第12話 プレゼント

 翌朝、私はいつもより早めに家を出た。

 昨夜はよーちゃんに電話をしてみたが繋がらず、仕方がないので弥勒兄さん電話をして様子を聞いた。病院に行ったところ、薬を飲んでゆっくり休めば回復すると言われたそうだ。

 お見舞いに行きたいとごねる私を、今は安静にすることが肝心だからと説得されてしまった。無理させて長引くのはよろしくないという意見には納得できたので、お見舞いに作ったぬいぐるみを届けてもらう約束をする。ここは我慢だ。

「おはようございます」

 店の窓ガラスに紙を貼り付けていた弥勒兄さんに声を掛ける。

 私に気づいたらしい弥勒兄さんはこちらを向くとニコリと笑む。

 ――あれ?

「おはよう、結衣」

「弥勒兄さん、寝ていないんじゃありませんか?」

「え?」

 顔色が青い。目の下に隈がうっすらとできている。それ以上に、普段あんまり笑顔を見せない弥勒兄さんが笑って見せるというときは、何か大きな心配事を抱えていることを如実に表しているのだ。

 ――本人は気づいていないようだけど、これだけ一緒にいれば私でもさすがに見抜けるよ。

「顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」

「そうか?」

 弥勒兄さんは笑ってごまかした。

 ――何か隠している?

 私は疑問に思ったが、弥勒兄さんから無理に訊くこともないだろうと判断する。

 視界に弥勒兄さんが貼っていた紙が入った。

 ――この紙……。

 それが店に関したお知らせであることがわかると、私は再び視線を弥勒兄さんに向けた。

「今日は早じまいなんですか?」

 十六時には店を閉めると書いてある。スペクターズ・ガーデンは十八時まで営業しているはずだ。

「あぁ。親父が『葉子が心配で働けない』とか言い出した上に、テントも都合がつかないらしくてな。だったら早めに閉めてしまおうかって」

「……そんなによーちゃんの具合、悪いんですか?」

「親父が大げさなだけ。ほら、葉子って丈夫なコだろう? そんなアイツがいきなり倒れたものだから、家族そろっててんやわんやなわけ。――心配させて悪いな」

「いえ」

 私はよーちゃんの心配よりも弥勒兄さんのことが気になっていた。

 ――いつもより饒舌だよ?

 弥勒兄さんが私に隠し事をしているのはほぼ確定。しかし何を隠しているのだろう。よーちゃんの心配をする私を安心させようとしていると考えるには少々言動がオーバーのように感じる。

「そだ。――これ、昨日話したお見舞いです。よーちゃんに渡してください」

「了解」

 スポーツバッグの中から小さな紙袋に入れたぬいぐるみを取り出す。手のひらよりも小さいサイズのぬいぐるみは得意だ。

 弥勒兄さんは紙袋を大事そうに受け取った。

「あと」

 さらに私はスポーツバッグの中から別の紙袋を取り出す。

「これは弥勒兄さんに」

「俺に?」

 差し出すと、弥勒兄さんは不思議そうな顔をした。

「この前、車で学校まで送ってくれたお礼ですよ」

「あぁ、あれか。そんな気を遣わなくても良いのに」

「いつもお世話になりっぱなしで、何もお返しできないから」

 私がにっこりと笑顔を作ると、弥勒兄さんは照れたのか視線をわずかにそらした。

「別にお前に何かを求めたりしねーよ」

「それじゃ私の気がおさまりませんから」

「……ありがたくもらっておく」

 差し出したままの紙袋を弥勒兄さんは受け取ってくれた。

 ――いっつも素直に受け取ってくれないんだよなぁ。あげるってこっちが言っているんだから、すぐに受け取ればいいのに。

「――典兎さんにもあるんですが、今日は来ますか?」

「は? テントにもあんの?」

 ――なんでそんな嫌そうな顔をするのよ。

「ポプリのお礼ですよー」

「あれは葉子が注文した品だろ? アイツには要らないって」

「じゃあ、家まで送ってくれたお礼」

「…………」

 それは俺が指示したからだと切り返してくるかと思ったが、弥勒兄さんは私の顔を面白くなさそうな表情で見つめるだけだった。

「直接渡したいんですけど、いらっしゃいますか?」

「――さぁ、ちょっとわからんな」

 不満なのか、声があからさまに機嫌を損ねたときのものになっている。

「シフトには入っているんですよね?」

 典兎さんは朝の開店準備と夕方から閉店までのどちらかのシフトに入っている。朝いないのなら、夕方に来るのだろうか。

 ちなみに昼間はよーちゃんのお母さんやパートのおばさんが働いているらしい。滅多に顔を会わせないけど。

「一応はな。――気になるなら、連絡してみれば良いじゃないか。知っているんだろう?」

 なんとなく弥勒兄さんの言葉はトゲトゲしている。

 ――典兎さんの名前を出すまでにこにこしていたくせに……。

「そりゃもちろん知ってますよー。――で、弥勒兄さん、何が気にくわないんです?」

「どういう意味だ?」

「典兎さんの話をしたら、いきなり不機嫌になりましたけど?」

 典兎さん風に訊ねてみる。わざとらしく言うのがコツだ。

「そんなことねーよ。――ったく、お前はさっさと学校に行けよ! 遅刻するぞ」

 私は言われてスマートフォンを見る。だいぶ長いことお喋りをしていたようだ。早めに出て余裕があったはずの時間はもうない。

「むぅ……そうですね。そろそろ行かないと遅刻します」

 スマートフォンをバッグに押し込み、弥勒兄さんを見る。まだ不機嫌そうな顔をしている。

 ――なんでそういう顔になるんかなあ。

「そのぬいぐるみ、必ずよーちゃんに渡してくださいね! 行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 弥勒兄さんは渡した紙袋を片手にまとめ、空いているほうの手で私に手を振ってくれる。それがちょっとだけ嬉しかった。

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