第63話 囚われの伊織との繋がり

 伊織はマルズ国のフィリーの母方の実家、シーズル侯爵家の所有する建物の中に閉じ込められていた。

 殆ど監禁状態と言っても良いだろう。


 魔力は多いのに、使える種類も多いのに、戦闘訓練はやった事が無いのだ。

 それでも……数人ならば倒せるだろう。

 問題は……その気が無くても魔力の差で相手を殺してしまいそうな事と、結局一人、二人倒したところで、抜け出して国に帰る手段が無いことだ。


 トッキーさん……。


 伊織はベッドの中でうずくまる。

 近くに見張のために付けられた専属メイドの目を盗んで、『空間収納』から、店から貸与された制服を取り出し握りしめる。


 これだけが、時夫と今の伊織を繋ぐものだ。


 トッキーさん……早く来て……。


 ノックの音。

 

 伊織はビクリと肩を震わせて、制服は収納に直ぐにしまう。


「イオリ……入るよ」


 フィリーがいつも通りの優しい声音で、声をかけて来た。


「イオリは知っているのかな?この世界には神様が二人いることを。

 どちらが正しい本当の神様って訳でも無いんだ。

 どちらも正しく、どちらも間違っている。


 だから、僕らは選ばなくちゃいけないんだ。

 僕は……古い神を選ぼうと思う。

 強いものが正しく評価される世界を目指すべきだ。


 僕は選ばれたんだよ。

 

 イオリ……ニホンに帰りたいんだよね?」


 最後の言葉にハッとし、フィリーの目を見る。

 その目は嬉しそうに細められ、金色に輝いていた。


「協力するよ。

 君は僕以上になれる……。でも、お人好しの君にはあんまり酷いことは出来ないよね?


 だから……何もしないで良いよ。

 ただ、その身に宿した力を元々持っていた持ち主に帰すんだ。

 唯一神ハーシュレイに、ね。


 会いに行こう。神様のもとへ」


 フィリーが伊織に手を伸ばす。

 金色の瞳はあの鳥の魔人と同じ色。

 そして、パレードの最中に伊織に手を伸ばして、引っ込めたあの老人と同じ色。


 伊織はフィリーの手を取らなかった。


 あの老人の瞳の中に見た、伊織を心配する優しい光が、フィリーの目には見えなかったから。


「……神に会えばきっと気持ちも変わるよ」


 フィリーも手を引っ込めた。

 そして、部屋を去っていった。

 

 伊織はまたベッドの中で、制服を握りしめる。

 それが伊織が出来る唯一の抵抗だ。

 


 ♢♢♢♢♢

 


 薄ピンクの髪を靡かせてルミィが杖で空を行く。


 そして、時夫は杖にぶら下がっていた。

 ギルド長の姿でルミィの後ろに座るなってさ。

 酷い!こんなのギルド長が知ったら悲しむぞ!

 

 ……まあ、コンパクトに纏まってる時夫と違って、ギルド長に狭い杖の上にいられると暑苦しいのはわかる。


 ギルド長ってば腕の毛も黒々として剛毛なんだもんな。

 

 そして、2度目の違法入国を果たした。

 思い出の温泉に行きたいけど、それは伊織を見つけてからにしよう。

 あとは、カズオ爺さんの死んだ場所に花を手向たむけたいが、これも後回しだ。


 そして、前回は病院に寄ったきりで、殆ど素通りだった王都へやって来た。

 新聞を買って、聖女について何か書いてないか確かめる。


 おお……めちゃくちゃ褒めてる。写真も載ってる。

 カッコいいポーズしてる。


「うーん……ムカつきますね!」


 お、ルミィがぷんぷん怒ってる。嫌いな奴が好かれているのは誰だって嫌だけど、ルミィは隠しもしないもんな。


「偽聖女の方はどこ居るかコレじゃわからんなぁ。

 伊織ちゃんの居る場所なんとかわかれば……」


「トキオの所有物を持ってないとダメですもんねぇ。

 カズオは偶々本物の祖父だったから人物でも『探索』が使えましたけど」


「そうだなぁ。何かプレゼントしておけば良かった」


 はぁ……とため息を吐きつつ腕を組むと、筋肉が盛り上がる。ギルド長の体は今でもこんなにムッキムキなのだ。

 全盛期はどんな化け物だったのか。

 

 それにしても、伊織にプレゼントかぁ……若い子にプレゼントあげる口実も何も無いのに、おっさんがキモいよなぁ。

 でも、もし会えたら何かあげないとなぁ。若い子の欲しがる物なんておじさん分かんないよ。


「プレゼントじゃダメですよ。所有権移っちゃうじゃ無いですか!

 貸し出しとくとかじゃ無いと」


 確かに。言われてみりゃそうか。


「そうだな……あ、ルミィにも念の為何か貸しとくか。

 あげるんじゃ無くて、貸す奴で、ちゃんと所有権俺に残りそうなもの……」


 ルミィとは常に一緒だけど、何かあった時のために渡しておこう。

 どうでも良い物だとダメだから……。


「とりあえず携帯電話貸してやる。高価な物だから壊すなよ。

 俺に探して欲しい時だけ収納から出してくれ。

 防水機能あるけど、あまり水に浸さないように」


 時夫に強く所有権がありそうな物の中で渡せるのが、それだった。

 流石に祖父関係の物は渡したく無いしな。


「おお……前にカズオに見せてた雷魔法的な力を使った連絡手段の道具ですね」


 ルミィが嬉しそうにひっくり返したり、ボタンを押してみたりしている。

 電源は長押ししないと付かないから問題なし。

 いざという時のためにあまり電源を入れて欲しくない。


 どこかで教会の鐘が鳴っている。

 もう昼か。


「どっかで食べるか……」


「少し疲れたから座れるところ探しましょう」


 時夫の提案にルミィも店を探し出す。


「あ、フルーツ果汁屋さんです!」


「本当だ。美味しいのがあったらアイスクリームのフレーバーに取り入れるか……」


「可愛い制服ですねぇ」


「いや……俺の考えた制服の方が………………あ!!」


「……どうしたました?突然間抜けな顔して」


 ルミィが不思議そうな顔で小首を傾げる。

 薄紅の髪がサラサラと流れる。


「制服だ!!」


 叫んだモリモリマッチョの時夫を通行人が不審そうに見ながら目線を逸らす。

 

「はいはい。あの制服可愛いですねぇ」


 ルミィは時夫の奇行に慣れてるので、軽くいなす。


 そんなルミィの肩をぐわしとめちゃ太い指で掴む。


「いたた……離して!」


「あ、ごめん。力入った」


 時夫は短い黒髪をガシガシと掻く。この体だと、つい無駄に力が入ってしまう。


「いや、それだよ。店の制服を俺は伊織ちゃんに貸与してる。

 制服は伊織ちゃんじゃ無く、オーナーである俺の所有物のはずだ。

 だから、もし……伊織ちゃんが前に話した『探索』の情報から、俺が制服なら探し出せることに気がついてくれていれば……」


「イオリの居場所がわかるって事ですね!」


 伊織も『空間収納』が使えたはずだ。

 後は気がついてくれれば……。


 時夫は僅かな希望に託し、『探索』を何度も続けることにした。

 反応があるまで何度だって。


 そして、


「見つけた」


 西の方角。既にマルズ国に来てから半日立っている。


「急ごう」

 





 


 

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