第6話『私は、願うよ』
「ひゃああああ!!」
突如耳元で鳴り響いた悲鳴により、私は深い眠りから目を覚ました。
昨晩は大して眠れなかったから、もう少し寝かせて欲しいんだけど、はて、目覚ましはこんな恐怖に震えた悲鳴だっただろうか。
私は昨日までどんな目覚ましが鳴っていたか思い出そうとしながら、目を覚まし、上半身を起こして横を見た。
壁に背を付けながら私を見て、驚きの表情を浮かべて固まっている女の子。
幼馴染であり妹でもある立花綾ちゃんを。
『なに幽霊が出たみたいな声出してるの? 綾ちゃん』
「え? 陽菜ちゃん? 本当に? 本物?」
『私は私だよ。可愛い最強天才アイドル。夢咲陽菜! ヒナちゃん! だよ?』
「た、確かに、この自分大好きな感じ、陽菜ちゃんだ」
『なんか妙に引っかかる言い方だけど。まぁ良いや。で? 綾ちゃんはなんで、ここに居るの?』
「なんでって、ここ私の部屋なんだけど」
『は?』
私は綾ちゃんの言葉に周囲を見渡すが、確かに私の趣味とは大分違う部屋の様に見える。
こんな少女趣味丸出しの壁紙やベッドなんて置かないし、本棚に漫画以外の本が並んでいるなんてあり得ない。
つまり、ここは私の部屋じゃない?
『え? ってことはここは綾ちゃんの部屋って事?』
「そうだよ!」
『でもそんなのおかしいよ』
「何が?」
『だって、この部屋! ヒナちゃんのポスター飾ってないよ!? なんで! 送ったでしょ! いっぱい!!』
「いや、飾らないよ。親友のポスター壁に貼ってたら嫌でしょ」
『嫌じゃない!! 綾ちゃんすらも虜にするヒナちゃんってやっぱり凄いんだなって思うじゃん!! 早く壁一面に飾ってよ!!』
「うーん。いい機会だし。全部燃やそうかな!」
『ちょ、ちょっと! ヒナちゃんを燃やさないで!! なんで、そんな酷い事するの!?』
「しょうがないよ。我儘ばっかり言う陽菜ちゃんとは、友達でい続ける事は出来ないから……」
『分かった! 分かったから! 飾れなんて言わないから。たまに取り出して愛でてくれれば、それで良いから! 二日に一回くらい!』
「折れないなぁ。まぁ良いけど。良いよ。たまにね」
『いえーい! やったー!』
無表情でこちらを見ていた綾ちゃんが、いつもの穏やかな笑顔に戻った事に胸をなでおろした。
とりあえずポスターは無事が約束された。危うく燃やされる所だった。一安心である。
しかし、それにしても綾ちゃんの部屋は以前と何も変わらず、何処か安心できる場所なようだ。
私は起こしていた上半身を再びベッドの上に投げ、両手を広げる。
ついでに頭を綾ちゃんの足の上に乗せるのも忘れない。
「あの? 陽菜ちゃん?」
『なぁーに』
「私、起きられないんだけど」
『良いじゃん』
「今日は平日だから、学校に行かないといけないんだけど?」
『今日くらいサボろうよ。てか今日は冬休みでしょ。なんで学校なんて行くのさ!』
「それは私が生徒会長だからだよ。色々と仕事があるの」
『仕事ぉ? てか生徒会長? 生徒会長!? 凄い! 流石綾ちゃんだね!』
「まぁ、それほどでもあるけど……てか、前に教えたよね? まさか忘れてたの?」
『あ、いや。そういう訳じゃないんだけど、ちょっとど忘れっていうか。いやー!! でも生徒会長だなんて、すごい! 天才! 流石私の幼馴染!』
「まぁね! でもまぁ、それを言うなら、今最も注目されているトップアイドルな陽菜ちゃんの方が凄いんじゃない?」
『そりゃ、ヒナちゃんが凄いのは当然だけどさ。私はただ持ってたものが評価されただけだもの。努力で生徒会長様になった綾ちゃんとは比べられないよ』
「陽菜ちゃんが成功したのは陽菜ちゃんも努力したからでしょ。あんまり自分を卑下するのは良くないよ」
『そう? そうかな! じゃあ私もそういう事にしよ! 天才で努力家で最強のアイドル!』
「うんうん。それでこそ陽菜ちゃんだね」
私は綾ちゃんと何でもない話で盛り上がりながら笑っていると、時計を見て慌てた様に起き上がった綾ちゃんに頭を蹴り飛ばされた。
痛みに悶える私を無視して、綾ちゃんは着替えなんかをしている。
恐らくはさっき言っていた生徒会の仕事とやらだろうけど、それにしても一言くらい何かあっても良いだろう。
急に後頭部を蹴られるこちらの身にもなってもらいたいものだ。
『うごごご』
「あ。ごめん。じゃあ行ってくるから。部屋で待ってて」
『うぎぎ、いってらっしゃい』
「行ってきまーす」
私は綾ちゃんを見送ってからまたベッドの上に横たわる。
酷く眠いのだ。やはり昨晩はあまり眠れなかったらしい。
目を閉じれば眠気はすぐにやってきて、私は深い夢の世界へと旅立っていった。
綾ちゃんの部屋で眠った日の翌日。
私は朝日と共に目覚め、すぐ横で眠っている綾ちゃんの寝顔を見た。
結局あのまま眠って起きなかったらしい。
綾ちゃんも起こせば良かったのに、遠慮しすぎは良くないな。と思う。
そして、綾ちゃんが起きるまでその柔らかい頬を突いて遊んでいたのだが、どうやら眠りは浅かったらしい。
すぐに目覚めた綾ちゃんは怒りながら私の行動を咎めるのだった。
「もう! 寝てる時に悪戯しないでよ」
『ごめんごめん。ところでさ。もう今日はお仕事無いの?』
「無いよ。今日からは仕事無し。冬休みでございます」
『やったー! いえーい! じゃあ遊ぼうよ!』
「いや、勉強もしないといけないから」
『うげー。いいよ。勉強なんてしたって楽しくないよ?』
「世の中、その楽しくない事で生きていく必要があるんです。勉強は必要だよ? 何なら教えようか?」
『要らない要らない。勉強してる間は漫画読んでるから放っておいて』
それから午前は勉強だという綾ちゃんに付き合って、本棚の数少ない漫画から読みたい物を取り出し、読む。
そして長い時間勉強をして、ようやく満足したであろう綾ちゃんと共に、懐かしき地元の空へ飛び出すのだった。
青い空、白い雲! そして四方に連なる山々は白に染まっている。
『いやー相変わらず田舎だねぇ! ここは!』
「そりゃ五年やそこらじゃ変わらないよ」
『まぁ、そうだよね』
山間の道を抜けて、誰が管理しているのか分からない木々の間を通り、小川へとやってきた私たちはその冷たい川を手で触りながら何でもない話をして楽しんだ。
まるで子供の時の様に。
気分が盛り上がりすぎて、山の中に残っていた雪の中を走り回り、転んでしまったが、まぁ楽しかったので問題なしだ。
そう。ただ、楽しくて、おかしくて、笑いが止まらなかった。
『ねぇ。綾ちゃんはさ。都会に行かないの?』
「行くよ。大学に入ったらね」
『そうなんだ。そしたらさ。同じ家に住もうよ。そしたらさ。また三人で一緒だ』
「私、どこの大学に受かるか、まだ分からないんだけど」
『大丈夫大丈夫。綾ちゃんならどんな大学だって、向こうからお願いしまーす! って言ってくるよ。私だってそうだったもん』
「私は、陽菜ちゃんとは違うよ」
『そうかなぁ。同じだと思うけど。まぁこんな田舎じゃ綾ちゃんの凄さは誰も分かんないか! しょうがないね!!』
「……陽菜ちゃん」
『でもさ。私は子供の時からずぅーっと知ってるから。綾ちゃんの凄い所も格好いい所も。全部、全部さ』
「そうだね。陽菜ちゃんはずっと私の事を見てくれていたね。うん」
『だからさ。大学に行くときは、どこに住むか必ず教えてね。私も一緒に住むから! 今ならお兄ちゃんも一緒に付いてくる特典あり!』
「分かったよ。約束」
私は綾ちゃんと小指を絡めて、笑いあった。
小さい頃から変わらない約束の仕方は、何も言わずとも覚えていたらしい。
小指を出すのに、少し震えているのを見ると、相変わらず不器用なようだ。
まぁ、こんな事ばっかり得意でも誇れる事じゃないけれど。
「そろそろ帰ろっか」
『そうだね』
川で冷えすぎたのか、綾ちゃんの私よりずっと温かい手を握って、私は再び来た道を戻り始めた。
しかし、少しだけ歩いた所で綾ちゃんは足を止めてしまった。
当然手を握っている私も引っ張られる形で足を止める。
『綾ちゃん?』
「陽菜ちゃんは、さ。これからどうするつもりなの?」
『これからって、言われてもな。とりあえずやりたい事はいっぱいあるし。明日は山にでも……』
「アイドル」
『……』
「陽菜ちゃん自身もおかしいって事に気づいてるよね? ちょっと前までテレビで、都会でアイドルをやってた陽菜ちゃんが、何で私の部屋に突然現れたの? ここは都会から来るには、かなり時間が掛かるよ?」
『それは、ちょっと覚えてないけど、休暇を取って、それで』
「じゃあ! このニュースになってる人は誰!?」
綾ちゃんは、懐から取り出した端末の画面を私に見せつけた。
そこには『人気アイドル陽菜、クリスマスライブ中、階段から転落し意識不明! 事件か事故か!? 業界に潜む闇とは!?』という見出しで、どこかの雑誌で撮った私の写真が載っていた。
それを見て、思い出すのは、あの時、ライブの終わりに突き落とされた思い出だ。
そして階段から落ち、意識が消える直前に願った願い。
『知ってたんだ』
「昨日ね。学校に行ったら聞いたんだ」
『そっか。お喋りな人には困っちゃうね』
「そうだね。畑君はいつも口ばっかり動かしてて困っちゃう。ってそうじゃない。話を逸らさないで」
『分かってるよ。ちょっとした冗談。こんな事でも言ってないと、泣いちゃいそうだからさ』
「……陽菜ちゃん」
『まぁ嘘なんだけど』
「陽菜ちゃん!!」
『怒らないで、怒らないで。冗談だから』
ハハハと笑いながら言ってみるが、綾ちゃんは笑っていなかった。
まぁ、当然か。
『綾ちゃんの想像通り、今ここに居る私は幽霊みたいな感じかな。多分階段から落ちた時に私の願いが奇跡になってこうなってるんだと思う』
「死んじゃった、ってこと?」
『いや、多分まだ生きてる。でも、このまま私がここに居たら駄目かもしれないね』
「っ! なら、早く戻らないと!!」
『うーん。どうしようかなぁ』
「陽菜ちゃん!! 冗談言ってる場合じゃないんだよ!」
『冗談じゃないよ。綾ちゃん』
「陽菜ちゃん?」
『もうさ。分からなくなっちゃったんだよ。何のために頑張ってるのか』
「教えて。私、陽菜ちゃんの話、聞きたい」
私は我慢できなくなった気持ちを言葉にして吐き出していく。
本当はこんな事言わずに、ただ綾ちゃんと楽しいだけの時間を過ごしたかったのに。
綾ちゃんはいつだって、私の汚い所を出せと騒いでくる。
『今回の事件ね。事故じゃないんだよ。突き落とされたんだ。いきなり! 昔一緒のグループの人だったんだけど、なんだかなぁって感じだよ。他にもさ。友達みたいな顔してハメてくる奴もいるし』
『馬鹿みたい。絆だ友情だなんてテレビで言っててもさ。このザマ。本当に信じられる人なんて殆どいないの』
『表面じゃ良い人みたいな顔してても、裏じゃ私の事馬鹿にして利用しようとする奴ばっかり』
『だからさ。疲れちゃったの。もう良いかなって』
『このまま綾ちゃんの背後霊として生きていくのもアリかなって思う。そしたらお兄ちゃんにも、たまに会えるし』
「……つまり逃げるって事?」
『は?』
「陽菜ちゃんは他の人が怖いから、私の陰に隠れて生きていきたいって、そういう事?」
『ちょ、ちょいちょい。綾さん? 喧嘩売ってるの? なら買うけど』
「うん。売ってるよ。だって、私の好きな陽菜ちゃんは理不尽なんかに負けないもの。怖い大人の人に殴られたって、私の為に戦って、それで、自分の方が痛くて泣きたいのに、それを我慢して、私に大丈夫って言ってくれる人だもの!」
『綾ちゃん!』
「何さ! 陽菜ちゃんの顔した偽物! 陽菜ちゃんなら、その世界が駄目でも別の世界で頑張ろうって言える人だよ! アイドルっていうのがどういう物かも何も分からないのに、ただなろうと思ったって頭空っぽな理由だけで都会に行っちゃうくらい強い女の子なんだよ!! 私の憧れなんだよ!! 私の大切な親友なんだよ」
『……』
「帰ってくるなら!! その体も持って来いよ!! 生きてるなら、出来る事はいっぱいあるでしょう? 何で諦めちゃうの?」
『ごめん、綾ちゃん』
「本当に、弱い陽菜ちゃん。もう良いよ。そうやって私の後ろにずっと隠れてれば良いんだ。それで私が都会に行って、お巡りさんになって、凄く格好良くって! 優しくて、世界で一番凄い人にプロポーズされて、幸せな家庭を作るのを後ろから見てれば良いんだよ!」
『結婚、か……出来ないよ』
「出来る」
『出来ない』
「出来る」
『出来ない!!』
「なんで陽菜ちゃんがそうやって決めつけるのさ!」
『私が許さないから』
「っ!」
『邪魔してやる。私の綾ちゃんをどこの誰とも分からない奴になんか渡せるか! それにお兄ちゃんだってきっと凄く反対するもん!! そしたらまた三人でずっと一緒だもん!!』
「出来ないよ。だって陽菜ちゃんは私の背後霊になるんでしょ? なら、私は陽菜ちゃんの事なんて無視するもん」
『……させない。私を無視なんて、絶対にさせないから。もう誰かが遠くへ行っちゃうのはやだ! だから私は……!』
「……」
『あぁ。そっか。そうだったね。私、思い出した。お兄ちゃんの事だけじゃ無かったんだ。なんでアイドルになりたかったのか。一番星を目指したのか。ようやく思い出したよ。最初の気持ち』
「……なんで?」
『今は内緒。でもいつか教える。だから、今は』
私は綾ちゃんから手を離すと、右手首を触りながら、そこにない感触を思い出して、空を仰いだ。
これから陽が沈む。
星はこれから蒼い空で輝くのだろう。昼という名の休憩時間が終わったのだから。
ならあの星空に私も還らないと。みんなが見上げる空が曇ってたら悲しいもんね。
『綾ちゃん。ありがとう。それとごめんね』
「いいよ。気にしないで。それに、このお礼はいずれ返して貰うから」
『いずれ? 何で返せば良いの?』
「約束したでしょう? 一緒の家に住むって、都会の案内は陽菜ちゃんに任せた!」
『ふふ、アッハッハハ。これは大役だ。早く怪我を治さないとね』
「そうだよ。私は絶対に受かるから、来年の冬には都会に行く。だから来年の春に、また会おうよ」
『うん、楽しみにしてる』
「だから、約束して、陽菜ちゃん。負けないで」
『うん。分かった。綾ちゃんも、負けないでね』
「『約束』」
私は綾ちゃんと小指を結び、そして自分の中にある奇跡に話しかけた。
『ねぇ。奇跡さん。願いをやり直しても良いかな』
何かが頷いたような感覚に、私は安堵した様に笑った。
そして白く染まっていく景色に飲まれ、綾ちゃんの姿も見えない場所に放り出された。
本当に願いが叶うか分からない。
目は覚めても、もうヒナちゃんとして立てないかもしれない。
アイドル活動を続ける事だって難しいかもしれない。
でも、負けない。そう約束したから。
私は、願うよ。
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