第147.5話 (閑話)
2025年、最初の投稿は閑話となります。とあるヒト族視点での少し未来の話です。
――― とあるヒト族貴族の視点の回 ――――
ゴーン リゴーン ゴーンゴーン ………
教会の鐘が天に向け鳴り響いている。雲一つない水色の空の日があの人を
「奥様、お別れはお済みになりましたか?」
「ごめんなさい、もう少しだけ……」
私はあの人の名の刻まれた墓碑に黒い石のペンダントを掛け花束を置きました。
婚約の時に贈られ、すっかり黒くなってしまった『心変わり』の石。いえ、あの
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それは私がまだ18歳の頃でした。父に紹介されたのはマルク=ルー=ブーリッシュ男爵令息。親同士が子供が出来たら結婚させたいと約束していたとのこと。私の父はルーファス=フェル=ガーランド男爵。私はフィーラ=フェル=ガーランド男爵令嬢と申します。
ブーリッシュ男爵令息は物静かな方で、私達は幾度かお互いの家を行き来した後に婚約を交わす事になりました。
私達人間の間では少し前から恋人や婚約者に『愛の囁き』と呼ばれるピンク色をした宝石を贈ることが流行っています。この石は少し変わった石で、贈られた者が恋人への愛情が薄れてしまうと真っ黒に『心変わり』してしまうと言うのです。
大半はその様な話は迷信だと笑う者ばかりでしたが、ある時、子爵家の令息が婚約者に『愛の囁き』を送ったところ一年もせずに色が黒ずんでしまい、それを憂いた子爵家の令息は婚約破棄を突き付けたという話が聞こえてきました。どうも貴族だけではなく平民の間でもその様な話がチラホラと出ているとの事。
この噂話が出る様になってから、『愛の囁き』と言う宝石は恋人たちの愛の強さを確かめ合う石として一躍有名になり、『愛の囁き』が『心変わり』することに怯えつつも男性から女性に贈ることが定番となっていきました。
勿論、私もマルク様より『愛の囁き』をプレゼントされる事になるのでしょう。心変わりなどしない自信はあるのですが、それでも不意に色が黒くなってしまったら…と思うと心がざわついてしまいます。私がお慕いしているのに色が変わるという事は、それはマルク様が……。
そんな折、父が知り合いのつてを辿って一人のドワーフ職人を見つけ出してくれました。その方はまだ若いものの宝石研磨では一流の職人とのこと。しかもその職人さんはレディだそうで、私の抱く不安を取り除いてくれるのでは…と少しばかり期待してしまいます。
その職人さんは普段は工房を構えた『ネオ=ラグーン領』の都市『スワロー』に居るとのことですが、特別に『ピース=ソング=マウンテン領』内の猫獣人の町、『ノーブルアンビションリバー』のドワーフ商業ギルド出張所でお会いできることになりました。そこならば『ハポン=ヤポン国』で私達の住む西の皇都『キャピタル=キャピタル』からさほど遠くはありません。
初めてお会いしたそのドワーフの宝石研磨職人さん、ミーシャ=ニイトラックバーグ様はとても小さくて、いえ、ドワーフの方々は私達人間より背丈が低いので小さく見えるだけなのですが。レディですがお髭も生えていて、不躾ですがつい見入ってしまいました。
「大丈夫です、ボクは髭が生え揃ってからだいぶ経ちますので」
どうやら成人してから何年も経っているという事のようです。
「そちらのブーリッシュ男爵令息がガーランド男爵令嬢への婚約の贈り物として、ヒト族が『愛の囁き』と呼んでいる宝石でペンダントをお作りしたいという事で宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします。石も用意してまいりました」
マルク様が応対します。
「拝見いたします……、これは鉱石の状態から判断してブーリッシュ男爵令息がご自身で採掘されたものでしょうか?」
「判りますか?」
「男爵位の方が購入されるとなるともう少し透明度が高いものや大振りの物を用意されると思われますので。この大きさでこの色味のものを持ち込まれたと言う事は、恐らく自家採取ではないかと判断いたしました」
「恥ずかしながらその通りです。僕がフィーラに想いを伝えるには自らの手で採掘してこそ…だと。尤もドワーフの方々が採掘に行かれるような鉱山ではなく、恥ずかしながら観光鉱山のような場所ですが」
「いえ、ブーリッシュ男爵令息がガーランド男爵令嬢を大切に思われている何よりの証拠ですよ」
私はお二人の遣り取りを聞くうちに少し赤くなってしまいました。
「それで、ブーリッシュ男爵令息とガーランド男爵令嬢にお伝えしておきたいお話があります。実はこの『愛の囁き』、ドワーフは『赤薔薇』と呼んでいる宝石なのですが、愛情とは関係なしに黒変する宝石なのです」
何ということでしょう!! そのような事実があったとは夢にも思いませんでした。尤もドワーフの間ではこの宝石が経年変化で黒化するのは周知の事実だそうですが…。
「それは本当なんですか?」
「はい、この宝石は空気中の成分、ボク達生命ある者達が呼吸をする時に吸い込む成分を取り込むことで徐々に黒化していきます。それを防ぐには空気に極力触れないように保管するしかないのですが…」
「まさかその様な真実が。それでは過去に悲しい思いをされた方達は……」
真実を知らないという事は何と残酷で残念な結末を生むのでしょうか。
「ですので、ボクはこの宝石でアクセサリーを作る時は、似た色味の宝石で色が変化しないものを使ってレプリカも作ることを提案しています。この『愛の囁き』に限らず貴族の方々は社交界のパーティーに出向かれる時にはアクセサリーのレプリカを着けてゆき、後日拝見しにいらした客人には本物を見せると聞いております。なので、普段はレプリカを使われる事をお勧めしております」
聞くと、『愛の囁き』のレプリカ石はそこまで高価な宝石ではないとのこと。それでもいつかは『愛の囁き』が黒化してしまうことを憂いていたらミーシャ様はこう告げられました。
「ボク達と同じ空気を吸ってこの石も生きているんです。それに一年二年程度では黒化しませんよ。勿論ピンク色の宝石も素敵ですが、十年、二十年、五十年と連れ添って、最後に想い人を天国に見送る時に胸元にモーニングアクセサリーとして使うのも素敵だと思いません? 黒い石ならば男女を問わず着けられますし」
その様な使い方があるとは考えてもおりませんでした。
「ドワーフの間では、この宝石は『赤薔薇』『黒薔薇』と呼び分けています。そして赤薔薇の花言葉は『あなたを愛しています』で、黒薔薇の花言葉は『永遠の愛』。この石にピッタリだと思いません?」
何と素敵な話なのでしょう。ドワーフは気難しく偏屈な方が多いと聞いておりましたが、ミーシャ様はその様な空気を感じさせないのです。それでも「ボクはヒト族とお付き合いするのが苦手なので…」と言われてしまいました。隠遁している訳ではない様なので、然るべき方法で連絡さえ取る事が出来れば、いずれまたお話する機会も生まれる事でしょう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「奥様……」
「ごめんなさい、昔のことを、あの人と出会った時のこと、そしてこの『黒薔薇』がまだ赤かった時のことを思い出していたの……」
マルク、ありがとう。あの時のアクセサリーは『
あなた、天国でもう少しだけ待っていて下さいね。
フィーラ=ルー=ブーリッシュの手記より
―――――――
(作者より)
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