第80話:ハエ(剣)叩き

 休んで良いと言われたら休む。


 それが社会で生きるコツだと思うが、今回の俺はそうもいかない。


 騎士団支部内なら問題ないと思うが、一応ミシェルちゃんの護衛として来ているので、寮に行って休むことは出来ない。


 それにしても、若いって凄い事だな。


 さっきまで死にそうだったのにシャワーを浴びて着替えたら、もう元気いっぱいである。


「ミシェルちゃんはこの後どうしますか?」

「私は騎士の人達の訓練を見に行こうと思います。第三訓練場には自主練をしている騎士が居るそうなので」


 出来れば寮に行って休みますって言って欲しかったが仕方ない。


「折角なので、私も付いて行って良いですか?」

「はい! 一緒に行きましょう」


 パーカーに着替えて更衣室から出ると、ミリーさんと女性の騎士が一人待っていた。


 満面な笑みのミリーさんとは対称的に、騎士の方が真面目と言うか、真剣な顔をしている。


「訓練お疲れ様でした。私はピリンと申します。支部に居る間は、此方の名札を首から下げておいてください」


 渡された名札には体験入団中と書かれているが、最初の会議室で渡しておいた方が良かったんじゃないだろうか?


 まあ体験入団自体が初めての事らしいので多少の不手際は仕方ないか。


 ついでに裏には、名前と寮の部屋番号が書かれているので、部屋を間違える事はなさそうだ。


「どこか行くのでしたら道案内しますが、どうしますか?」

「えーっと、でしたら第三訓練場までお願いします」

「畏まりました」


 流石騎士と言った感じで、ピリンさんはキビキビとしているな。

 

「サレンちゃんこれ例の物ねー」


 ミシェルちゃんとピリンさんが話している間に、ミリーさんがサッと小袋を渡してきた。

 

 これが他の冒険者から巻き上げた金だろう。


 ありがたい臨時収入だ。


「ありがとうございます」

「いいっていいって。こっちも良い収入になったからね。そんじゃあ私は呼ばれているから、またねー」


 軽く手を振り、ミリーさんは訓練場を去って行った。


 さて、俺もミシェルちゃんと一緒に行くとするか。




 





1




 



 ピリンさんに案内されて着いた第三訓練場には、結構な数の騎士が訓練をしている。


 イメージとしてはギルドの訓練場と同じだが、ギルドと違ってごちゃっとしていない。


「此処が第三訓練場になります。此処では勤務前や、勤務後の騎士が訓練をしている事が多いです。騎士は強くあることが前提なので、訓練は欠かせません」

「此処に居る騎士はどれくらい強いのですか?」

「そうですね……。対人戦と対魔物で変わりますが、魔物なら最低でもC級。人ならば一般人を怪我を負わせずに鎮圧出きる程度ですね」


 魔物ならランク付けされているので分かりやすいが、人となると例えるのは難しいな。


 ギルドランクなんかで一応分けられているが、あれは強さだけではない。


 それは魔物にも言える事だが、人と違ってそれなりに当て嵌められてはいる。


 しかし、騎士と言えばお高く留まっているイメージがあるが、どちらかと言えば泥臭い感じだな。


 全員が全員ではないだろうが、此処に居る騎士達はたゆまぬ努力をしているのだろう。


「他の騎士団はあまり騎士同士での訓練をしませんが、仕事柄赤翼では対人戦の訓練をメインとしています」


 剣と剣を打ち合う様は中々迫力があり、離れているはずなのに熱気を感じる。


 俺には全く向いていないだろう。

 

「気になったのですが、どうして避けようとせず、剣で防御しているのですか?」


 ボケーと見ている俺とは違い、ミシェルちゃんは真剣に見ているため、そんな事にも気づく。


「良い点に気付きましたね」


 聞かれたピリンさんも得意げに胸を張り、訓練している騎士たちを見る。


「主な任務が哨戒や護衛のため、守るべき者が後ろに居る事があります。そのため、敵を倒すのも重要ですが、敵を後ろへ通さないようにしなければなりません」


 なるほど。避けないで剣を防いでいるのは、そんな理由があるのか。


 そう言えば似たようなことを、ライラが墓場の掟深層でもやっていたな。

 

 あれは曲芸染みていたが、後ろに通さないように防御もしていた。


 ペインレスディメンションアーマーと戦ってみて思ったが、防ぐのは基本的に悪手だ。


 吹き飛ばせるならともかく、どうしても次の行動が相手より遅れてしまう。


 戦いの基本は、先手必勝だ。守りに回れば、その分辛くなってしまう。


「そうなんですね……」

「はい。そのため。基礎体力を鍛えるのが重要……という話はジェイル副隊長が言っていましたね」


 アハハとピリンさんは笑い、頭を掻く。

 

 ミシェルちゃんが感心した様に頷くので、一緒に頷いておく。


「それと、ここでの訓練では身体強化以外の魔法の使用は禁止しています。街中では魔法を使うのは難しいですからね」


 比較対象がライラになってしまうが、魔法での攻撃は範囲が広くなってしまう。


 ダンジョンや外で戦うならともかく、街中ではそうそう魔法も使えまい。

 

 頼りになるのは己の身体のみとは、よく言ったものだ。


 しかし、こうやって訓練風景を見ていると、初めてギルドの訓練場に行った時の事を思い出すな。


 あの時はミリーさんと一緒に、訓練の様子を見ながら歩いていて……。


「危ない!」


 そうそう。こんな感じって…………てっ何でやねん!


 ギルドの時は剣が回転しながら飛んできたが、今度は折れた剣が回転しながら飛んできた。


 しかも、早さはあの時の比ではない。


 流石訓練をしている騎士……なら剣を折らないように戦ってほしいものだ。


 不幸中の幸いなのは、俺に向かって真っすぐ飛んできている点だろう。


 これがミシェルちゃんに飛んできていた場合、少々強引な手を取らなければならなかった。


 飛んでくる剣を意識したおかげで、視界がスローになる。


 ピリンさんは飛んできている剣に気付いたみたいだが、対処は間に合わなさそうだ。


 ある意味、狙撃されている様なものだからな。


 もしくは俺が護衛対象とかなら変わったかもしれないが、気を抜いてしまっている今なら仕方ない。


 さて、前回は指で摘まむことで防いだが、二回も同じでは芸がない。

 

 かと言って、下手な事をして目立つの悪手だ。


(何か良い案はあるか?)


『叩き落とせば良かろう。地面に突き刺せば、一番安全だろうからな』

  

 手で掴む以外ならば、それが一番無難か。


 避けようとすれば避ける事も出来るだろうが、防御の方が幾分マシだろう。

 

 剣が目の前に来たので、折れて断面になっている部分を叩き、地面へと落とす。

 重い音と共に刀身が地面へと突き刺さり、訓練場を静寂が支配する。

 

「ば……ばば馬鹿者がー! 当たったら死んでいたぞ!」

「いや……え? あれ? え?」


 ピリンさんの怒声が響き、折れた剣を持った騎士が慌てふためく。


 おそらく現状に、頭が追いついていないのだろう。


 誰だって急に剣が折れ、更に折れた剣の先に人が居り、更に更にその人物が刀身を叩き落とすなんて思うまい。


 普通なら刺さって大怪我。或いは即死だろう。


「私は大丈夫なので、そう怒らないで上げて下さい。初めてではありませんから」

「あっ! そうでした お怪我はないですか? ……うん? えっ?」


 心配そうに声を掛けてくれたピリンさんだが、此方も事態を理解するとともに百面相を披露する。

 

「……サレンさん。叩き落としたの?」 


 横で一部始終を見ていたミシェルちゃんが、唖然としながら聞いて来た。

 

「後ろに飛んで行っても危ないですからね。これが一番安全かと思いまして」 

 

 ちょっとだけ手が痛いが、少し赤くなっただけで怪我はしていない。


 正直摘まんだ方が良かったと、少し後悔している。


 周りに知り合いが居ないのもあり、俺の気持ちも乱れているのだろう。

 

「本当に、大変失礼しました! 怪我は大丈夫ですか?」

「はい。少し驚きましたが、見ての通りです」


 驚きから戻ってきたピリンさんが再び聞いてきたので、軽く答える。


「そう……ですか……ほら! お前もこっちに来て謝れ! 後で報告を上げるからな!」

「は、はい。本当にすみませんでした!」


 二人揃って頭を下げてくるが、何度か命の危機に瀕しているせいで、 この程度では怒りの感情も湧いてこない。


 しかし、二度あることは三度あるというが、まさかこんな所でも剣が俺目掛けて飛んでくるとは思わなかった。

 

 今回は剣が折れた不慮の事故だが、普通は空とかに向かって飛んで行くと思うのだがな……。


 何かに取り付かれて……いるんだったな。とりあえず全部ルシデルシアが悪いって事にしておこう。


「大丈夫ですから。訓練に戻って下さい。剣が折れるなんて、思いもしませんでしょうから」

「はい……」

「今回の補償は、ジェイル副隊長に掛け合っておきます。騎士として、一般人に被害を与えておいてごめんなさいではすみませんので」

 

 そう言われればそうだろうとしか言えないが、ここは下手に断っても角が立つし、素直に頷いておくか。


 何かやらかしてごめんなさいで済むのは友達間位だろうし、社会では補償をしなければ後々問題になったりもするからな。


「……分かりました。謝罪を受け入れます」

「ありがとうございます。剣が折れるなんて事はそうそう起きる事ではないのですが……」

「物である以上、いつかは壊れる物です。怪我人が出なかったのは、不幸中の幸いでしたね」


 あの速度ならば、鎧を着ていたとしても貫通していた可能性がある。


 もしかしたら騎士団の不祥事という事で、この体験入団も終わっていた可能性すらあるだろう。


 正に不幸中の幸いだ。


 時間的に夕飯まではもう少しあるが、このまま此処に居るわけにもいかないし、一旦寮を確認しておくという名目で去るとするか。

 

「夕飯の時間の前に一度寮の部屋を確認しておこうと思うのですが、案内をお願いできますか?」

「はい! 案内します」


 何とも言えない雰囲気が漂う訓練場をミシェルちゃんを連れて出て行き、女子寮へと向かう。


 出来れば、部屋に個別でシャワーが付いていると良いな。


 大浴場とかでは、頭を見られる可能性があるし。 

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