第40話:心の脆さ。人の脆さ
シラキリが出荷……じゃなくてお勉強のため居なくなったので、俺とライラとアーサーの三人で出掛けることになった。
アーサーなんて名前で金髪だと、とある王を頭に浮かべてしまうが、全くの無関係である。
武器は一応ライラが持っている七本の内二本を借り、後で買うとの事だ。
それでは出発…………しようと思ったら新たな客が現れた。
「ようシスターさん。支払いの金はちゃんとあるか?」
アランと一緒に現れた内の一人が、のっそりとやって来た。
来るのが遅いと怒鳴ってやりたいが、ちゃんと金を稼げるだけの期間待っていてくれたと思えば、案外優しいのかもしれない。
とりあえずさっさと金を渡してお帰り願おう。
「はい。此方が一万八千ダリアとなります」
カバンからお金を取り出して渡す。
サッと金額を数えると、男はポケットに金を仕舞った。
「確かに受け取った。上手くいっているみたいだが、あまり調子に乗らないようにな。匂いを嗅ぎつけた馬鹿が、何をするか分からんからな」
そう忠告を残し、去って行ってしまった。
ルールがどうのと言っていたが、ちゃんと筋を通していれば問題なさそうだな。
しかし馬鹿か……多分それよりも怖いのが昨日の夜起きていた気がするんだがな。
両腕が切断されるって、そうそう起こらないぞ?
とりあえず忠告はしっかりと受け止めよう。
それはそれとして、もうそろそろ出ないとだな
「それでは行きましょうか。何もないとは思いますが、よろしくお願いします」
「うむ」
「お任せください」
1
ひな鳥の巣に寄る時間が無い時は、いつもサンドイッチを買ってから冒険者ギルドに向かうのだが、今日は珍しくおにぎりを買ってみた。
具材の名前が分からないものばかりだったが、運試しには良いだろう。
日本のコンビニ程のクオリティは無いが、案外食べられるものだった。
冒険者ギルドに向かう馬車の中でアーサーと話したのだが、執事だっただけあって礼儀作法について詳しいそうだ。
それも様々な場所や相手に対応した作法を知っているらしいので、自分もそうだが、シラキリにも教えてもらおうと思う。
神に仕えるものだからと、作法を無視するのは違うだろうからな。
ついでに年齢は二十一。生まれはユランゲイア王国の田舎だそうだ。
それとやはり戦闘能力はそれなりに高いみたいだ。
なのに何故両腕を切断されるような大怪我したかだが、数の暴力に屈したそうだ。
そんな会話をしていたら、あっと言う間に冒険者ギルドについた。
「あっ! サレンさん!」
冒険者ギルドに入ると、オーレンが駆け寄ってきた。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「いえ! こちらこそ無理を聞いて頂いてすみません。どうか、フィリアの事をよろしくお願いします」
ああ、そうだった。魔法戦士の名前はフィリアだったな。
そしてオーレンの後ろで此方を、怪しむように睨んでいる居る神官の名前がスフィーリアだ。
「貴方がサレンさんですね……」
あからさまに警戒心を露わにしているが、聞いたことも無い木っ端の宗教のシスターでは仕方ないだろう。
あちらは大きな宗教の神官なのだからな。
「スフィーリア」
「――分かってるわ。けど、先に契約書を交わしましょう。治せたからと無理難題を吹っかけられたら、堪ったものではないわ」
「スフィーリア……」
気の強い少女だな。
俺を前にして全く怯えない精神性は…………あっ、手が震えてる。
幼馴染が居るから強がっているだけか。
「構わないですよ。それと治療費の代わりですが、一定数の依頼を無料で受ける事。それで構わないですか?」
「一定数ですか?」
「はい。先日話した通りまだ新興宗教のため、人手が足りないのです。布教活動の補助や、ちょっとした素材の採取などが依頼内容となると思いますが、どうですか?」
一応
しかも契約上此方が上となるので、心も痛まない。
「……少しスフィーリアと話してきますので、待っていてもらって構わないですか?」
「はい。存分に話し合われて下さい」
二人は俺達から少し離れ、こそこそと話し始めた。
どうせ吞む以外の選択肢は無いのだ。
そうしなければ、四十万なんて大金が必要になるのだからな。
「その程度の提案で良いのか?」
「はい。今の私には人手が必要ですから。それに、金銭だけの繋がりはあまり信用できませんからね」
金だけの繋がりは脆いものだ。
訳ありの俺達にとって、信用はとても重要なものとなる。
「お金だけの繋がり……ですか」
意味深げにアーサーが呟く。
「確かにそうかも知れぬが、あまり安売りをするではないぞ? シスターサレンのそれは、火種になりうるからな」
「はい。もしもの時は宜しくお願いしますね」
何かあった時のためのライラだ。
最悪の場合、俺が逃げる時間位は稼いでくれるだろう。
そうこうしていると話し合いが終わったのか、オーレン達が戻って来た。
「お待たせしてすみません。先程の提案で宜しくお願いします」
思っていたとおり、拒否などしなかったな。
「分かりました。それではギルドに契約書を作っていただき、仲介をお願いしましょう」
俺とオーレンの二人でマチルダさんの所に行き、契約書を作ってもらう。
俺側にデメリットは無く、治した後にオーレンが俺の依頼を非合理的な理由で断ったりした場合、オーレンは犯罪奴隷となる。
仮に俺が治せなかった場合、契約は破棄されて無かった事となる。
「それでは契約書はギルドで預からせて頂きますね。サレンさんには無理を言ったようで申し訳ないですが、今回の件が成功した暁には貢献度ランクを上げさせていただきます」
「分かりました」
今回の件はマチルダさんのお願いによるものだが、ちゃんと貢献度として加算してくれるんだな。
ニコリと笑ったマチルダさんに見送られ、五人で冒険者ギルドを出る。
「フィリアが居るのは下宿先の宿になります。場所は大体東と中央の境目位です」
場所を教えてくれるのはありがたいが、そう言われてもどこら辺でどれ位時間が掛かるかなんてわからない。
ダンジョンに一度行ってからは、馬車で一時間圏内でしか移動していないからな。
とりあえずオーレンに付いて行き、中央方面行の馬車に乗る。
ずっとスフィーリアがこちらを見てくるが…………とりあえず仕事だ仕事。
2
「ウウゥゥガァァー!」
小さな宿屋の一室で、少女の叫び声が響き渡る。
顔は包帯で覆われ、血と膿が染み出ている。
ベッドで横になっている少女は助けを求めるようにして、ベッド脇にあるテーブルへ手を伸ばす。
そこにはポーションの入った小瓶が置いてあり、少女の痛みを一時的にだが和らげる事ができる。
少女の名は、フィリア・アンデルセン。
呪いにより、治らぬ怪我を負った少女だ。
オーレンには気丈にも問題ないと断ったが、既にフィリアは限界を迎えようとしていた。
酸によって襲い掛かる痛みは、常に熱湯を被っている様なものだ。
耐え難く、触れても更なる痛みが襲う。
ポーションによる回復は、数分で切れてしまう。
その数分先の事を思うと、フィリアは死んだ方がマシではないかと考えててしまう。
或いは治療のために犯罪奴隷となるか……。
提示された四十万を返済するとなると、一年や二年では足りない。
早くても五年……年月もだが、今犯罪奴隷となれば学園を中退しなければならない。
そうすればフィリアの将来は閉ざされてしまう。
考え込んでいる内にポーションの効果が切れ、再び痛みがフィリアを襲う。
痛みにより、ほとんど眠ることも出来ていない。
もう……。
コンコン。
扉を叩く音が聞こえ、思考がクリアになる。
今、私は何を考えていた?
コンコン。
「フィリア? 起きてる?」
幼馴染のオーレンの声。
フィリアの心が揺れた。
一度は断ってしまったが、弱音を吐けば助けてくれるかもしれない。
四十万ダリアを肩代わりしてくれるはずだ。
だって、守ってあげたのだから。
「ああ。起きている。何か用か?」
欲望が渦巻き、痛みが和らぐ。
駄目な事だと、理性では理解している。
けれど、少女の弱い心では駄目だったのだ。
「治療をしてくれる神官さんが見つかったんだ。入っても良いかい?」
どうやって?
四十万なんて大金を、この短期間で集めるなんて無理だ。
親を頼めば可能かもしれないが、学園への入学金を払らってもらう代わりに、三人とも勘当されている。
どうやって神官を呼んだのか?
……いや、下手に理由など聞く必要などない。
「良いわよ。ただ、少し臭いかもしれないから注意してね」
多少換気もしているが、室内は血の匂いが籠っている。
痛みのせいで匂いなど気にしていられなかったが、酷いものだろう。
「やあフィリア。大丈夫……とは言えなさそうだね」
オーレンが申し訳なさそうな顔をして気付いたが、白かった包帯からは血が滴り落ちていた。
出迎えるならばせめて、包帯を変えれば良かったとかもと少し後悔した。
「ごめんね。これから包帯を変える所だったのよ。それで、治療ってどういうこと?」
「それが、昔お世話になった冒険者ギルドの受付の人に話をしたら、力になってくれる人を紹介してくれたんだ。四十万ダリアを払わなくても、治してくれるって人をね」
そんな馬鹿な事がある訳ない……と片づける事も出来ない。
オーレンは向昔から真面目で、滅多に冗談など言わない。
誰かに騙されている可能性もあるが、疑り深いスフィーリアが一緒に居るならばそんなことも無いはずだ。
けれど心配なものは心配なのだ。
「本当に大丈夫なの? その人……っく!」
「フィリア!」
気が紛れている内は引っ込んでいた痛みが、再びフィリアを襲う。
オーレンは直ぐに駆け寄り、腰に巻き付けていたポーションを振りかける。
「直ぐに神官さんを呼んでくるから待っててね」
「……うん」
きっと、オーレンは無理をして呼んでくれたのだろう。
申し訳ないとは思う。けれど、どうしても口角が上がってしまう。
もう……我慢など出来ないのだ。
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