ワガママな聖剣はかわいいとされている
空空 空
プロローグ
聖剣輸送用跳躍艇『ライトトレーサー』。
所有者によって『ティーカップ』と名付けられたその飛空艇は星々の海を低速で泳いでいた。
定員10名のその船の乗組員はたったの二人。
自称魔法研究者のセイロンと、その助手であるアールグレイだった。
セイロンはティーカップの自動操縦をオフにして運航を停止する。
その際若干操作方法があやふやだったのか一瞬首をかしげるが、ティーカップのタッチパネルは問題なくその操作を受け付けた。
そんなセイロンの様子など意に介さずアールグレイは窓の外の景色を眺める。
「先輩・・・・・・わたし宇宙って初めて見ました」
「あたしだってそうよ。・・・・・・っていうか、先輩って言うのやめなさいって前から言ってるでしょ! いつからあたしがあんたの先輩になったのよ・・・・・・」
「だってぇー・・・・・・」
アールグレイはセイロンの言葉に頬を膨らませて不服を表明する。
しかしそれほど本気で腹を立てているわけでもないようで、すぐに視線を窓の外に戻した。
「あんたね・・・・・・。もう、窓にあんま指紋つけないでよ。流石に高かったんだから」
アールグレイはその小言もほとんど無視するような形で輝く星々を眺め続ける。
そして、その光点の群れの中に少し異質な光を見つけた。
「あっと・・・・・・先輩? あれってなんでしたっけ?」
「あれ・・・・・・?」
アールグレイの声に応じてセイロンが同様に窓の外に視線を向ける。
その視線の先にはつぶらな瞳を弱弱しく輝かせたウサギたちの群れがあった。
その群れは大気も重力もない世界で空を蹴っている。
「あれは・・・・・・群星ウサギね。生息域はもうちょっと遠かったと思うけど・・・・・・ま、支障はないか」
「かわい~」
「あんななりでもれっきとした魔獣よ、刺激するような真似はしないように」
そう一言釘を刺すと、セイロンは一人少し離れたロッカーへ歩き出す。
そしてその中からあるものを取り出して、ごくりと唾を飲んだ。
「これが・・・・・・聖剣タイタンハート、ね。ある世界で終末を呼び寄せる巨人にトドメを刺した聖剣って言われてるけど・・・・・・実際どうなんだか。こんな無骨な金属の塊がね・・・・・・」
セイロンがロッカーから取り出した聖剣、その名も『タイタンハート』。
その刀身はいくつもの金属片が無秩序に融合してかろうじて剣の姿を成している。
聖剣という言葉から想起されるようなビジュアルとは似ても似つかない。
「アル! そろそろ取り掛かるわよ!」
「あいあいさ!」
セイロンに呼ばれて、アールグレイが手を挙げて返事をする。
聖剣を手に取って多少緊張した表情を浮かべていたセイロンとは異なり、アールグレイの顔は一点の曇りもない笑顔だった。
「いよいよやるんですね! 聖剣の・・・・・・転送!」
「そうよ。もう、ここまで来たらやるしかない。正規の聖剣輸送職員から強引に買い取ったこの機会、無駄にしてなるもんですか!」
セイロンはアールグレイに聖剣を手渡し、そして船内の別室に向かう。
アールグレイも聖剣を両手で抱えてせかせかとその後を追った。
扉を一つ隔てた先にあるのは、飛空艇の休憩スペース。
といっても、既にセイロンによって改造が施されている。
本来なら円形のテーブルを中心に椅子が並べられ、隅にはコーヒーメーカーが設置されているそのスペース。
しかしそう言ったものは一切取り払われ、物々しい機械が四方を埋め尽くしていた。
そして中央のテーブルが置かれていたスペースには、全面ガラス張りの”転送装置”が取り付けられている。
床から天井まで伸びる円筒形の設備。
内側の床部には、セイロンが設計した転送魔法の魔法陣が描かれている。
二人はその魔法陣が放つ淡い光を見下ろして、お互いに頷き合った。
「それじゃ、アル・・・・・・聖剣を転送装置の中に」
「りょーかい!」
「いい? そっと! そっとよ? ガラス割んないでよね」
「大丈夫、だいじょーぶ・・・・・・あれ? これってどうやって内側入るんだっけ? ガラス押せば開く?」
「さっそく割ろうとしてんじゃないわよ」
ため息を吐きながら、セイロンはゆっくりと前面のガラスをスライドさせる。
アールグレイは満足そうな表情を浮かべると、内側に入っていった。
「よっこら・・・・・・」
いささか物体の強度に関する配慮を欠いた手つきで魔法陣の上に聖剣を立てる。
別に専用のくぼみとかがあるわけでもないので、ガラス壁の内側に立てかける感じだ。
「よさそうね。それじゃ、聖剣はそのままで・・・・・・アルは出てきて」
アールグレイは不必要に忍び足で転送装置から出る。
そして出入り口の戸をそっと閉じると、セイロンの横に行儀よく並んだ。
これでアールグレイの役目は終わり。
セイロンにとってはここから先が緊張の瞬間である。
「こんな場所で魔法陣を起動したら間違いなく不審な魔力活性として検知される。最悪逮捕ね。正真正銘・・・・・・チャンスは一回。ここで転送実験を成功させないと・・・・・・一生自称魔法研究家止まりね」
セイロンの額にうっすら汗が浮かぶ。
胸に手を当てて数回深呼吸すると、覚悟を決めたように部屋の隅の制御盤に向かった。
「座標指定は・・・・・・問題ない。重量制限はほんの少し余裕を持たせて・・・・・・」
細かな条件を声に出して確認しながら済ませていく。
諸々の設定が終わると、制御盤に実行の最終確認ボタンが表示された。
「大丈夫」
セイロンは震える指先をボタンに伸ばす。
その緊張感はアールグレイにも伝染したようで、セイロンの指を模倣するように小刻みに震えていた。
そして、ついにその瞬間は訪れる。
「転送、じっこ・・・・・・」
はずだった。
「うッ・・・・・・!?」
突如大きな振動が船体に襲い来る。
身構えてもいないところにその振動はあまりにも大きすぎて、当然二人は大きく体勢を崩した。
そのせいでセイロンは意図せず実行ボタンを押してしまう。
それだけならばまだ問題はなかったのだが、衝撃によって跳ね上がった聖剣が転送装置のガラス壁を砕いてしまったのだ。
聖剣は魔法陣の上から滑り出し、すっ転んだアールグレイと一緒にセイロンとは正反対の壁際に追いやられてしまう。
今から陣の上に戻す余裕は・・・・・・無い。
「先輩っ、あれっ!」
「あれ、って・・・・・・」
セイロンはアールグレイに言われるままに窓を見る。
そこには無数の眼球が蛍光色にギラギラ光っているのが見えた。
「群星・・・・・・ウサギ・・・・・・」
その目は、全てがひしめく群星ウサギのものだった。
おそらく船体のほとんどを覆いつくしてしまうほどの大きな群れがこの飛空艇を襲っている。
群星ウサギはその性質を知っていれば対処が難しいものではないが、どちらにせよこの状況に至ってしまった時点で実験の失敗は確定する。
「そんな・・・・・・! こんなことで・・・・・・!」
当然、後悔してももう遅い。
群星ウサギの群れを補足して尚「問題ないだろう」と判断したのは他の誰でもないセイロン自身だ。
「ああ・・・・・・こんなんだから、いつまでたっても・・・・・・」
自称研究家。
実家が太いだけの能無し。
さんざん言われてきた言葉。
セイロン自身否定しきれないでいた言葉。
この転送実験で成功を収め、やっと否定できると思っていた言葉。
しかし、それでも。
実験の成功を諦めない人物が、まだここには居た。
「大丈夫です! わたしが・・・・・・!」
アールグレイは近くに転がっていた聖剣を拾って、転送秒読みの魔法陣に向かって走り出す。
「アル、ダメ! 魔法陣に近づかないで! 万が一あんたが転送に巻き込まれでもしたら・・・・・・!」
今まで転送を成功させてきたのは大きくてもリンゴ程度のサイズの物。
それを今回、聖剣を転送することで、それなりに大きいかつ構造が複雑なものでも正常に機能することを証明し実用化にこぎつけようと計画していたのだ。
当然失敗すれば、物質は崩壊する。
「大丈夫です! ・・・・・・絶対に! 先輩の魔法はうまくいきます!」
セイロンの制止を聞かずに、アールグレイは魔法陣に飛び込む。
そして聖剣を置いて飛びのこうとするが・・・・・・。
「・・・・・・っ!」
間に合わない。
魔法陣が起動し、まばゆい光を放つ。
転送魔法は、聖剣とアールグレイを魔法陣に乗せたまま実行されてしまった。
「アル・・・・・・!」
懸命に叫ぶが、セイロンはそれが何の意味も持たないことを知っていた。
こうなってはもう、転送が成功していることを祈るしかない。
やがて光が霧散し、そこには静けさが訪れる。
そこに聖剣は無く、そして設けた重量制限によってはじかれたアールグレイの姿があった。
「アル・・・・・・!!」
見慣れたその姿があったことに、セイロンはひとまず安堵する。
「よかった・・・・・・とにかくすぐに健康状態を確かめないと! 内臓が損傷してるかもしれないし、重量制限に遊びを持たせてたぶんきっとどこかに軽微な欠損が・・・・・・」
あまりにもすべてがいきなりだったので、セイロンの思考はぐちゃぐちゃになって慌てふためく。
そうしているうちに、アールグレイはその場にばたりと倒れた。
「あ、アル・・・・・・!」
慌ててセイロンはそこに駆け寄る。
その上体を抱き起すと、急いで外傷の有無を確認した。
「よかった・・・・・・」
砕けたガラス片の上に倒れたものだから細かい傷がいくつかできているが、その他に出血は見られない。
なによりも、抱き起すことでアールグレイの呼吸をしっかり感じ取ることが出来た。
生きている。
ひとまずその事実は、セイロンの心を落ち着かせることに役立った。
そして、だから気づく。
「アル・・・・・・?」
アールグレイが異様にぐったりしている。
それこそまるで魂が抜けたように。
魔力によるショックで一時的に気を失うというのはそう不思議なことでもない。
しかし、それとはまた様子が違う。
そういった場合は、筋肉が緊張状態にあってこわばっているのだ。
だが、今のアールグレイは操り糸の断たれた人形のように四肢がだらしなく垂れている。
触れる肉体も柔らかい。
「・・・・・・」
魔法研究家を自称するくらいだ、多少なりともセイロンには一般以上の知識がある。
だからアールグレイの身に起こっていることが普通ではないとすぐに悟る。
そして、自然と「では何故?」と頭が回転する。
「まさか・・・・・・」
セイロン自身、浮かび上がった自らの考えが信じられないことだと思う。
しかし、筋が通ってしまうこともまた事実ではあった。
「群星ウサギが・・・・・・」
セイロンはアールグレイをいったん寝かせて、スカートのポケットから通信機を取り出す。
「もしもし、ダージリン? 聖剣は・・・・・・届いてない、か・・・・・・」
転送先の受取人に確認するが、期待通りの返答は得られない。
転送がそもそも失敗したのか、長距離の転送ゆえに軽微な座標の誤差が大きく影響したのか、これではその判断がつかない。
だが、どちらにせよどこかに聖剣と一緒にとんでもないものを転送してしまったことになる。
今、指針に出来るものは一つだけ。
「・・・・・・行くしかない、地球へ・・・・・・」
転送魔法の送り先、辺境の世界の辺境の星。
そこにあるかもしれない。
いや、あってくれと願わずにはいられない。
聖剣タイタンハートと・・・・・・そして、肉体から剝離したアールグレイの魂。
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