


「……泌尿器科?」


 彩華はこくりと首を縦に振る。どうやら聞き間違いではないようだ。しかし、何故、泌尿器科なんだ? 俺は再び首を傾げた。


「なんで泌尿器科なんだ?」


「え、えーっと……」


 彩華はそこまで言うと、なぜか恥ずかしそうにモジモジし始めた。なんだ? 一体どうしたというんだ? 俺が訝しんでいると、彩華は意を決したように口を開いた。


「これはね、お兄ちゃんの為なんだよ」


「は? 俺の為?」


 いや、どういうことなんだ? てっきり、彩華に関係することかと思ったら、俺の為だと?


 ……まさか。この馬鹿妹は、また良からぬことでも考えてるんじゃないだろうな。そんな雰囲気がひしひしと伝わってくる。


 しかし、そんな俺の心配をよそに彩華は続けた。


「そう! お兄ちゃんの為にね!」


「いや、だからなんで俺の為なんだよ」


 俺が聞き返すと、妹はなぜか頰を赤らめながら口を開いた。


「そ、それは……その、お兄ちゃんのね? あ、アレをなんとかする為だよ!」


「はぁ? 俺のなに?」


「だから! おちん……」


「……あー、もう分かった」


 俺は顔を手で覆いながら、大きなため息をついた。ったく……なんてこと言い出すんだよこいつは。


「あのな、彩華」


「な、なに?」


「別に俺は、病院に行かなくてもいいぐらいに元気なんだが?」


「嘘だよ!」


「いや、なんでだよ」


「だって……私がこんなにも密着しているのに、お兄ちゃんってば全くなにも反応しないじゃん」


「は?」


「だから、お兄ちゃんはEDなんだよ」


 いや、なんでそうなるんだよ。論理が飛躍しすぎていて、訳が分からん。というか、なんで俺は妹にEDとか言われてんだ? ふざけんなよ。


「おい、誰がEDだって?」


 俺は彩華に対してそう言って抗議をする。しかし、当の本人はきょとんとした表情を浮かべていた。


「え? お兄ちゃんが」


「違うわ」


 俺はそう言いながら、馬鹿な発想をする妹の額にデコピンをする。すると、彩華は頭を押さえてうずくまった。


「い、痛い~……」


「当たり前だろ」


 俺はため息をつくと、再び妹に尋ねた。


「……で? なんで俺がEDなんだ?」


「だって、これだけ胸を押し付けたり、お兄ちゃんのあそこの上に乗っているのに、お兄ちゃんってば反応しないんだもん」


「いや、そりゃそうだろ」


 こいつは本当に馬鹿なのか? なんで実妹に欲情すると思ってんだよ。普段の頭の良さはどこにいったんだよ。


「家族が抱きついてきたところで、普通はなにも感じないだろ」


「私はそうでもないよ、お兄ちゃん」


「それはお前の頭がどうかしているだけだ」


「ひどっ!?」


 彩華は心外だとでも言いたげな表情を浮かべている。しかし、事実なのだから仕方がないだろう。俺は再び大きなため息をついた。


「いいか、彩華。お前がしていることはな。ペロが抱きついてきて、じゃれてるようなもんなんだぞ」


「お兄ちゃん、ペロは犬だよ? 私は人間だから、違うと思うけど」


「俺からすれば同じだよ」


 ちなみにペロというのは、うちで飼っている犬のことである。犬種はチャウチャウ。見た目はもこもこで、ふわふわした毛並みの犬だ。


「とにかく、俺はEDじゃない。分かったな?」


「む~……納得できない」


 彩華はまだ不満げな表情を浮かべている。しかし、こればっかりはどうしようもない。だって、事実なのだから。


「ほら、だからさっさと離れろ。いい加減、重いんだよ」


 そう言って俺は彩華を力づくで、無理矢理にでも引き剥がそうとする。妹は精一杯の抵抗を見せるが、体格差と力関係の前には無力もいいところだった。


「やだっ! 嫌だってばぁ~!」


 駄々っ子のように抵抗を続ける妹だったが、やがて力尽きたのかぐったりと床に崩れ落ちてしまった。そんな彩華に対して、俺は冷たい言葉を投げかける。


「ほら、さっさと自分の部屋に戻れ。そして大人しく勉強でもしてろ」


「そ、そんなぁ……お兄ちゃんともっと一緒にいたいよぉ……」


「甘えるな」


 俺がピシャリと言うと、妹は渋々といった様子で立ち上がった。そしてフラフラとした足取りで歩いていく。


 しかし、途中で立ち止まるとこちらを振り返った。その目には涙が滲んでいるように見える。


「ぐすっ……」


「泣いても無駄だぞ」


「うぅ……お兄ちゃんのバカ……」


 そう言うと、彩華は自室へと戻っていった。俺はそれを見送ってため息をつくと、ソファーにへ寝転がった。そして天井を見上げる。


「……ったく」


 どうしてこうなったのかねぇ……。俺は思わず頭を抱えてしまった。しかし、いくら考えたところで答えは出ないことは分かっているので、すぐに思考を放棄した。


 沢越彩華は美少女である。それも完全無欠のS級美少女だ。しかし、誰とも付き合わないのは……あいつ曰く、俺のことが好きだからという。


 完全無欠なのに、どうして一番重要な部分が欠落しているのか……全く理解ができない。


 妹の度を越したブラコンぶりに辟易としながらも、これから先もずっと妹からのアタックが続いていくことを想像して、俺は頭を抱えるのだった。






続かない


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