第29話:帰宅の時間

「もうそろそろ時間だよー」


 シラキリが戦闘のセンスを遺憾なく発揮したり、ライラとミリーの仲が一時険悪になったものの、それ以降は問題も起きずにダンジョンでの金策を終える時間となった。


「そうか。ならば帰るとしよう。シスターサレンに夕飯を買っていかなければならんしな」

「はい!」


 再びダンジョンを逆走して入り口へと向かうが、ダンジョンによっては途中の階層から入口に戻れたり、道具を使うことで入口まで戻れたりする。


 生憎狼の宴の中層の浅瀬には、そんな機能は無いので歩いて戻るしかない。


 なので、低層以外は人気がなく、突発的でも来る事が出来たのだ。


 帰りは行きほど速くなく、ゆっくりと戻る。


 襲ってくる魔物は相変わらずシラキリが倒すが、流石に疲れたのか、キレが無い。


 何故そんな状態でも戦わせているのだが、これも訓練の一環だ。


 ギリギリの状態でどれ位戦えるか。


 戦いとは常に万全の状態で始まるわけではない。


 自分の限界を知るために、戦わせているのだ。


 倒れれば助けるが、それまでは見ているだけとなる。


 最終的に、少々ハラハラする場面もあったが、シラキリは最後まで戦い抜き、ダンジョンの入り口まで戻ってくれた。


 入る時は上り始めていた日も、今では沈もうとしている。


「いやー。今日も一日終わるねー。仕事の後は一杯行きたい所だけど、その前にギルドへ行こうか。換金もしないといけないからね」

「分かりました!」

「換金はどれ位時間が掛かるのだ?」

「ギルドでなら直ぐだよ。他に売る場合は多少高くなるかもしれないけど、どうしても時間が掛かるね」

「それはどうしてですか?」


 可愛らしく首を傾げるシラキリだが、冒険者ギルドでは魔石に応じた買い取り額を最初から決めており、選別する為の魔導機がある。


 あくまで一般買取に限ってだが、あっと言う間に査定は終わる。

 

 依頼での収集や、買取をやっている一般店では少し高くなる場合もあるが、時間が掛かることがほとんどだ。


 そんな感じの事をミリーは説明した。


「そうなんですね」

「そうそう。おすすめはやっぱりギルドだね。へんないちゃもんを付けられる事も無いし」


 ギルド出張所に入り、幾つかある受付に並ぶ。

 朝よりも人が多く、やはり若いライラ達は目立つ。


 様々な意味を含む視線を向けられるが、そんなものは全て無視である。


「次の方どうぞ」

「これ、借りてたマジックバックね。全部ギルドで買い取りをお願い」

「分かりました。支払いは現金と振り込みはどちらで?」

「現金で」

「承知しました。しばらくお待ちください」

 

 振り込みと聞いてライラは首を傾げた。

 そんな説明はされていなかったので、何のことだから知らないのだ。


 その様子を察したミリーはぽんと手を叩いた。


「三つのランクのどれかをD以上に上げると、銀行が使えるようになるんだよ。銀行って言うのは、お金を冒険者ギルド側で管理し、此処以外の冒険者ギルドでもお金を引き出す事が出来るんだ。まあ、国ごとだけどね」

「便利なものだな」

 

 国ごとに通貨は違い、レートも日々変わるので国を跨いでの引き出しは出来ないが、それでも現金を家以外で管理できるのはメリットが大きい。

 ただし活用するには最低限の信用が必要となる。


 また冒険者ランクが低い内は預ける程の金銭を稼げないので、ギルド側もランクを上げるまでは説明をしていない。


「お待たせしました。五万五千二百ダリアとなります」


 ちょこっとミリーが説明している間に査定は終わり、今回の魔石の代金が支払わされた。


 金額としてはそこそこの物であるが、これを三等分すれば決して大きい金額とは言えない。

 命の危険を犯してまで稼いだにしては、少々物足りないものかもしれない。


 だがこの程度の戦いならば全く苦にしていないライラとシラキリは、ほぼ毎日この額を稼ごうとすれば稼げる。


 一日数千ダリア使ったとしても、廃教会を買い取る金額くらいならば直ぐに稼げるだろう。


「お金は二人で分けちゃって良いよ」

「良いのか?」

「良いの良いの。お金よりも良いものをったからね」


 受け取ったお金をライラに渡し、軽く背伸びをする。


「そんじゃあ帰ろっか」


 馬車に乗り冒険者ギルド北支部へ戻り、転移門で東支部へと帰る。

 途中でシラキリがうつらうつらとし始めたので、ミリーが背負って運んだ。


 全員物騒な武器を除けば、見目麗しい少女三人組である。

 一人だけ少女と呼ぶような歳ではないが、どこか危険度の低いダンジョンにでも行って来たのかね~なんて何も知らない者達から見られていた。


 或いはミリーを知っている人間からは、新人の育成をしているのだろうと見られていた。


「あっ! ミリーさん! こっちです! こっちに来て下さい!」


 三人が東支部のロビーに戻ると、ミリーを発見したマチルダが大声を出して呼び止めた。


「あっ、呼ばれたみたいだから私は行ってくるよ。シラキリちゃんを背負える?」

「少々剣が邪魔だが問題ない。今日は世話になった」

 

 ペコリとライラは頭を下げ、シラキリを担いで冒険者ギルドを後にした。

 手を振りながらライラを見送くった後、ミリーはマチルダ所へ向かった。


 これでライラについては一区切りつくこととなる。


 剣の真贋や、ライラの立ち位置を知ることが出来た。


 これからライラが何をする気かは分からないが、帝都や他の都市に向かわない限り、観察を続ける程度に落ち着くだろう。


 ホロウスティアとはそういう都市なのだから。


 しかし、当初の目的であった違法奴隷の件をこの時のミリーは完全に忘れていた。


 今日は報告ついでに酒を奪おうかな~とウキウキしているミリーがアランに呆れられるのは、また別のお話である。


 

 


1







 

「確認ですが、狼の宴には三人で行かれたのですか?」

「そうだけど、どうかしたの?」


 少々おかんむりのマチルダに問い詰められたが、一体何の問題があったのだろうかと、ミリーは本気で考えた。


 しかしこれといって心当たりが無く、ただ首を傾げる。


「どうかって……どうしてD級以上推奨のダンジョンに新人を連れて行ったんですか!」

「……あっ」


 言われるまで本当にその事を忘れていたミリーは、思わず間抜けな声を上げた。


 ライラはともかく、シラキリは一応完全な素人……新人だ。


 ついついライラに影響されてシラキリと接していたが、今日やったことはまともとは言えない。


「あっ、じゃないでしょ! 誰と行くか聞かなかった私の落ち度もあるかもしれませんが、死んだらどうするんですか!」


 いやーどちらかと言えば私が殺されかけたんだねどー……なんて言いたくもなるが、言ったところでそんなわけあるかと更に怒られるだけだ。


「いや、一応合意の上だからさ。それに、ライラちゃんは冒険者としては新人だけど、数百匹の魔物を殺してたからね?」


 あくまでもライラは戦闘の素人ではない。

 ライラ達とは言わないのはワザとだが、ライラの言葉にマチルダはあんな幼い少女がそんな事出来るはずないと反論した。


 またマチルダの声は結構大きく、周りの人間は先程立ち去った少女の事を脳裏に浮かべた。


 四本の剣を差し、子供をおんぶしていた姿を。

 

「マチルダちゃんの反応は分かるけど、なんならテストして上げても良いと思うよ。多分向こうも了承するだろうから」

「……分かりました。もしもミリーさんの言葉が嘘だった場合、ランク査定に大きく影響が出る事になりますが、宜しいですね?」

「良いよ良いよ。こう見えて人を見る目はあると自負しているからね」

 

 全く反省の色を見せないミリーに少々ムッとするが、一度大きく息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 これまでミリーは問題らしい問題も起こさず、新人の教育などでも結果を出してきている。


 今言った通り、問題ないから連れて行ったのだろう。


 現にマチルダが見た限りライラもシラキリも怪我らしい怪我はしていなかったように見えた。


「はぁー。分かりました。この件は上と話してみます」

「気になるようなら、狼の宴の十二層に人を送ってみなよ。復元までまだ掛かるだろうからね」


 中層まで行ったことについても文句を言いたいが、先ずは結果を確認してからだ。

 

 それに死んだならば問題となるが、生きているなら特に罪に問われるようなことは無い。


「確認してみます。呼び止めてすみませんでした」

「初心者ダンジョンで色々とあったせいで報告も中途半端になっちゃったもんね。そんじゃあまたね~」 


 最後にもう一度ミリーは謝り、さて酒でも集りに行くかー、と冒険者ギルドから出て行った。


 外に出ると、まだ完全に日は沈んでなく、少し明るい。

 アランは深夜と早朝は事務所に居ることは多いが、日中は外に出ていることが多い。


 今から向かっても、運が悪ければ待つこととなる。 


「……飲んでから行くか」


 ミリーがアランの所に向かったのは、日を跨いでからだった。

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