TS異世界転生姫プレイ
パンドラ
第一章 ダンジョンの異変
第1話:シャーロットは死にたくない
死にたくない。酷い目に遭いたくない。苦しい思いをしたくない。
人として当たり前の欲求だ。それを笑うものがいるなら、同じ目に遭ってみろと言いたい。
誰でもいい。俺の身代わりになってくれる人物を必死に探している。
人として節度を持て? そんなものは安全が確保されて初めて言える言葉だ。
死んだことのない奴は黙っていろと言いたい。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」
息を切らせてカタコンベの通路を俺は走る。
恐怖で涙が出てきて視界が歪む。歯が震えて音をかき鳴らす。
後ろを見るのも恐ろしい。ガシャリガシャリと死の足音が迫ってきている。スケルトンどもが迫ってくる音だ。
足につけられた切り傷は自前で治した。回復魔法の残り使用回数を偽っていたのが身を救った。
「いや、嫌だ。死にたくない、また死にたくない……っ!」
◇ ◇ ◇
――ダンジョン。それは無限の富を生み、無数の命を飲み込む魔窟。
ダンジョンに潜り、資源を採取してくることで生計を立てる者たちを冒険者と呼んだ。
命の危険と引き換えに、巨万の富を得られるその職業は、若者にとっては一獲千金の夢であり、古者にとっては最後に残された職業だった。
だから、俺が冒険者を選んだのも必然だったのかもしれない。
他の生きる道は碌でもなく、人として生きられるのがこの道しかなかったのだから。
だって、俺は――か弱い女の子としてこのクソったれな世界に転生してしまったのだから。
前世の俺は、普通の学校に通う男子高校生だった。
ある日、登校中に不審者に襲われて死んでしまった。
その不審者が本当に不審者で、なんか怪しい言葉をぶつぶつ言いながら刃物を俺に突き立ててきたんだ。
そんな感じで死んでしまった俺は、次に目が覚めたと思ったら可愛らしい女の子になっていた。
名前をシャーロット。親しい人からはロティと呼ばれていた。
貧しいながらも優しい家族の元に生まれた俺は、家業を手伝いながらそこそこに生きてたんだ。ありきたりながら、何事もなく平和に暮らしていた。
一つだけ気になるところがあるとすれば、髪の色を隠すように言われ続けていたこと。常に違う色に染めて、素の色を誰にも見せてはいけないとよく言い聞かせられていた。
本当に幸せな日々だった中、村が焼かれた。理由は知らない。暴れ狂う男たちが村を襲って、みんな殺されたのだけ覚えている。
母さんに絶対に声を上げてはいけないと言われ、俺は床下に隠れていた。
隠れていた隙間から怒号や悲鳴が聞こえてきたが、身を固めてじっと静まるのを待った。隠れている間、母さんの言葉だけをひたすらに心の中で反復していた。
その後、俺は運よく見つからず、生き延びることが出来た。
隠れた場所から這い出た時に見たのは絶望の光景。父さんは無残に斬り裂かれ殺され、母さんは全裸に剥かれて汚されて冷たくなっていた。
一度呆然としてから、俺は生き残っている人を求めて村中を探し回った。
誰も残ってはいなかった。誰も、何も、何一つとして。
この時に俺は悟ったんだ。この世界では何もかもが容易く奪われ、それが当然のようにまかり通る世界なんだって。
勘違いしていた。前世のように豊かでなくても、普通に暮らせる世界なんだと。そんなことはなかった。
決意した。ただ奪われて死ぬのは嫌だ。せめて人として生きたい。
そのためには力がいる。奪われないための力が。
でも、残念ながら戦う才能がなかった。その代わり、俺には回復魔法の適性があった。
最初は絶望した。回復魔法がこの世界でどういう立ち位置かわからないが、直接的な戦いに役立つものではない。
更に、自分で言うのも変な話だが、俺はかなりの美少女だった。
こんな目に遭っておいて、美少女ってだけで優しくされるなんて想定は俺にはできない。
むしろ、母さんのように慰み者にされて、いい様に扱われるのが落ちだろう。
最悪の場合、回復魔法を使えることをいいことに、死ぬ限界まで追い込まれて自分を回復させられてを繰り返させられる可能性すらある。
そういう趣味の人間に捕まったらと考えるとぞっとする。
――だから逆に、俺は危険に飛び込むことにした。
襲われるのではなく、自分から誘う。主導権を奪う。
危険を感じたら、一早く逃げる。
問題を起こしては旅に出てを繰り返し、最終的にたどりついた町で、俺は一つの決意を固めた。
男に寄生して生きていくのにも限界がある。どこかで職を見つけなければならない。
でも、俺は強い人物に守ってもらわないと生きていけない。
最終的に結論を出したのは、回復魔法を活かして冒険者と言う職に就くことだった。
可愛ければ第一印象が良くなる。パーティに馴染みやすくなるはずだ。
信頼できる仲間とパーティを組めれば、きっと平和な暮らしができる。周り全てを疑い続けるような日々からおさらばできる。
この思惑は半分当たった。冒険者パーティに上手く入り込めた俺は、男連中にちやほやされて、回復役と言うこともあって大切に扱われた。
同時に、女連中からは基本的に疎まれていた。男に媚売ってパーティに加わる女が面白いはずはないだろう、そこは理解できる。
今回組んだパーティでも同じだった。男連中からはありがたがられ、女からは睨まれる。今回もいつも同じだと思っていた。
同じではなかった。俺は彼女の嫉妬を軽視しすぎていた。
その結果が今だ――
◇ ◇ ◇
俺はダンジョン内でパーティの連中に見捨てられた。
危機に陥ったパーティにて、回復魔法を使い切った俺が一番役に立たないからと言う理由で女連中が俺の足を攻撃し、囮にして逃げ出した。
危機的状況だったからだろう、俺を褒めてくれてた男たちも俺を攻撃した女たちと一緒に逃げ出した。
俺は、見捨てられた。
疎まれているとは思われていたが、殺したいほどとは思わなかった。
「あっ」
命を懸けた鬼ごっこの終わりは一瞬だった。
走り疲れた足がもつれて、その場に転んでしまう。
女の体は非力すぎる。この体になって散々思ったことだが、とにかく身体能力が低い。
どうせ転生するならもっと強く、チート能力を持った人間になりたかった。
こんな厳しい世界でなく、もっと緩く甘い世界に産まれたかった。
泣き言を言っても現実は変わってくれない。涙に歪んだ視界のまま、地面が見える。
足が笑って立ち上がれない。
俺は倒れた状態から体を反転させて、後ろの状況を確認した。
スケルトンの数は最初の三体から増えて、二桁にも届きそうな数になっていた。
そのまま後ずさりするが、走るより速度が出るはずがない。すぐにスケルトンに追いつかれてしまうだろう。
こんなところでまた死ぬのか。そんなのは嫌だ。
走馬灯のように少し前までの事を回想する。何の役にも立ちやしない。
「いや、来ないで。来るな、来るなぁ……」
俺はスケルトンを追い払うように手を振ってみせる。
そんなものは何の意味もないと頭では理解しておきながら、やらずにはいられない。
股下から温かいものを感じる。黄色い染みが地面を伝って広がっていく。湯気が地面から立ち上がった。
なあ、俺死ぬのかな。
ここまで必死に生きて、頑張って生きてきて、死ぬのかな。
死にたくない、誰か、誰か助けてくれ――っ!
「——随分と骨の数が多いな。先ほどまで一度に出てくるのは二、三体ばかりだったが」
声が降ってきた。
声にならない悲鳴が届いたのかと思ったが、その男は俺のことなど視界にも入れず、俺とスケルトンの間に割って入ってきた。
他のメンバーはと思って周囲を見ても、その男一人。
一人でスケルトン十体以上を? そんなこと、出来るとは思えなかった。
そんなことができる人物が、こんなダンジョンに来るはずがない。
装備を見る。簡素な皮の装備に、直剣が一本。堅実な鎧も、優れた武器を持っている様子でもない。駆け出しだろうか。
俺が引き連れてきたせいで犠牲者が増えてしまった?
擦り付けるつもりではあったけれど、それは俺が逃げ切れる前提だ。腰が抜けた今の状況では、ただ死人が増えただけ。
「に、逃げ、逃げて」
犠牲者を無駄に増やしたいわけではなかった。誰かを見捨てるつもりではあったけれど、道連れにしたいわけではなかった。
俺は震える声で逃げるように伝えるが、男はこちらへ視線を向けすらしない。
それでも引き留めようと手を伸ばす。目の前で、空間が爆ぜたように感じた。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。男が剣を振るったのだと、少し遅れて理解した。
男は凄まじく強かった。
絶対的強者による一方的な蹂躙と言うのが相応しいだろうか。暴力的なまでの剣筋。一度振るうだけで骨が砕けて飛び散っていく。
たった三度、たった三度の瞬きを行う間にスケルトンは蹴散らされてしまった。
男は何事もなかったかのように、腰の鞘に剣を納めた。
「あ、あの」
「……ふん」
彼は俺の方を一度不快げに睨みつけると、何事もなかったかのように俺から離れていくように歩いて行く。
「待ってください! あの、ありがとうございます」
無視された。
男からは人を寄せ付けない雰囲気が滲み出ている。正直、お礼を言いはしたが、関わり合って大丈夫なのか不安になる。殺されたりしない、よな?
いや、一旦冷静になろう。これからどうするべきか。
ダンジョンの外を目指す? いやいや一人だとまたモンスターが出てきたら何もできない。
同じ状況になるのは嫌だ。もう足が笑っているし、逃げ切れる気がしない。
なら、ダンジョンの奥へ向かうことになったとしても、男について行った方がいい、かもしれない。
たぶん、きっと、すぐに殺されることはないと思う。
だって殺すならもう殺されてるはずだし。うん、そうしよう。
てか冷静になると漏らした部分気持ち悪さが気になる。着替えたい、着替えないけど。
「あっ! ちょっと、待ってください!」
男は我関せずと、さっさと俺が来た方へ向かって行っていた。既に大分距離が離れていて、このままだと取り残されてしまう。
不快感だとか、疲労に溢れた足だとかを無理やり押し殺して、立ち上がる。
軽い駆け足で男の後を追う。こちらをもう見ようともしないが、俺は彼の後ろに付き従うようについて行く。
それが生き残る道だと信じて。
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