第24話 木の聖地①

 出来上がったばかりの荷台を見せてもらう。大きな荷台に張り立てられたその天幕は中に入ればアルでも真っ直ぐ立てる程高い。元々の箱型の荷台であれば本来馬一頭で引くのは難しいらしいがアルは荷台を可能な限り軽量化したおかげでグラニだけでも引けるようになったそうだ。中は次の町までの食料や水。それとグラニの干し草だけで済む。おかげで中で十分に過ごせる大きさだ。移動は二人ずつ中と御者台を交代して移動すれば中にいる二人は横になって眠ることさえできそうだ。そして中はアルの布のいい匂いに満たされていた。


「エイルー。アルー」そう私たちを呼ぶヒルドの声が聞こえてふっと我に返る。少し意識が遠のいていたようだ。返事をする前に荷馬車の入り口から中を覗くヒルドの姿が見えた。「なんだ。やっぱりいるんじゃない。返事してよ」そう言って返事を待たずに馬車の中に入って中をキョロキョロと確認する。「へー。広くていいじゃない。これが私たちの馬車になるのね」そう嬉しそうにするヒルドは少し顔色が悪く見える。


「ヒルド。大丈夫? なんだか顔色が悪そうに見えるわ」そう聞くとヒルドは伐が悪そうに「昨日の夕食の時お酒飲みすぎちゃって……」と言った。ただの二日酔いの様だ。私はヒルドに近づいて力を込める。手から光が溢れ出しテントの中を明るく照らす。「ああ……。気持ちいい――」そう言って気持ちよさそうに私に身体を委ねる。

「シグは? まだねてるのかな?」私にもたれ掛って惚けているヒルドに尋ねる。「……多分寝てるわ。私よりずっと沢山飲んでたから……」と言った。この町の人達の気も知れないでこいつ等は……。全部言ってやろうかと一瞬思ったが結局ヒルドとシグには何の罪もない事を思い出し言うのを留まった。「この馬車は徹夜で町の人達が完成させてくれたのよ。私たちも頑張りましょう」とだけ言って。


「そうなの? 私たちが浮かれてる間にみんな頑張ってくれてたのね。面目ないわ……」とヒルドは弱って私にもたれ掛ったまま反省した。その後すぐ回復したヒルドと一緒に宿に戻りシグの部屋に向かい同じように癒しの力でシグを回復させた。


「悪かったな。エイル。浮かれすぎちまったよ。今度はこっちがちゃんと役割を果たさないとな」と元気になったシグは勢いよく飛び起きて体操を始めた。


「役割って?」と私はシグに聞き返す。「ん? そんなもん決まってるだろ? 俺はスライムの伝道師様だぞ?」と体操していたおかしな体制のまま格好付けた。私たちは皆で大笑いし、町長の所に足を運んだ。それから町長と一緒に昨日の集会場に移動した。同時に町の主要人物にも集まってもらった。そして以前アルから教えてもらった精霊の話を丁寧に話した。私たちの話を聞いた町の人達は困惑した様子だった。「――そんな……。俺たちは聖教会の教えに従ってスライムをずっと殺し続けてきたんですよ? それが間違いだったと? 聖教会が過ちを認めるということですか? 聖教会の教えは絶対ではなかったのですか!?」とアルの顔を睨むようにすごんで町長は言った。


「人間は間違える生き物だ。絶対に正しい事を選ぶということはとても難しい」と言葉にする。


「しかし、それでは私たちはなぜこれほどまでにあなた方に……いや、何でもありません……」町長は歯切れ悪く言葉を濁した。


「この国のスライムは決して多くない。大地がそれほど汚れてはいないということだ。それなのにこれほど自然が破壊されているのは太陽が当たらないのが原因だ。私がこの国に来てからはずっと晴れが続いているが、聞けばこの国はずっと曇っているか小雨が降っている状態が長く続いているそうだな。その原因は風だ。恐らく風の精霊が弱っている」


「風の精霊? それもスライムなのですか?」と町長はアルに聞き返した。


「いや、風の精霊はスライムにならない。常に目に見えない状態で世界中の大気を浮遊している。地上の水が蒸気となり上空で冷やされ雨となり大地に降り注ぐ。そして太陽の熱で再び蒸気と共に大気を浮遊する。その時上昇気流が発生する。その一連の中で自然と風は起こる。風が起これば上空の雲は移動する。しかし、この国の上空には何故か雲が停滞している。雲が太陽の光を遮る。これが太陽が当たらなくなった原因だ」とアル本人はわかりやすく説明しているようだが、この場にいる全員が首をかしげている。この間の星の話同様さっぱり意味が分からない。


「まぁ兎に角、風が吹けばいいってことだろ?」とシグは言った。


「ああ」とアルが声に出すと皆は「なるほど」と皆に合わせるように納得したように見せかけてはいるが、恐らく誰一人理解はしていない。


「ではどうすれば風が吹くのでしょうか?」と町長はアルに問いかける。


「今の段階ではまだわからない。だが恐らく原因はこの国ではない」とアルは質問に答えた。


「で、では、我々は何をすれば?」と町長は再びアルに問いかける。


「精霊には触れずに普段通り力強く生活していればいい。この世界の乱れは我々が旅の道中で解消する。少しでも早く出発する為に旅に必要な物の準備を急いでほしい」とアルは真っ直ぐに町長の目を見て答えた。その実直なまでのアルの受け答えは疑心暗鬼だった町の人々に安心を与えたようで先ほどまで重く暗かった空気がふっと軽く明るくなった。


「わかりました! 旅の準備は我々にお任せください。町の者が一丸となってあなた方の旅に協力いたします!」という町長の言葉をきっかけにそれぞれ自分の役割をこなす為に各々が足早にその場を後にした。あっという間に私たちと町長、それと町の女性数人だけなった。


「皆様は出発までゆっくり英気を養ってください」と町長が締めくくり、その場を後にしようとした時、「いや、もう十分休ませてもらったよ。俺達の旅なんだから俺達にもやらせてくれ」とシグが席を立った。そのシグに続いてヒルドも頷き席を立った。私もそれに倣う。アルも私に附いてその場を後にした。それから全員で旅の準備を手伝い荷物の積み込み、荷台を馬に負担なく引かせるための調整、車輪の確認をした。荷馬車の修繕方法も教えてもらった。荷物の中には何に使うのかわからない大量の薪と立派な毛皮、そしてかんじきが積んであった。町の人に聞いてみると「必要になるかもしれませんので」と曖昧な返答が返ってきた。

 全員で荷台に乗り込んで長い旅に備えて徹底的に安全を確認した。不具合が見つかり次第町の人達が総出で修正してくれた。昨日までの殺伐とした空気はアルが黙々と作業をする姿を見てだんだんと薄れていった。この聖騎士は以前の人達とは違うという雰囲気が広がっているのを感じた。全ての確認が終わるころには日暮れ前になりそれぞれが自宅に帰っていった。私たちも宿に戻り食事を頂いた。そして、私は明日早朝の出発に備えて早めに就寝した。こんな日でもアルとシグは外に出て稽古をし始めた。どうやら昨日はシグもベロベロで稽古は出来なかったらしい。今日はヒルドも稽古に加わって二人がかりでアルと対峙したらしい。新しい弓でアルと対峙してみたかったようだ。最初こそ心配してみていたのだが相変わらず二人が狩りでもアルには手も足も出ないようでその様子を見たら安心して一人で部屋に戻った。


 物音に気が付いて目を覚ますといつも通り私よりも早く起きたヒルドが旅の準備を済ませるところだった。


「おはよう。よく眠れた?」と私が目を覚ましたことに気が付いてヒルドが声を掛けてきた。


「おはよう。よく眠れたよ。そう言うヒルドは? いつまでアルと稽古してたの?」と聞くと私が部屋に戻ってから間もなくヒルドは部屋に戻ったらしい。シグはその後もアルと稽古をしていたようだ。


「さあ、準備が出来たらシグ達の所に行きましょう。もう起きてるかしら? まあアルに起こしてくれって頼んだけど」とヒルドは言った。


「アルはもう起きてるの?」と聞くとヒルドは黙って扉の方を指で示した。どうやら今日も見張りで部屋の前に立っているらしい。


「アイツいつ寝てるのかしら? 私まだアルが寝てるところ見てないわよ?」とヒルドが言った。確かにと思いつつアルが人間じゃない事を思い出してしまいそれ以上何も言わなかった。


 準備を済ませて部屋を出るとアルが立っていた。「シグは?」というヒルドの問いにアルは「先に外に行った」と答えた。


 私たちも外に向かった。外はまだ薄暗く澄んだ空気が鼻腔をくすぐった。どうやら今日もいい天気になりそうだ。外に出るとシグが身体を伸ばして体操をしていた。


「おう。おはよう。準備はできたか?」とシグが私たちに気が付いて近づいて来た。


「おはよう。バッチリよ」とヒルドは応えた。そしてみんなで馬車の所に移動した。馬車の所に行くとカイがグラニにエサを与えて背中を撫でていた。


「あれ? カイ? おはよう。どうしたの?」とヒルドが聞くと、


「おはよう。 どうしたのって僕も行くんだよ? あれ? 聞いてないの?」とカイは不思議そうな顔をしていった。


「は? 何でだよ? お前には関係ないだろ?」とシグは冷たく言い放った。その言葉を聞いてあきれた様子のカイは言い返した。「……あのね。木の聖地ってどんなところだか知ってる? 馬で行けるところから聖地まで数日かかるって聞いたでしょ? その間この子の世話は誰が見るの? まさかほったらかしで行く気だったの?」と厳しい口調で正論を突き付けてきた。


「――そ、それは……」と口ごもるシグに「やっぱり。何も考えてなかったでしょ?」と勝ち誇ったように言った。「君たちが聖地に行ってから帰ってくるまでの間、僕がこの子の世話をする。聖地から次のエットリアに向かう為にはネスタルの町の大通りを抜けて行くしかないからネスタルで兄さんと合流して町に戻る。そこでお別れだ。それまでの間宜しくね」と言った。その言葉を聞いた私たちはお互いに顔を見合わせ、カイの方を向き直して「「「宜しくお願いします」」」と頭を下げた。カイはプッと吹き出し声を出して笑った。


 荷物を積み込み、グラニの手入れを終えて御者台に乗り込んだカイは私たちが荷台に乗ったのを確認した後ゆっくりと手綱を弾いて出発した。町の入り口まで移動すると来た時と同じように町の人達が集まって私たちを見送りに来てくれた。「行ってらっしゃい」「頑張ってね」「気を付けて」と口々に声を掛けてくれる町の人達のその顔は来た時の硬い表情とは打って変わって温かく優しい表情だった。 

 本気で私たちを見送ってくれてる人も私たちがようやく町から出ていくことに安堵している人もいるのだろうがその真意はわからない。ただ、どんな理由であれ皆が笑顔で見送ってくれていることが嬉しく私たちは荷台の後ろから町の人達が見えなくなるまで手を振り続けた。


 馬車はどんどん町から離れあっという間に見えなくなった。来た時の馬車とは違い滑らかな車輪は滑るように回り、軋むような音もなく振動も少ない気がする。でも天幕に覆われたこの荷台では前後からしか流れる景色は確認できないのは少し残念だった。私は前方の御者台の方から景色を眺めて移動中を楽しんだ。アルは出発と同時に御者台のカイの隣に移動していた。ヒルドは後方の入り口から外を眺めていてその近くでシグは横になっている。時間によって配置は変わるものの木の聖地の山までの定位置となっていた。町を出発してからしばらくして分かったことだが馬車は坂道ではゆっくりしていられない。グラニの負担を少なくする為降りて一緒に歩いたり後ろから押したりしなければならない。特に町を出て直ぐは荷物が多いから割と外を歩くことが多かった。途中でグラニの休憩に合わせて思い思いに体を伸ばしたり深呼吸したりした後食事をしたり横になって休んだりする。それでも荷物を持って歩いていた時に比べればずっと楽だった。ちなみに私は専ら御者台の上でじっと座っていた。理由は言わずもがなだ。夕暮れ近くまで移動すると夕飯の準備をしたり身体を伸ばしたりという生活になった。基本的には町で貰った保存食をそのまま食べるのだがたまに新鮮なお肉が食べたくなる。ボソッと口に出すと「捕ってくる」と一言だけ残してアルは飛び去って行ってしまう。たまにはいいかと思うが不用意な発言は避けようと皆で決めた。


 ネスタルまで戻って来た日は残された家を借りて久しぶりの温かい料理を食べたり屋根の下で眠ったりできたことが嬉しかった。しかし、特に他の用事が無いため日の出とともに出発した。来た道を真っ直ぐにネスタルを突っ切る形で通り過ぎて始めてくる場所になった。右手には大きな森が見える。この森を迂回した先の森に隠れている場所に木の聖地が見えるらしい。


「ほら。見えたよ。あれが木の聖地の山だよ」というカイの声で私は御者台の方から顔を出してグラニの向く方向を見た。するとそこには真っ白な山が悠然とすそ野を広げていた。


「何あれ? 真っ白……。もしかして雪?」と私の隣から顔を出しているヒルドが声を上げた。


「マジかよ。こんな時期に雪が積もってるのか?」と私の上から顔を出すシグも驚きを隠せない様子だった。


「そう。本来なら有り得ないんだけど、あの辺りは特に黒い雲が覆っていて昼間でも太陽が数年間当たっていないんだ。この時期でも雪が降るし、降った雪は解けずに積もり続ける。結果、木の聖地であるはずの山の木々は枯てしまった。雪が深くて人が立ち入ることもできなくなったんだ。最後に確認に向かった昨年の冬前には山に近づくこともできなかったらしい。それから時間も経ってるし今となってはどうなってるかすらわからないよ」と何故か申し訳なさそうな顔でカイが言った。


「なんだよそれ。人が立ち入れないって……。じゃあどうすればいいんだよ?」とシグはカイに詰め寄る。


「――わかんないよ。だから、町の人達はそのことについて何も言わなかったんだよ。その責任を問われても困るし、……きっと聖教会の人達なら自分たちで何とかするだろうって……」カイはチラッとアルのいるほうに目を遣り、下を向ていてだんだん小さくなっていく声で言った。


「何とかったって……。何とかなるか? アル」とシグはアルに問いかけた。


「ああ」とアルは考える様子も見せずにあっさりと答えた。それを見たみんなは安堵した様子で考えるのを止めアルに任せることにした。心配事がなくなったことでその珍しい景色を純粋に楽しんで旅を続けることができた。山に近づくほどに空気は冷たく身体がかじかんできたアルは全く平気そうなのでそこからはアルだけに御者を任せて荷台の天幕を閉じて毛皮を被って中に籠った。たまに様子を見る為に天幕を開けて様子を見ると「寒い!」と怒られるので途中からは天幕越しに話しかけた。グラニにとってもこの寒さは堪えるようで、アルは天幕に使った布の余った一部を先にグラニに掛ける用に切っていた。折角の布を切るなんて! とその時は不満に思ってしまったが、こうなると流石に仕方がない。でも自分の大切なものを盗られたような気持になった私は、その卑しさに罪悪感を覚え、無意識に指輪を転がしていた。

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