豊穣の天使

第10話 外出

 「ふむふむ。良い感じです」


 ルミィにコーディネートしてもらった、街中でも目立たない服。

 鏡で確認すると、本当に別人みたいだ。


「では、私も着替えてきますね」


 ルミィがるんるん楽しそうに部屋を出て行った。そして、戻ってきたのは……


「え、誰?」


 知らない女の出現に、時夫は半歩引いて警戒するり男子禁制の場所にいるため、騒がれると厄介だ。


「うふふふ!そこまで変わって見えますか?」


 明るいミルクティーみたいな髪を三つ編みにし、ヘーゼルの円な瞳を輝かせる。

 胸元には赤い宝石のついたネックレス……

 

 よく見ると、髪と目の色と髪型と服装が変わっただけで、その正体は普通にルミィだった。

 顔はコイツは変わってないのな。


「何でお前まで変装してるんだよ。と言うかネックレスは二つあったのか」


 時夫が安堵しつつ、驚きを隠すためにぶっきらぼうに聞いた。

 ルミィは悪戯成功とばかりに満足そうな顔だ。

 

「私の髪と瞳の色は少しばかり人目を引きますからね。

 外に行く時はいつも変装してるんです。

 変身のネックレスは私のとトキオの二つしかこの世に無いので大事にしてくださいね!」


 ネックレスは思いの外貴重品のようだ。

 服の下に隠しておこう。


「なんでそんな珍しいものをお前が二つとも持ってるんだよ?」


 単なる下っ端神官と思っていたが、神官って実は結構偉かったりするのかな?こいつもエリート階級?


「……家に代々伝わるものなんです。とにかく、なくさないでくださいね!」


 ふーん……実は良い家のお嬢様とかだったりしたのかなぁ?没落して神殿に預けられて云々的な。

 コイツも全然そうは見えないけど苦労してるんだな。


「では、トキオはこちらのお金は無くさないでくださいね。

 『空間収納』はできますか?」


 レミィが巾着みたいなのを渡してくる。

 お、中々重みがある。


「なんだ?金くれるのか?」


 年下の女の子に小遣い貰うなんて、少し情け無いが仕方ない。

 何か別な形で返さねば。


「これはトキオのお金ですよ。一応、神殿から追い出すのに無一文では体裁が悪いと考えたのでしょう。

 平民なら一ヶ月くらいは暮らせる額です。

 ……それでもここの常識も何も知らないトキオでは外に放り出されても宿を借りるのも大変だったでしょう」


「そっか。大事に使わないとな。……あと、今後のために何か稼ぐ手段も考え無いとだよなぁ。

 まあ、それは追々考えるとして。

 よし、とにかく外に出てみるか。じゃあ、ゾフィーラ婆さん、行ってくるから」


「はいはい。ちゃんと夕飯までには帰ってきなさいよ」


 ゾフィーラ婆さんがヒラヒラと手を振る。

 婆さん喋れたのか……。

 

 そして、こそこそしながら町についた。向かったのは活気あふれる市場だ。

 時夫とルミィは変身ネックレスで一応変装してるが、それぞれ念のためマントのフードを被っている。

 変身後の姿もなるべく人に覚えられない方が良いだろう。


「そこのお嬢さん!この宝石のように綺麗なリンゴを見てごらんよ!お兄さん!恋人に買っておあげよ!」

「幸運を呼ぶお守りだよ!これには何と少しばかり魔力が篭ってるんだ!さあ!買った買った!」

「掘り出し物だよ!どれもこれも今日を逃したら二度と手に入らないよ!」


 あっちからもこっちからも声をガンガン掛けられる。

 ルミィは愛想良くサラリと呼び込みをかわしていくが、時夫は慣れない状況にボンヤリしてたためか、捕まる。


「ほら、お兄ちゃん!恋人にこれ買ってあげなよ!甲斐性見せてあげなよ!」

「え?いえ、あの……」

「ほらほら、こっち来て!見てごらんよ!ほらほらほらぁ!」

 二の腕を掴まれた。何だこのババア、腕力強い。腕周り俺より太いじゃねぇか!

 助けて!たすけて!


 ルミィがずいっと時夫とババアの間に体を入れた。二の腕が解放される。ふう、ババアの手の跡とかついてないよな?

 

「すみませんが!こっちの商品とか、ほら!ヒビ入ってる!それに!これ!埃ついてる!こんなもの要りませんから!トキオ、行きますよ!」


 ルミィが大きな声でババアを牽制しつつ時夫の腕を掴んでズンズン歩き始めた。


「かたじけねぇ」


 腕を引っ張られつつルミィに感謝する。


「しっかりしてください!

 ボンヤリしてるとぼったくられますよ!それにスリに遭わないように、お金を出したら周辺の警戒を怠らないようにして下さい!」


 いつものルミィとは違い、中々雄々しく凛々しい。姉御と呼びたい。


「あ、良い匂い」


 朝食がまだなので、漂うスパイシーな香りに釣られて、匂いの出どころをさぐる。


「串焼き肉ですかね。値段も手頃で美味しいですよ。朝食はそれにしましょうか」


 ルミィもクンクンと匂いを嗅ぎながら、店に近づく。

 ここは、年上の男の矜持を見せる時か……。


「奢るよ」


「いや、でも無駄遣いしない方が良いですよ。私もお金持ってきてます」


 ルミィが遠慮する。没落しても良いところの出なら恐らく時夫よりは金を持ってるのだろう。


「金稼ぐ方法はそのうち考えるとしてさ、まあ、ルミィにはこっち来てから世話になってるし。

 全然お礼にはならないかも知れないけど、今回だけはちょっと見栄を張らせてくれ」


 ルミィが時夫の言葉を聞いて、そう言うことならと微笑んだ。


「では、ご馳走になりますね!私も串焼き大好きなんです!」


 ルミィの好物なら味も保証済みって訳だ。


「すみません!串焼き肉二つ……いや、三つで!」

「あいよ!串焼き三つ!!」


 時夫の太ももくらいの二の腕のエプロンのおっさんが愛想良く応える。

 

 時夫が空間収納を開いて、お金の入った巾着を取り出したところ……


 どんっ!


 少年がぶつかってきてよろける。


「うわ!」


 何とか尻餅をつくのは回避した。

 少年……クソガキは謝りもせずに走っていく。

 

「トキオ!」


「大丈夫だ……」


「お金スラれてます!追いかけますよ!」


 マジかよ!


「すみません!後でまた買いに来ます!」


 串焼き屋のオッサンに声を掛けてから追いかける。

 逃してたまるか!全財産!!


 

 

 

 


 

 

 

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