TS異世界転生姫プレイ

パンドラ

第1話:シャーロットは死にたくない

 誰でもいい。俺の身代わりになってくれる人物を必死に探している。

 死にたくない。酷い目に遭いたくない。苦しい思いをしたくない。

 人として当たり前の欲求だ。それを笑うものがいるなら、同じ目に遭ってみろと言いたい。


 人として節度を持て? そんなものは安全が確保されて初めて言える言葉だ。

 死んだことのない奴は黙っていろと言いたい。死ぬことがどれだけ苦しくて、辛くて、絶望的な感覚か。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」


 カタコンベの通路を俺は息を切らせながら走る。

 恐怖で涙が出てきて視界が歪む。歯が震えて音をかき鳴らす。

 乱れた長い髪が頬や背中を叩く。こういう時、おしゃれのために長い髪をしていると不便だ。


 見た目の良さと動きやすさのトレードオフ!

 女の子として、周りへ媚を売るためには必要なことだった。一人取り残された今となっては、デメリットしか残っていないけど。


 今となっては馴染んでしまった姿恰好だけれども、こういう時は前世が恋しくなる。

 前世では、もうちょい運動もできたはずなのに。


 そう、俺は転生者だ。

 前世は普通の男子高校生。転生後の今は美少女――とは言っても、顔と見た目以外には回復魔法ぐらいしか取り柄がない女の子だ。


 ガシャリガシャリと死の足音が迫ってきている。スケルトンどもが迫ってくる音、耳に入れたくもないが、聞こえなくなってくれやしない。

 後ろを見るのも恐ろしい。


「なんで、なんでこんな目に遭わされるんだよ!」


 俺の後ろには何体ものスケルトンがいる。決して強いモンスターではないが、それは戦える人物ならの話。

 非戦闘員の俺は一対一でも勝てやしない。

 できることは、ただ逃げ回るだけ。


「ダンジョンの中だからって、覚えておけよあいつら……っ。絶対生き残ってやる」


 俺はダンジョン内でパーティの連中に見捨てられた。

 危機に陥ったパーティにて、回復魔法を使い切った俺が一番役に立たないからと言う理由で女連中が俺の足を攻撃し、囮にして逃げ出したのだ。

 危機的状況だったからだろうか、俺を褒めてくれてた男たちも俺を攻撃した女たちと一緒に逃げ出しやがった。


 ふざけやがって。顔と名前しっかり覚えたからな。

 特に実際に切りつけてきたあの女! 覚えておけよ。

 絶対いつか何かの形でやり返してやるからな!


 足につけられた切り傷は自前で治した。回復魔法の残り使用回数を偽っていたのが身を救った。

 初心者パーティーに交じるときには、必ず申告回数に余裕を持たせるようにしているのだ。

 なぜかというと、初心者たちがダンジョンに潜るときは向こう見ずなことが多い。特に、回復魔法の残りがあるうちは大丈夫だと思いがちだ。

 そういう戒めの意味も込めて、俺は回復魔法の残り回数を偽っている。


 まさか、回復魔法を使い終わったら用済みだとばかりに魔物の囮にされるとは思わなかったけどな! 人をちょっと容量が多い回復ポーションか何かだと勘違いしてるんじゃないかあいつら。


 思い返すと、本当に怒りが収まらない。今はこの怒りすら、走るための原動力になる。


「クソ、クソ、クソ。絶対に生き残る。死なない。死にたくはない!」


 二度目の死は嫌だ。一度目は不審者に道端で襲われての刺殺だったが、痛いし苦しいし、うっすらと消えていく感覚が本当に辛かったんだ。

 あんなもの、二度と味わいたくはない。何としてでも回避してやる。


「カラカラカラカラ」

「笑ってんのかよ! ふざけるなよ! 本当に!」


 乾いた骨が打ち鳴らす音にも叫ぶ。体力の消耗と思う? でも、喝を入れないとやっていられない状況だ。

 俺を追いかける骨どもに疲労の色は無い。当然か。当然だよな。死ね。死んでるけど。


 くだらない思考ができてることに、少しだけ笑う。

 まだ余裕がある証拠だ。まだ命を繋いでいられる。

 長い放浪生活で培った体力が、こんなところでも役立ってくれている。

 人生、何が役に立つのかなんてわからないものだ。


 苦労だらけの人生だった。

 前世のような平穏な生活をしたかった。

 今度こそ幸せに精一杯生きたかった。

 それだけを考えて、これまで生きてきたんだ。


 この世界は前の世界に比べて、遥かに厳しい。日本で男子高校生だった頃が懐かしい。

 ここでも男だったらもうちょい楽だったのかもな。治安が悪く、女っていうだけでまともに一人で道も歩けない。襲われて、身ぐるみはがされて、あられもない姿を晒している連中を何人も見てきた。


 別に俺も例外ってわけじゃない。色々とやりくりしてここまで無事に生き延びてきた。

 果てにたどり着いたこの町でも、冒険者としてやっていけている。もちろん、寄生プレイみたいにはなってしまっていたけれども。でも、俺が真っ当に生きていくにはそれしかなかったんだ。


 あれ、これ走馬灯か? もしかして、俺死ぬ?


「あっ」


 命を懸けた鬼ごっこの終わりは一瞬だった。

 意識が浮いた隙に走り疲れた足がもつれてしまい、その場で転ぶ。

 感情が一転して絶望に染まる。


 本当に、本当に女の体は非力すぎる。この体になって散々思ったことだけど、とにかく身体能力が低い。

 どうせ転生するならもっと強く、チート能力を持った人間になりたかった。理不尽を理不尽で覆せるような人間になりたかった。

 こんな厳しい世界でなく、もっと緩く甘い世界に産まれたかった。

 泣き言を言っても現実は変わってくれない。涙に歪んだ視界のまま、地面が見える。


「嫌だ。動け動け動け」


 足が笑って立ち上がれない。握りこぶしを叩きつけても、もう駄目だ。

 俺は倒れた状態から体を反転させて、後ろの状況を確認した。


 スケルトンの数は最初から数を増やしていて、二桁にも届きそうな数になっていた。

 途中で引っ張ってきてしまっていたのか。こんな数、どうしろっていうんだ。

 そのまま後ずさりするが、走るより速度が出るはずがない。すぐにスケルトンに追いつかれてしまうだろう。


 こんなところでまた死ぬのか。そんなのは嫌だ。


「いや、来ないで。来るな、来るなぁ……」


 俺はスケルトンを追い払うように手を振ってみせる。

 そんなものは何の意味もないと頭では理解しておきながら、やらずにはいられない。

 スケルトンたちがの空虚な眼窩が全てこちらへ向けられている。あの冷たい体に捕まえられれば、どうなるかなんて想像するまでもない。


 股下から温かいものを感じる。黄色い染みが地面を伝って広がっていく。湯気が地面から立ち上がった。


 なあ、俺死ぬのかな。

 ここまで必死に生きて、頑張って生きてきて、死ぬのかな。

 死にたくない、誰か、誰か助けてくれ――っ!


「——随分と骨の数が多いな。先ほどまで一度に出てくるのは二、三体ばかりだったが」

「はえ?」


 声が降ってきた。

 声にならない悲鳴が届いたのかと思ったが、その男は俺のことなど視界にも入れず、俺とスケルトンの間に割って入ってきた。


 他のメンバーはと思って周囲を見ても、その男一人。

 一人でスケルトン十体以上を相手に? そんなこと、できるとは思えなかった。

 そんなことができる人物が、こんなダンジョンに来るはずがない。

 ここは初心者が好んでくるようなダンジョンだぞ?

 装備を見る。簡素な皮の装備に、直剣が一本。堅実な鎧も、優れた武器を持っている様子でもない。駆け出しだろうか。


 俺が引き連れてきたせいで犠牲者が増えてしまった?


 擦り付けるつもりではあったけれど、それは俺が逃げ切れる前提だ。腰が抜けた今の状況では、ただ死人が増えただけ。


「に、逃げ、逃げて」


 犠牲者を無駄に増やしたいわけではなかった。誰かを見捨てるつもりではあったけれど、道ずれにしたいわけではなかった。

 俺は震える声で逃げるように伝えるが、男はこちらへ視線を向けすらしない。


 それでも引き留めようと手を伸ばす。目の前で、空間が爆ぜたように感じた。

 ……え?


「何か違うかと思えば、これまでのと同じか」


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。男が剣を振るったのだと、少し遅れて理解した。


 男は凄まじく強かった。

 絶対的強者による一方的な蹂躙と言うのが相応しいだろうか。暴力的なまでの剣筋。一度振るうだけで骨が砕けて飛び散っていく。

 たった三度、たった三度の瞬きを行う間にスケルトンは蹴散らされてしまった。


 男は何事もなかったかのように、腰の鞘に剣を納めた。


「あ、あの」

「……ふん」


 彼は俺の方を一度不快げに睨みつけると、何事もなかったかのように俺から離れていくように歩いて行く。


「待ってください! あの、ありがとうございます」


 無視された。

 男からは人を寄せ付けない雰囲気が滲み出ている。正直、お礼を言いはしたが、関わり合って大丈夫なのか不安になる。殺されたりしない、よな?


 いや、一旦冷静になろう。これからどうするべきか。

 ダンジョンの外を目指す? いやいや一人だとまたモンスターが出てきたら何もできない。

 同じ状況になるのは嫌だ。もう足が笑っているし、逃げ切れる気がしない。

 なら、ダンジョンの奥へ向かうことになったとしても、男について行った方がいい、かもしれない。


 たぶん、きっと、すぐに殺されることはないと思う。

 だって殺すならもう殺されてるはずだし。うん、そうしよう。

 てか冷静になると漏らした部分気持ち悪さが気になる。着替えたい、着替えないけど。


「あっ! ちょっと、待ってください!」


 男は我関せずと、さっさと俺が来た方へ向かって行っていた。既に大分距離が離れていて、このままだと取り残されてしまう。

 漏らした不快感だとか、疲労に溢れた足だとかを無理やり押し殺して、立ち上がる。

 軽い駆け足で男の後を追う。こちらをもう見ようともしないが、俺は彼の後ろに付き従うようについて行く。

 それが生き残る道だと信じて。

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2024年11月30日 19:07

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