第88話:午後の特訓

 最後の最後でミシェルちゃんに危機が到来したが、何とか間に合って良かった。


 1番チームの前衛には少し悪いことをしたな。


 少々手加減出来ずに吹き飛ばしてしまったが、多分大丈夫だろう。


 何か吹き飛びながら叫んでいたし。


 しかし、ミシェルちゃんがまさか倒れ込んでくるとはな……。


 途轍もない一撃だったが、それだけ負荷があったのだろう。


 顔も紅潮しているし、自力では立てない位疲労しているようだ。


 控えていた神官は1番チームの奴らを治しているし、俺が治してやるか……。


 さっさと下がった方が良いだろうし。


「立てそうにないですか?」

「え、えっとその……はい……あちこち痛めて……」


 随分としおらしくもなっているし、相当無理していたんだな。


 全く、そんな身体を壊すまで頑張らなくも良いと言うのに、最近の若者は……なんて爺臭い事は言わないでおこう。

 

 それと後でミリーさんに、ミシェルちゃんを説教するように言っておくか。 

 

 ミシェルちゃんに何か教えたのは、あの人だろうからな。

 

「天に居ります我が神よ。健気な少女を癒し、痛みを取り除きたまえ」


 手慣れた感じで適当な言葉を並べ、奇跡を使ってミシェルちゃんを治す。


 ……腕にはヒビが入り、足は筋が駄目になっているな。


 一体どうしたと言うのだ?


 なるべく光らないようにしているが、やはり結構な光量となってしまう。


「あいがとうございましゅ……」


 ふむ。顔は赤いままだし、呂律も回っていないが、本当に大丈夫か?

 

 まあ気にしていも仕方ないか。


「皆よく頑張った。おそらく担当の騎士から聞いていると思うが、今回の成績により、夕飯のランクが変わる。騎士とは信賞必罰であり、頑張ったなら頑張っただけ報われ、サボればその分罰が下る。少々違うが、それを身をもって味わってほしい」


 なるほどね。そのため夕飯に優劣を付けたわけか。


 とは言っても、体験である以上そこまで酷い差はないと思う。


 唐揚げ定食と鮭定食位の差だろう。


「さて、引き続き訓練を頑張ってくれ。勝った4番チームは、夕飯を楽しみにしておけ。解散!」


 この後はまた訓練だが、そう問題も起こるまい。


 しかし、模擬戦までには起きてくると思ったのだが、ミリーさんは一体どうしたのだろうか?


 酒と言っても二人で瓶一本なので、そんなに飲んでいない。


 寝る時間が遅かったとしても、日が昇る前には寝たので、既に八時間以上経っている。


 あの人に限って万が一はないだろうが…………まあ夕飯には顔を出すだろう。


 戦いも終わったし、ピリンさんの所に戻ろう。


「それでは戻りましょうか。この後も訓練がありますからね」

「はい!」


 全員でピリンさんの所に戻ると、相も変わらず真剣な顔で出迎えてくれる。

 

「五人共お疲れ。特にサレンディアナは良くやってくれた。あのままミシェルが潰されていれば、どうなるか分からなかったからな」

「同じチームですから、助けるのは当然です」

「そうか。それと、ミシェルだが、あの強化方法は誰に習った? 局部の強化は身体への負担が大きく、使わないように言われていないのか?」

「えっと、その……知り合いに教わりました。負担についても教えてもらっていましたが……」


 ピリンさんに睨まれたミシェルちゃんは徐々に小さくなっていき、最後に小さな声でごめんなさいと謝る。


 局部と言うことは、最初は足。次に腕を強化したわけか。


 ならばあのジャンプや、男二人を吹き飛ばした力も納得できる。


 ……ふむ。ピリンさんの言葉的に一般的には知られてなく、ミシェルちゃんは間違いなくミリーさんから教わっている。


 冒険者であるならば知っていてもおかしくないが……ミリーさんは騎士の関係者なのだろうか?。


「その局部強化は、騎士の中では一般的なのですか?」

「一応な。練習は必要だが、使い方次第というのは今の戦いで理解できただろう?」

「はい」

「サレンディアナが居たからどうにかなったが……怪我はどうだった?」

「腕にはヒビが入り、足は筋が炎症を起こしたり切れたりしていました」

「えっ?」


 リーザンが思わず声を出し、ミシェルちゃんは更に小さくなる。


「治すならば、上級のポーションが必要な怪我だな。神官でも…………うん?」

「そういえば、この後はどうするのですか?」


 おっと、ピリンさんが何かに感づきそうだったので、さっさと話題を変えてしまおう。


 俺はただのシスターだ。それ以上でも以下でもない。


「……この後は、先ずは一人一人、今回の訓練の感想と、自分の何が悪かったか話せ。まずはドリンからだ」

「分かりました!」


 俺と同じく前衛をやっていたドリンだが、一戦目は問題なかったが、二戦目では剣を落としてしまった。


 話を聞く限りだと手が痺れてしまい、握力が落ちてしまった結果らしい。


 その次の報告はリーザンだが中々剣を通せず、ほとんどミシェルちゃん任せになってしまった事と、思った以上に動けなかったと話す。

 

 後ろの二人については動きを見ていないので、俺から言える事は何もない。


 バザニアは……ドリンの援護をしていたが、これと言って活躍はしていない。


 付け焼刃ではどう動いて良いのか分からず、リーザン任せになっていたようだ。


 倒した数で言えばミシェルちゃんがダントツで、リーザンと俺が二人となっている。

 

「戦いとは水物だ。だから訓練は必要であり、身体に覚えさせる必要があるのだ」


 そんなピリンさんの言葉に、男達は揃って頷く。 


「さて、サレンディアナについては正直申し分のない活躍だったが、何か感想はあるか?」

「いえ。騎士の方々の大変さを身をもって知る事が出来たので、ありがたい限りでした」

「そうか。残りはミシェルだが、今回一番悪いのは、活躍できなかったバザニアではなく、ミシェル。貴様だ」

「――はい」


 ミシェルちゃんは反論せずに、真剣な眼差しでピリンさんを見る。


「リーダーとは、部下を導く者であり、決して倒れてはいけない存在だ。時には、無情な命令をしなければいけない時もある。そんなリーダーが我欲で行動するのは、組織として一番やってはいけない事だ」

「すみませんでした」

「分かればよい。訓練での失敗は、いくらしても構わない。沢山失敗し、それを糧にするのだ」


 練習での失敗は他人に迷惑が掛かるが、それ以上問題にならない。


 しかし本番ならば、この世界の場合命の危険がある。


 命を失わせないためにも、口を酸っぱくしてピリンさんは話しているのだろう。


 それを分かっているので、ミシェルちゃんも申し訳なさそうに頷く。


「それぞれの課題としては、基礎体力の向上と、判断力を鍛える事だな。なので、この後は訓練場に戻り、障害物ありのランニングをする。準備が終わるまで、しっかり休んでいるように」

「「「「「分かりました」」」」」

 

 それぞれと言いながら、間違いなく俺を省いているが、まあ良い。


 しかし、障害物ありのランニングは中々良い案だ。


 体力は勿論の事、障害物次第ではとっさの判断も鍛えられるし、体力が無くなってくれば頭が回らなくなり、ギリギリの状態で判断する練習にもなる。


 それにしても、俺に向けられる視線が増えているな……。


 最後の最後でやらかしてしまったから仕方ないが、下手な噂が流れないことを祈るばかりだ。


 五人で午前中に訓練していた場所へと戻り、ピリンさんの準備が終わるまでゆっくりと休憩する。


 ……休憩するのだが、何故かミシェルちゃんが俺から少し離れ、チラチラと此方を見てくる。


 少し前まではもっと近かったのだが、模擬戦が終わって以降少し様子がおかしい。


 理由は分からないが、俺にはこんな時に頼れる人物が居る。


(そんなわけで、一体どういう訳でしょうか?)


『見ての通り、サレンにホの字なだけだろう。そもそも。聞かなくても分かっているだろう?』 


(やっぱり?)


 これでも中身はおっさんに片足を踏み入れ始めた歳であり、初心とは程遠い。


 鈍感でもないし、これでも昔は彼女も居たのだ………………別れたけど。


 なので、ミシェルちゃんの様子を見れば大体理解できる。


 問題はどうして、ああなってしまっているかだ。

 

 ミシェルちゃんの視線が尊敬や憧憬なら分かるが、あの様子は間違いなくそれではない。

 

(原因は?)

  

『あわや大惨事となるところを、助けてもらったせいだろうな』


(百歩譲って憧れるなら分かるが…………ねぇ?)


『知らんしどうでも良い。細事で煩わせるでない。余も暇ではないのだからな』 


 暇も何も俺と話す時以外寝ているのだから、ただのプー太郎だろうに……。


 ミシェルちゃんの件は実害があるわけでもないし、放置で良いだろう。


 どうせ後二日とちょっとで、別れる事になるのだし。


「待たせたな。サレンディアナは私の手伝いをしてくれ。他の四人はまだ休んでいて良い」

「分かりました」


 しばらくすると、ピリンさんが様々な器具を載せた台車を引いて戻って来て、手伝うように言われる。


 言われるがまま器具を組み立てたり設置していく。


 この世界というか都市は、ハイテクだったりローテクだったりと色々と珍妙であるが…………今回のこれはこれまで以上に形容し難いものだ。


 俺が似ている物を、現代で知っているからこんな感情を抱いてしまっているのだろうが、流石にはなぁ……。


 障害物ありのランニングという時点で少しおかしくないかと思っていたが、理には適っているし、体力や判断力だけじゃなくて、色々諸々と鍛えるには良さそうだ。


 俺が知っているのとは違い、時間制限もなければ池ぽちゃによるリタイアもない。


 ついでにステージと呼ばれる区分けもない。


 そして俺が、この障害物について語れることはこれ以上何もない。


「よし。手伝いご苦労だった。正直サレンディアナがやる必要性は無いが、どうする?」

「折角なので、付き合おうかと思います。見ているだけと言うのも悪いですから」

「そうか……よしわかった。全員集合!」


 俺の答えに満足したのか、特に何も言わないで休んでいる四人を招集する。


 全員疲れが取れたみたいで、良い面構えになっている……が、ミシェルちゃんだけは目が合いそうになるとスッと視線を逸らされる。


「これからお前達には、倒れるまで障害物ありのランニングをやってもらう。判断を間違えれば多少の怪我をする事になるかもしれないが、死ぬ事は無いので安心して吹き飛んでくれ」

「は、はい!」


 安心材料なんて全く無く、バザニアが若干引きぎみに返事をする。


 確かに死ぬ事は無いだろうが、置かれている丸太もどきを踏み外せば地面に落ちて怪我をするだろうし、仮設の天井にぶら下がっている輪っかを掴みそこなえば、同じく地面に落ちて怪我をするだろう。

 

 地面にマットなんて物は、敷いていないからな。


「それでは、各自頑張るように――始め!」


 さてと、夕飯までの腹ごなしという事で、頑張るとするか。

 

 

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