第20話 知られざる町の英雄③

 しばらく移動すると辺りが薄暗くなった。


「今日はここまでにしようか。飯にしよう」とエリックは言った。ありがたいことにカイは馬車に食料を馬車に積んできてくれていた。おかげで時間をかけずに食事にありつける。


「馬車ってのは本当にいいもんだな。座ってるのに歩くよりずっと早く移動ができる。休憩は馬に合わせてすりゃいいんだもんな」と言うエリックの手には既にパンと干し肉を握られている。


「ホントに。アルが言った通りだわ。もう馬車がないととても旅なんてできないわ」と皆に食事を配りながらヒルドが同意した。


「お前らの村は馬車じゃいけないもんな。っていうか何であんな所に住んでんだ?」とエリックに質問された私たち三人は互いに顔を見合わせ「さぁ?」と答えた。なぜあそこに住んでいるのかなんて考えたこともない。


「なんだよそれ」とエリックは呆れた様子だ。確かにどうしてあんなに不便な場所で私たちは暮らしていたんだろう? 今まで考えたこともなかった。そうしてこの日も他愛のない会話をしながら夜が更けていった。


「シグ。剣の稽古だ」と食事が終わるのを待っていたアルが言った。


「おう! 今日も頼むぜ」シグはそう言うとすっくと立ち私たちから少し離れたところに移動する。暗くなった辺りをアルの杖が照らす。


「な、何あれ!?」とカイが驚いた声を出す。そういえば昨日もアルは杖を光らせていたがエリックは特に驚いた様子もなかった。まぁその前にアルが空を飛ぶのを見ているのだから今更と言ったところだったのだろうか?


「あ、あれは聖騎士の魔法よ」とヒルドは誤魔化す。アルの正体を明かせない以上本当のことは言えないし言ったところで理解できないのだからそうするしかないのだ。


「……聖騎士ってすごいんだね」と感心するカイに対してエリックはずっと無言だ。嘘をついて現状を伝えるにはうまく言語化できないのだろう。二人はアルとシグの訓練には目もくれずにアルの杖を眺めていた。二人にとってはあの巨大な裂け目よりも大きな橋よりもあの光の方が異常なようだ。私たちはもうすっかり慣れっこでなんだか夜はアルの杖が光って当たり前のような気になっている。慣れとは恐ろしいものだ。アルとシグはいつも通り放っておいて私とヒルドは馬車の上でアルの布に包まって、男どもは地面に横になって眠った。


 翌日いつの間にか稽古も終わってエリック達と並んで眠っているシグの姿があった。ヒルドとアルはいつも通り先に起きていた。


「おはよう」とアルとヒルドに朝の挨拶をする。


「おはよう」と二人は返事をくれた。その声を聞いてカイも目を覚ましたようだ。昨日同様最後まで寝ていたのはシグとエリックだった。馬の食事を済ませたら早速出発した。馬車のおかげで出発の準備も特になく散らかった荷物の片付けも移動しながら出来るのは時間の短縮になる。私たちは馬車に揺られながら町に向かって進み出した。馬になれる為にカイとヒルドが交代で馬に乗り、馬車に乗っている時に食事をした。昼頃になると馬を休ませ餌と水を与え、その時はずっと座りっぱなしで固まった身体を伸ばす為に馬車から降りて思い思いに運動をした。座りっぱなしも結構堪える。

 ここまで進んでようやくわかったのだが馬車の荷物の半分は水と馬の餌だった。今回は馬二頭分の食料だから余計に大量にいるわけだが一頭でも遠出するならかなりの量を荷台に積んでおかなければならない。当然水も必要だ。旅先いつでも水場があるわけではない。馬車があるから大量に荷物を積めるということではないようだ。この辺りは街道から少し外れれば比較的水や食料は確保しやすく馬単体でも移動も容易いらしいが、他の国だと土地の環境や次の町までの距離も踏まえて食料や水の確保が必要だと二人は教えてくれた。短い時間でもエリックとカイと一緒に旅をできたのは不幸中の幸いだった。

 馬との旅の生活を学びつつ、先へ進み続けていると先ほどまでとは違う匂いが鼻腔をくすぐった。その匂いはここまでの道中では感じなかったもので、自生しないはずの植物の匂いや、獣の糞の臭い。そして、食事の匂い。それは村を出発してから久しく嗅いでいない人の営みから生まれる特有のものだった。遠くを見ると視界に違う風景が飛び込んできた。明らかに人の手が加わった耕された土や青々を育った食物。遠くには広い草原を木の柵で囲った広々とした牧草地帯。そこ囲いの中にはたくさんの動物の姿が見える。先にこの風景を見ていればネスタル辺りの風景は荒廃していると言わざるを得なかっただろう。しっかりと手入れされ太陽の光をいっぱいに浴びた植物はとても美しい緑色の光で目を癒してくれる。真っ青な空に白い雲、私の目に沢山の鮮やかな色が飛び込んでくる。


「もうすぐだ。思ったよりだいぶ早く帰って来れたな」と安堵の表情を浮かべるエリック。


「そうだね。でもなんだかいつもよりずっと疲れたよ」とカイ。多分聖騎士が一緒だからずっと緊張していたんだろう。本当はカイには話してもいい気がしたがやはり知ってる人が一人でも増えるのは避けるべきだという全員の意見が一致した結果、アルを聖騎士として通した。エリックもこのことに関してはずっと口を閉ざしていた。そのまま町に向かって進んでいるととてもいい匂いが漂ってきて急にお腹が空いて来た。


「なんかめっちゃ良い匂いがするな」という声以上に大きくお腹を鳴らしてシグは空腹を訴えた。


「本当に……なんだか久しぶり」そういうヒルドは気のせいか少し涙ぐんで見える。その顔を見た途端私も何故か泣きそうになった。村を出発して二日目で到着するはずだった町に、六日目にしてようやく到着したのだから当然と言えば当然だった。町の入り口の近くまで来ると大勢の町人達が私たちを出迎えてくれていた。町に到着すると同時にその人たちは一斉に地面に手をつき頭を下げた。


「え? え?」と困惑する私たち。それをしり目に町の人達の中の一人が頭を上げ神妙な面持ちでこちらを見てきた。いや、アルを見ているようだ。


「聖騎士様。聖教会に何の断りもなく勝手に移住してしまったこと、誠に申し訳ございません。ですが、以前の町は長らくの日照不足により食物を育てることができずあのままあの町で住み続ければ滅びる可能性がございました。まずは皆の命を守ることが最優先と考え総出で移住した次第でございます。何卒ご容赦くださいませ――」と聖教会に咎められないよう必死で言い訳をした。その言葉を聞いてアルは私の顔を見る。正直見られても困る。目線を外さす私を見つめるアルの視線から逃げる様に私は頭を下げ目線を外した。


「そうか。ではそうしよう」と出会ったばかり時と同じようにの答えを返す。


「あ、有難うございます。心から感謝いたします。世界の平和の為の聖地巡礼をお手伝いするのはすべての民の当然の務めでございます。必要なものは何なりと申し付けください」と体のいい物言いをする。


「町長。この方は聖騎士のアル様です。すでに町の現状と移住の理由を伝えお許しを頂きました。私が言うのは恐れ多いですがこの方はとてもいい方です。ここまでの道中もとてもよくしていただきました。どうか彼らに馬車と食料をご用意いただきたいです」とエリックは町長と呼んだ男性に申し出てくれた。


「聖騎士様に向かってなんて口の利き方だ! エリック! 弁えろ!」と強い口調でエリックを咎める町長。


「エリックはここまでよく案内してくれた。彼が言うように私たちは長旅に耐えられる馬車と馬、食料を欲している」とアルが言った。人の気持ちは理解できない彼も状況や立場はよく理解しているようだ。


「も、もちろんでございます。この町で一番良い馬車をご用意いたします。ただ……」と口ごもる町長。


「どうした?」と口ごもった町長の言葉に疑問を呈するアル。


「その、その荷車は箱型になっており大層重く、引ける馬がおらんのです。それに最も体躯の良い馬も先日足を怪我してしまい引けなくなってしまったのです。他の馬は小さく四頭であれば曳くことは出来ましょうが四頭の馬との旅は荷物が増えすぎてしまう。他の荷車は屋根もなく長旅に耐えられるほど丈夫ではなく――」と町長は申し訳なさそうな様子で答えた。


「その馬はどこに居る?」とアルは町長に尋ねる。


「怪我をした馬ですか? あそこに見える小屋の中で休んでおりますが――」と町長が言葉を言い終わる前にアルは振り返り私の目の前に来て「一緒に来てくれ」と言っ手渡しの手を掴んだ。町の人や皆が見守る中、アルに手を引かれ馬小屋に向かって真っ直ぐ歩く。大勢の人に見られながらアルと手を繋いで歩くことに私の胸は不本意にも高鳴った。

 薄暗い小屋の中には大きな体の鬣の長い真っ黒い馬が横たわっている。アルは私の手を放し馬に近づいて馬の身体を丁寧に診る。馬は逃げることも怯えることもせずただ大人しくアルに身を委ねれている。暫くすると、アルがこちらを振り返り「エイルこっちに」と私を呼んだ。小屋の外では皆や町の人達が何事だと言わんばかりに人だかりを作って私たちの様子を伺っている。妙な緊張を覚えながらアルの近くに向かう。アルは再び馬の前に跪き怪我をしている足に手を当てる。


「ここだ」とアルは一言放つ。


「え?」と呆気にとられる私に「この怪我を癒してあげてくれ」と言った。そうだ。私には傷を癒す力があるんだ。


「うん」とアルの隣に両膝を付きこの間のスライム状の精霊の時と同様に力を込める。両手から光が溢れ出し横たわる馬の足の怪我が治っていく。暗い部屋で放たれた光は小屋全体を照らし出す。その光を改めて見るとアルの杖の光にそっくりだった。傷がすっかり回復し私は力を弱める。小屋を照らす光は失われ再び薄暗くなった。アルが馬の身体を撫でてやるとその馬はスッと身体を起こし立ち上がった。後ろから「おお!」という歓声が響く。アルと一緒に小屋を出るとアルのすぐ後ろを付き従うように大きな馬が付いて出てきた。その姿を見て一層大きな歓声と拍手をみんなが送ってくれた。『何よ! 傷を治したのは私よ?』と少し私は少し不快感を覚えた。ヒルドが私に近づいて来て「お疲れ様」と優しく抱きしめてくれた。シグも笑ってこっちを見てくれている。ヒルドに抱きしめられながら周りを見回してみると大勢の人が歓声と拍手を送り続けてくれている。その中で一人カイだけが怪訝そうな顔で私を見ている。気になってヒルドから離れてカイの傍に行って声を掛ける。


「どうしたの? カイ」と言う私の問いかけに、


「な、何でもないです。ごめんなさい」と言ってその場から走って離れて行った。気にはなったがアルが町長の所に向かって行って話を始めたのでその場にとどまった。


「この馬を貰っても?」と言うアルの問いかけに


「も、もちろんです。その馬の名はグラニ。元々聖教会の馬から産まれた子です。お返しします」と町長は驚いた様子で答えた。「……では、後は荷車ですが――」と言う町長の言葉を遮るように


「先ほど言っていた箱型の荷車を見せてもらいたい」とアルは町長に言う。


「し、しかしあの荷車は非常に重く、グラニであっても一頭では――」


「一度見てみたい」


「わ、分かりました。では案内させます。おい、親父! 聖騎士様を案内して差し上げてくれ」と町長に名を呼ばれて現れた男は町長とよりも歳を召されてはいるものの威厳のある屈強な男性だった。


「ではわたくしが案内いたします。こちらへ」と言ってアルを連れて町の奥へ向かってゆっくりと歩き出した。グラニもそれに続く。私たちもそれに続こうとアルの後を追おうとした時、


「待てシグルズ! どういうことだ? シグムンドはどうした!?」と先ほどまで謙っていた町長が高圧的な態度でシグに詰め寄ってきた。私も町長に掴まってしまった。遠ざかっていくアルとそれに着いてくグラニに『なんでよ!?』と心の中で叫んだ。


「親父は村だ。俺はエイルの護衛の為に一緒に旅に出たんだ。親父からは何も聞いてないんだ。頼む教えてくれ! あの後何があったんだ?」とシグは逆に町長に食い下がった。


「ちっ。まったくあの野郎……ちょうどいい。お前らこっちに来い。エリック。親父に時間を稼げと伝えてこい」と言われたエリックはアルの向かった方に走って行く。町長は町の奥に向かって歩き出した。私たちは黙って町長の後に付いて行った。町長の後を追いながら町を見渡してみると、この町は平坦に広がった土地に町の端から端まで真っ直ぐな大通りが貫くネスタルの町よりも、山間の傾斜に添うように家が疎らに建っている私たちの村に似ていた。と言ってもその規模は全く違う。ただ、お店が立ち並ぶ大通り沿いの様な賑わいがなく、どちらかといえば質素な生活をしているという印象を受けた。

 しばらく歩くと大きな屋敷が見えてきた。町長はその中に入って行った。私たちと数人の町の住人はその後について屋敷の中に入った。広い屋敷の中はとても綺麗に手入れされていてその中央には大きな机が置いてあり、その机を取り囲むように幾つもの椅子が並べられていた。その一番奥の机に町長は座った。他の町人達も左右の椅子に並ぶように奥から順番に座っていく。ちょうど町長の向かいの席が空いていたので私たち三人は並んでその椅子に腰を掛けた。壁際や出入口にも大勢の町人が取り囲んでいく。なんだか町の人全員に責められているようで居心地が悪い。全員が座った後しばらくの沈黙を置いて町長が話し始めた。


「さて、何から話せばいいのやら……。お前たちシグムンドの事はどこまで知っている」


「どこまでって言われても。カイの奴に親父がこの町では英雄扱いされているって聞いた。けど俺達はそんな事聞いたこともなかった」とシグは考えながら話すが私たちにとってはシグのお父さんで、村の長で、陽気で豪快な家族当然のおじさん。それだけだった。そんな私たちの様子を見て町長が言った。


「……本当に何も知らないのか? まったく、アイツらしいな……。という事はシグムンドが元聖騎士だってこともしらないのか?」


「「「は?」」」と三人同時に声が出た。

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