死に戻り前提の超鬼畜難易度ゲーのモブキャラに転生した件〜必死に生きてただけなのにループのイレギュラーとして主人公(美少女)に目を付けられました

太田栗栖(おおたくりす)

第1話 地獄から地獄へ

 薄汚れた路地裏で一人の男がその人生を終えようとしていた。


 大勢の遺族に見送られる事もなければ、花々に囲まれる事もない。ごみ溜めの中で悪臭に包まれて、一人虚しく終わりを待っている。


「あっ、ぐ、はは」


 自ら腹部に突き立てた包丁の痛みに喘ぎながら男は嗤った。


 生まれてこのかた愛を知らず、情を知らず、家も職も何もかもを失い、最後には実の親に刺されてこんな場所で死に絶える。


 それの何と馬鹿らしいことか。


(やっとだ、やっと死ねる)


 空虚な人生だった。

 孤独で、冷え切って、渇いて、何一つ幸せなどなかった。


 だから男にとって死は恐れるものではなく、むしろ救済ですらあった。


 ようやく終われる。もう何にも苦しまされることなく、消えてなくなることが出来る。


 薄れゆく意識。最後に男は小さく笑みを浮かべて、そして死んだ―――はずだった。







○●○●○




「またしても失敗か」


 鼓膜を震わせる声に意識を引き上げられる。


 ゆっくりと目を開けると、暗がりの中に黒いローブを羽織った老人が立っていた。


 こいつは誰だ?


 いや、そんなことはどうでもいい。

 なんでまた目が覚めた。まさか死に損なったのか?


 恐る恐る周囲を見渡して―――俺は目に飛び込んできた光景に言葉を失った。


 目覚めたこの場所はさっきまでの路地裏ではなく、どういう訳か石造りの大部屋だったのだ。


 暗いのは光源が蝋燭の火しかないからだろう。か細く揺れる小さな炎が室内を不安定に照らしている。


 さらに視線を泳がせれば、床には魔方陣のような幾何学模様が描かれていて。

 それから部屋を埋め尽くす実験器材のような物と、部屋の端に高く積まれた死体。


 死体?


 そう、死体だ。


 幾重にも折り重なる死体で山が出来ていた。


「うわああああああああ!?」


 気が付けば俺は喉が張り裂けんばかりに大声で叫んでいた。


 何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、脳内を埋め尽くす無数の疑問符。


 なんで死体がある?


 ここは日本じゃないのか?


 それとも夢の中なのか?


 何も理解できないのが恐ろしい。今すぐここから逃げ出したくて俺は慌てて飛び上がり―――


 ジャラッ。


 鎖が擦れる音がして思い切りつんのめった。そのまま転ばないのは両手両足が鎖に繋がれているからだった。拘束されているのだ。


 もう訳が分からない。なんで、どうして、何がどうなってこんなことに?


「まさか自我が残っておるのか?」


「ぁ、え?」


 混乱の極致にあった俺に向けられた声。

 すがるようにそちらを振り向けば、老人が興味深げに俺を見ていた。


 視線が合う。強く、暗く、淀んだ光を宿す瞳。見覚えがあった。俺と同じだ。歪んだ欲望で汚れた目だ。


 ―――こいつは、まともじゃない。


 ある種の同族を見て少しだけ落ち着きを取り戻す。そして俺は改めて老人の姿を観察した。


 顔には深い皺が幾重にも刻まれ、ローブから露出した手足は枯れ木のように痩せ衰えている。


 まるで死人のような様相だが、彼が纏い持つ強い存在感が老いを感じさせなかった。それどころかぎらついた瞳は若々しく、誰よりも生気に満ちているように思える。


 とにかく異様な老人だ。一目でまともな人種ではないと分かる。


 あれ?


 老人を観察し続ながら俺はふと違和感を覚えた。


 こんな夢のような状況で、明らかに危険な雰囲気を纏う老人相手に馬鹿みたいな話だが、俺はこいつを知っている気がするのだ。


 いつどこで会ったかは分からない。それでも何故だか確信があって―――


「ふむ。面白い。処分は見送るとするか」


「処分?」


「ああ。貴様はこの私、人形の魔術師ディートリッヒが使役してやろう」


 あっ。


 老人の自己紹介めいた言葉で全てを思い出した。


 そうだ。こいつは俺が前にハマっていた、『アリス・イン・デッドエンド』というゲームに登場する一番最初のボスキャラクターだ。


 『アンデッド』という略称で親しまれるそのゲームは、歴代屈指の高難易度ゲーとして知られ、一部界隈で熱狂的な人気を博していた。


 最後にプレイしたのは十年ほど前になるが、あまりに強すぎるインパクトのせいで、どんなゲームだったかを今でも鮮明に覚えている。


 世界観はよくある学園ファンタジー物で、システムもありふれたアクションRPG。

 可愛い女の子が仲間を集めて戦い、最後には世界を救うというコンセプトである。


 そこだけ切り取れば特筆すべき点のないゲームに思えてしまうが、『アンデッド』には死に戻りという要素が含まれており、それが前代未聞の鬼畜難易度を生み出していた。


 戦闘で死ぬ。移動中に死ぬ。イベントで死ぬ。会話中に死ぬ。ボス戦闘でも死ぬ。とにかく世界中のあらゆる場所に死が潜んでおり、死ぬ度に一定時間前まで引き戻されてしまう。


 そしてそんな理不尽難易度は、ディートリッヒですら同じであった。


 チュートリアルのボスでありながらディートリッヒは本人の戦闘能力が高く、常に周囲に雑魚を侍らせ、おまけに戦闘中盤には制御不能の化物まで乱入させてくる。


 一対一でも普通に戦えばまず勝てないし、雑魚達を無視すれば物量差に押し潰されるし、中盤以降に乱入するヤツはもう語りたくもないレベル。


 有志の統計によれば、ディートリッヒを倒したプレイヤーが全体の僅か三割しかいなかったというのだから、その難易度は計り知れないだろう。


 かくいう俺もディートリッヒ撃破に二十四時間を費やした過去を持つ―――


 ―――って、んな現実逃避じみた思考はどうでもいいっ!!


 なんでゲームのキャラクターであるはずのディートリッヒが目の前にいる!?


 それに使役してやると言っていたが、おい、まさか。


 ディートリッヒの瞳に映る俺の姿を確認する。


「あ」


 そして今度こそ驚愕に言葉を失った。


 ―――俺は、ディートリッヒが使役する雑魚の一体になっていたのだ。


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