第四十一話「幕間:この時を待っていたのだ!」
梶原君が活動している同好会である「現代文化研究会」。
これが何やら胡散臭い経緯を辿って、部活に昇格するという話を聞いた。
嘘だろうと思ったが、どうも私のギャルネットワークを通して得た情報からは本当のことらしい。
この時、私に電撃が走った。
この時を待っていたのだ! と。
「委員長、天が私を選んだのだ!」
「急に王権神授説じみた妄言を吐いてどうした。男欲しさに狂ったか」
「いや、ひどい!」
委員長が地味に酷いことを言う。
だが私はギャル。
そのようなちょっとした誹謗中傷には動じないのだ!
「委員長なら知ってるでしょう。梶原君の入っている同好会が、部に昇格したって。まさか生徒委員会の末端である委員長が知らぬ話じゃないでしょうに!」
こうして私がキャッチする噂になっているぐらいだし。
そう告げるが。
ああ、あれね、とばかりに委員長は頷いた。
私は薄い唇を細めて笑う。
「ふふふ、ついに私が梶原君と同じ部活で青春(アオハル)を満喫する日が来たというわけだよ。天は私を見放していなかった!」
「多分、アンタが考えてるような素敵な展開にはならないと思うわよ」
委員長は呆れたように、私の妄想を否定した。
その視線は冷たかった。
「どういうこと?」
「生徒委員会の末端だからこそ、アンタより多くの事を知ってるってこと。生徒会は教職員や保護者。上からの一方的なやり方に死ぬほどムカついてることとか、部の昇格こそ通すことになったものの――」
委員長が、はあ、とため息をする。
「当の『現代文化研究会』さんに強力な入部制限を設けることを許して、実質的には有名無実化させようとしているってこともね」
「つまり?」
「私やアンタが、今から部に入部しようとしたって、間違いなく断られるわよ」
ちくしょうめ、そんなオチかよ!
しかし、断られる?
例えば、どんなふうに?
「どういった方法で断られると」
「まあ、三年は時期的に馬鹿な事言ってるんじゃないと最初から切り捨てられて。一年・二年はかなり無茶な入部テストでも受けさせられるんじゃない」
「例えばどんなふうに無茶? それを教えて欲しいな」
私は首を傾げる。
委員長ならば、多少の事は知っているかもしれない。
ギャルとしての誰にでも人懐っこくできる性質を生かして、委員長に尋ねる。
「……聞いてどうするの? 私ですら最初から諦めてるレベルなのよ?」
「とりあえずは挑戦だ! 何事もやらなければわからないわよ!!」
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
たとえ細い道でも、とりあえずルートは出来たのだ。
おっかなびっくり歩けば、なんとか通れる道かもしれないじゃないか。
やってみるだけの価値はありますぜ、女将、と声をかける。
「私、アンタのそういうところ意外と嫌いじゃないのかもね。ちょっと心が動いたわ」
委員長は妙に関心を見せた。
だけどね、と言いたげに、こう付け加える。
「ねえ、アンタが梶原君の立場ならどう思うよ? 状況をよく考えなさいな」
「どうって?」
「ぶしつけに、入部したいって雲霞の如く押し寄せる連中の事をよ。それをみて梶原君がどう思うか、ちゃんと考えた?」
委員長は、額を指でぽりぽりと掻いた。
「オタク趣味仲間と楽しく過ごしてる時に、その趣味に対して関係も興味もないやつが、自分との交際目的でズケズケ入り込んできたら不愉快だって思わない? 趣味仲間にも申し訳なくって、激怒しないって保証はどこにある?」
「むう、それは確かに。まさに仰る通り」
正論である。
実際不愉快であろう。
これは方法をよくよく考えないといけない。
「じゃあ梶原君に聞いてみるね。入部申請を受け付けるだけ、受け付けてくれないかなって」
「どうしてそうなる」
委員長は首を傾げた。
わかってないなあ。
「話を聞く限り、まあ同好会の部長さん。確か高橋さんだっけ。彼女は難攻不落の要塞だ。これは攻め落とせない。なんか無茶苦茶なテストやら面接やらを受けさせられて、その難関をクリアするのは不可能でしょう」
「だろうね」
「じゃあ将を射んとする者はまず馬を射よ」
やっぱり梶原君だった。
彼を通す事だけが成功ルートである。
「梶原君に言えばいいんだよ。広く門戸を開いたなら興味があるので、入部テストだけでも受けさせてくれないかって。本人にちゃんと礼儀正しく許可を得たら、誰にも不快には思われないはずだ。少し光明が見える」
「ええ……」
どういう思考回路してんだよ、お前。
そう言いたげに、委員長が私を見る。
いや、真っ当な意見だよ。
「その時点で断られないか?」
「当たって砕けろ。別に正直に梶原君にそれを言って、それでハナから断られるんならば梶原君には悪印象を抱かれないんじゃないかと思う。今回の策は、失敗してもダメージが少ない」
この策は間違っていないと思う。
梶原君はそういう人だ。
そういう人だからこそ、このギャルは彼に惚れこんでいるのだ。
「アレだね、実のところ、駄目なら駄目で仕方ない。それはそれとして、このチャンスを逃すなんて馬鹿のやることだと私は思うね」
「……」
委員長は絶句している。
何か私、変な事をいっているのだろうか。
「うん、お前のクソ度胸ならなんとかなるかもしれん」
委員長は、本当に感心したように頷いた。
「ちょっと協力してやろう。私なんて所詮はクラスの委員長。生徒会の末端も末端とはいえ、まあ話のネタに「現代文化研究会」は入部にどんな無茶な条件出してくるんですか、ぐらいならば答えてくれるかもしれん」
「聞いてきてくれるの?」
「出来る限りだぞ。出来る限りだが……」
委員長はいい人だなあ。
なんだかんだいって、このギャルである私に優しい。
「うん、私には梶原君にそこまでのことを言ってのける度胸がないが。まあ、入部に成功したらなんだ。私を友人として紹介するぐらいはしてくれよ。それぐらいの報酬はないとね」
おっと、少しだけ条件を付けられた。
まあ、その程度ならば別にいいけど。
「うんうん、よろしくねー」
私はぷらぷらと手を振る。
後は委員長が無事、情報を入手できることに期待しよう。
そして、情報を入手次第。
「計画を実行することにしよう。私ってば知略の星、なんてね」
最近、オタク知識を得るべく読みだした漫画。
令和の時代にはとっくに過ぎた世紀末救世主漫画に出て来る、とあるキャラクターの宿命の星について自分をなぞらせながら。
「ふふふ、逃さないよ。梶原君」
私は産まれて初めて惚れた男の子について、思いを馳せることにした。
人工授精の子供たち。
そんな私たちはとっても惚れっぽい女の子なのだ。
だから、少しばかりねちっこいのは許しておくれ、梶原君。
私はそんなことを考えながら、窓の外を眺める。
勝負が許された時間はきっと、新緑の季節から梅雨に入るまでだった。
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