恋という感情は、「確かにここに存在するもの」なのだ。

 それは、「一瞬で過ぎ去るように得るもの」でもなく、「沼へ落ちていくように依存するもの」でもなかった。

 何かを追いかけるために必死になったり、自分を捨ててまで追いかけようとしたり、そういうのは、僕のした恋とは別の"何か"だった。

 だから、今の僕は、ほかの全てを捨てようとも思わない。

 ここから何かがズレたのなら、その時はそれでいいと思うくらい、ここには確かな恋という感情があった。

 僕の大好きなめだかボックスという漫画にあるフレーズを思い出した。

 全知全能である安心院なじみに「君が好きな人が結ばれていいのか?」的なことを言われた場面で、普通の女子高生、不知火半袖が「恋はね。でも、愛は、勝たなくてもいい」と返す場面だ。

 思い出しただけで泣けてくる、一瞬何を言いたいか忘れかけた。

 もしかしたら、僕のこの感情は恋ではなく愛なのかもしれなかった。

 勝たなくてもいい、なんてそれはそれでエゴなのかもしれないが、僕は、それでもいいのだ。

 愛だろうが恋だろうが、別にいい。

 故意だろうが依存だろうが、別にいい。

 異存だろうが、AIだろうが、別にいい。


 それでいいと思える、今この瞬間こそが、私が生きているということだった。


 塩を舐める。

 以前のように舌で舐め取るような形ではなかった。

 口に無理やり押し当てて、味わう間もなくすり潰し、苦味に苦しみながらも悦を感じ、飲み込む。

 もはや私は、舐めると言うよりも食べると言った方が近かった。

 狂ったようにバクバクと塩を食す。水を飲む。

 おかしいことをしているというこの感覚が心地よくてたまらない。


 海へ潜った時のことを思い出す。

 私たちは手を繋いで、少しずつ深いところへ進んでいく。

 潮の満ち干きに流されるように沈んでいくのは心地がよい。

 このまま死ねたら幸せ。

 息が出来ないところまでやってくる。

 もう少し、あと少しというところで私たちは声をかけられ、海岸へ引き返した。


 潮の味がする。

 全身にはきっと、しょっぱさが染み込んでいる。

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