第40話 樹と閏の本当の闘い

「馬鹿な! なぜミツキがここにいるんだい!?」


 ふらつくのか頭を押さえながら樹を睨みつける古城マカは焦りを隠せない様子だ。


「僕を監視していた魔女には塩の柱になってもらったよ」


 目を見開いた古城マカは青い顔で後ろによろめく。


「き、貴様、ブービートラップを使ったのかい!?」


「安心しなよ。僕はあなたの味方でもないけど、閏の味方でもない」


 樹の目は未だに放心しながらユナを抱きしめる閏を捉えた。


「僕は閏に確かめたいことがある。なぜ、古城マカが言ったように独断で僕たちの魂を喰わなかったんだ。どちらかわからないなんて、どちらでもいいじゃないか。ミツキの罪は僕の罪だ」


 見た目は同じでも、一人で動き出したことといい、この少年は先ほどまでのミツキとは違う。

 

 樹だ。今目の前にいるのは本物の仁科樹だ。閏はようやく意識をハッキリと持ち直した。


 やるべきことを思い出した閏は、そっとユナの体を床に寝かせ、自身は立ち上がると樹と真正面から向かい合う。


「言っただろう。正義とは関係なく、休戦は俺の願いだ。確かにどちらかを失えば二人にはもう戦う意味すら残らないだろう」


「魔人の正義を果たすんだろ! 僕たちを許しても、僕たちが傷付けた人々を癒せるわけじゃない!」


 そうかもしれないが、閏が望んだのは樹にもミツキにも絶望を与えることではなかった。


「いずれ殴り合って喧嘩になってもいい。銃を持ち出すなら殺し合いになってもいい」


「今度は僕との戦争を望むと言うのか!!」


 今にも殴りかかりそうなほどの剣幕で樹は閏の胸ぐらを掴んだ。


 しかし、閏は樹の手を包み込むようにそっと触れるだけで抵抗しようとはしない。


「この世界に当たり前にある正義が樹を傷付けてきた。多くの者は樹たちの不幸に同情する。邪悪な魔王を倒しても、お姫様の平和な日々を守っても、俺たちの正義は樹を救えない」


 願った通りにユナを殺して器を得ても、どちらかの魂を喰らっても、残されるのは激しい後悔と苦しみだろう。二人は悪になり切れない。


「打つ手がないとわかっているのなら、僕を奈落の底に叩き落せばいいだろう!!」


 きっとそれが樹の本当の願いだったのだろう。


 世界が平和なままでも樹の地獄は終わらない。


 二つの思考が入り混じる息が詰まるような樹の世界は一人が塞ぎこんで、一人が傷付き続ける日々しか送れないだろうから。


 どちらでもいい。そしてどちらも望んだ。片一方が終わる結末を。


「僕は生きたい!! だけど、目を開けても、口を閉じても、僕には絶望しかない!!」


 痛いほど樹の気持ちは理解している。それでも、閏は願いを口にした。


「樹と友達になりたいんだ」


 真っ直ぐな閏の瞳を見つめる樹の目は見開かれた。


「樹の正義とぶつかるなら、最後まで戦い続ける。だけど、傷つけあった俺たちにもいずれは戦争の終わる日が来るだろう。俺は樹と友達になれると信じてるから」


 目を赤くした樹は閏の真剣な眼差しを受け止めていた。


「俺は樹の未来になるよ。だから、もう少し二人で生きて未来まで一緒に来てくれないか? そしていつか俺の部屋に遊びに来てほしい。これでもインテリアには自信があるんだ」


「なんだよそれ……」


 力無く、だけど普通の友達のように、樹は呆れて笑った。


 閏は初めて友達を自分の部屋に誘えた。自分の部屋だと認めることが出来た。


 友達と笑い合える自分の居場所として。


 瞬間、ホールの中に眩しいほどの紫色の光があふれた。


「ぎゃあああああ!! やめろ! やめろおおおおお! あたいに張り付くなぁあああ!!」


 気が付けば古城マカは紫色の光に包まれ、動きを封じられたのか、よたよたとのたうち回っている。


『──セツナ。ユナを守ろうとしてくれるんだね。ユナを殺戮の道具にしないために、普通の女の子としてユナに生きろって言うんだね』


 倒れているユナの瞳から涙が零れ落ちた。


『ずっと一緒だったね。二人で幸せだったよね。だけど、お別れの時が来たんだね』


「ユナ、お前、それで……」


『良いんだよ。ユナたちに魂を与えてくれた樹とミツキに、ユナたちは幸福な決別を見せてあげなきゃいけない』


 ユナは樹にも聞こえるように精神ネットワークへ介入してこの場にいる全ての者たちに念話を届けた。


『樹、ミツキ、ユナとセツナはさよならするよ。だけど、これは悲しいお別れじゃない』


 震える手で樹は自分の胸を押さえる。


『お互いの幸福を願って。笑顔でバイバイするの。だって大好きな家族だから』


 ユナたちの選択はお互いを傷つけ合わないように。孤独になることを恐れていたユナが今、最大限樹たちに送れるエールだった。


『閏、セツナを斬って。苦しまずに神様のところへ送ってあげて』


 頷いた閏の足元に麦虎がすり寄ってくる。


「くそう!! 放せ!! たかがブービートラップの分際であたいに触れるなああああ!!」


 もがき続ける古城マカを見据えて閏は決意を口に出す。


「これが最後だ。魔人の正義と共に! 麦虎【ライズ】!!」


 黒い靄に包まれた麦虎は漆黒の刀へ変化して閏の手元に収まった。


『閏、貴様のキャンパスはもう真っ白ではない。仲間たちの正義と、戦い続ける敵対者、樹の正義を心に受け止め、貴様の正義で構成させた一枚の絵画に仕上がった。もう何を成し、何を斬るための武器か見えたであろう』


 柄を強く握りしめる。魔力を刀身に流し込んだ瞬間、赤い炎と青い炎が稲妻のように刀身を流れていく。


「見定めた! これが俺の正義! そして正しき心で悪を斬る!!」


 踏み込んだ閏の足は軽やかに跳躍する。刀を掴む右手には友達の紋章が光り輝いている。


 そして、頭上に掲げた刀身は赤と青の光を宿し相対する炎の威力を一刀に込めた。


「大切な友と生きていくためにっ!! 魂の粛清っ!!」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 極太の斬撃は頭上から真っ直ぐに真っ二つへと斬り裂いた。紫色の光ごと切り裂き、古城マカの魂は肉体と共に熱湯が蒸気を吹き出すように煙となって消滅した。


 魔女の消えたホールには、はらはらと雪のように紫色の光の破片が降ってくる。


 上を見上げた閏はそこに幻を見た。


 ユナをもう少し大人にしてショートカットにしたような大人の女性が両手を伸ばし、閏の両頬を包み込むように触れる。


『魔人の息子よ、わたしを斬ってくれてありがとう。誰かに明かしてはならない秘密は人の善意で守るべきだ。ユナにはありふれた幸福な日々を。ユナを守ってくれてありがとう』


 それだけ言い残し、幻の人影は紫色の光に吸い込まれるようにして天へ消えていった。


 人の善意で秘密は守るもの。閏は最後に大切なことを教わった気がする。


「──セツナ、僕もミツキもありがとうと言って、わかり合える日が来るのかな……」


 樹は目をこすって震える手を握っていた。だが、その右手には友達の紋章が刻まれている。


 やがて、ばたばたと騒がしい足音が聞こえてきた。


「だああああもうう! この階段何段あるのよ!!」

「ことりちゃんもう着いたっすよ!」


「きゃあああああ!!! ユナちゃんが瀕死でございます!! 脳三先生! 病院へテレポート!! 急いでください!!」


「私がアスタロトに斬られても構わないと言うのかね!!?」


 どうやら全員無事に魔女たちを倒し、最上階まで追いついてきたようだ。


 閏はほっと息を吐き出すとユナの元へ駆け寄り、体を抱きかかえる。


「ユナ、安心しろ。セツナは天からずっとユナを見守ってくれる」


 涙を流すユナは笑顔で頷いた。


『うん。ありがとう。セツナ、バイバイ。ありがとう、ずっと、ユナも忘れないよ』


 大きな時計が泡のように溶けていく。異空間は魔女たちとセツナが消えたことで静かに役目を終えていった。


 魔導具の回収は無事に完了した。


☆☆☆


次回、いよいよ最終回!!


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