3 依頼遂行2

「いずか! なにかいる!」

「おう!」

 採取袋を地面に置き、両手に剣を構えた。

 あちらも俺たちに気付いたのか、こちらを窺う気配が伝わって来てしばし睨み合う。

 このまま引き返してくれれば無理に戦うことはないのだが……。

 ここは水場で、ザクラの皮は草食動物の餌になるからやって来ることもあるだろう。

 その草食動物を狙い肉食の獣も来る。

 果たしてどちらだ?

「くる!」

 サリの声と同時に草むらが動き、地響きのするような足音が近づいてきた。

「猪だ!」

「いのしし! たおす!」

 そこそこ大きな猪が俺たち目掛けて突進してくる。

 強固な牙が当たったら無傷では済まない。

「サリ、足を崩すぞ!」

「うん!」

 マチェーテの刃に魔力を通し、結界で強度を上げる。十分練り上げたところでマチェーテを横に振って、猪の足元へ飛ばした。

 短い脚にそれが引っかかり盛大に転び地面を転がる。勢いがついていたのでそのままこちらに滑り込んで来た。

「サリ、やれ!」

「いっくよー!」

 上空に飛んでいたサリが方向転換して倒れた猪の上に急降下してきた。

「鼻を狙え!」

「うん!」

 猪の急所は体の中で唯一露出している鼻。他は硬い毛皮に覆われていて攻撃が通りにくい。

「はなを、ねらう!」

 死角から飛び込んで来たサリに気付いた猪は、牙で薙ぎ払おうと首を上げた。

「危ない!」

 牙に当たりそうになった瞬間、サリを守る様に結界を張って当たるのを防いだ。

「いずか、ありがと!」

「おうよ!」

 結界で弾かれた衝撃でほんの少し怯んだ猪の隙を逃さず、サリは真上から風を操って蹴りと同時に鼻へ爆風の打撃を加える。

「~~!」

 猪は吹き飛ばされたが鳴き声を上げることもなく吹き飛ばされ転がって、だらりと舌を出したまま地面に横たわったまま動かなくなった。

「サリ、上手いぞ!」

「さり、やった!」

 近づき完全に気絶していることを確認してからマチェーテで首を斬る。

 硬いはずの毛皮を易々切り裂いて猪の喉を切り裂いた。

「やっぱり思った以上に使い勝手がいいな」

 柄の先端に新しく付けられた結界石によって、想像した通りの形状の結界が即座に発動する。マチェーテ自体の切れ味も格段に上がっていて使いやすい。

 元々剣の性能はショートソードが格段に良く、マチェーテは一段劣るものだった。

 けれど今はどちらも同じくらいになり、メインをショートソードに固定する意味はなくなった。

 これからは戦いやすい方で好きなように剣を振るう事が出来る。

「いい感じだ」

「さりも! これきにいった!」

 ふわふわと飛んできて後ろ足を浮かせたまま俺の後頭部にふわりと掴まる。

「そうか、よかったな」

「うん!」

 新しい武器は思った通り俺たちにとって最高に相性のいい物だった。これから長く付き合っていくことになるんだろう。

 マチェーテを仕舞って猪の足を掴む。

「さて、これは捌いて持って帰るか」

 湖から流れてる小さな川が血抜きをするのに丁度いい。

 血抜きしている間にザクラの皮採取の続きをやれば無駄なく時間を使える。

「まものじゃないいのしし」

 水に浸している猪を肩に乗ったサリが覗き込む。

「魔物の時とだいぶ違うだろ」

「とりも、むしも、ぜんぶちがう。けはいも、ちがう」

「これが本来の姿だ」

「ここは、いきてる。たくさん」

「そうだな」

 猪が流れて行かないように石で固定して、俺たちは中断していた本来の依頼であるザクラの皮集めをすることにした。

 袋が一杯になる頃戻ってみるとちょうどいい塩梅に血が抜けていたので、草の上に猪を引っ張り上げて解体を始めた。

 まずは内臓を取り出して持って帰るには少々重いため内臓は魔術で深く掘った穴の中に入れる。

 それから丈夫そうな枝に紐をかけ猪の足を縛って頭が下になるよう開いて吊るした。毛皮、一番柔らかくておいしい部位の肉、それから牙だけバラし残りをさっき内臓を入れた穴に入れて再び魔術で埋めた。

 埋めが浅いと肉食獣をここに誘うことになってしまうからなるべく深く掘って土を被せた。

 かなり大型の猪で可食部も多かったが持って帰れない量なので仕方ない。

 水気の染みにくい布で作られた保存用荷物袋をバッグのポケットから出して肉を包んで入れ、隙間に毛皮と牙を突っ込んだ。

 依頼品を入れるつもりで空けていた隙間は猪でいっぱいになってしまった。

 皮を入れた袋は別途担いで帰るしかないな。


「いずか!」

「どうした、サリ?」


 解体処理をしている間上空を飛んでいたサリは、しばらくして俺の名前を呼びながら興奮した様子で戻って来た。


「いずか! これあきび?」

 サリが手に持っていた紫の実を俺に見せる。

「おお、凄いぞ! これがアキビだ!」

「あきび! さりみつけた! えらい!」

 興奮した様子で初めてのアキビを俺に見せてくれる。

 サリの頭を撫で褒めながら周りを見回すが、俺には何処にあるか分からない。

「偉いぞ、サリ。どこにあった?」

「あっち!」

 浮かび上がったサリが案内するように飛んで行く。

「ここ!」

「おー、凄いな」

 サリに案内され草木をかき分け進んで行くと、そこには蔓に絡まれ形を歪めた木が何本も立っていた。

 木は養分をすっかりアキビに取られているのか葉をつけていない。けれど代わりに青々としたアキビの蔓が巻き付きしっかりと葉を茂らせている。熟れたアキビの重さで蔓が下がり、俺の顔がある高さには大量に紫の実が成っていた。

 俺が知っているのは一本の木に慎まし気に絡んだ程度の物で、これほど密生しているのは初めて見た。

「こんなに大量のアキビを見たのは初めてだ。サリは凄いな」

「えへん!」

「これの蔓も採っちまうか。サリ、アキビ食うか?」

「さり、おなかいっぱい……」

 多少時間は経ったとはいえさっき食べたばかりだし、そりゃそうか。

「何個か採って宿で食うか」

「うん! さり、とる!」

 楽しそうに飛んでアキビを採るサリを見ながらダガーで蔓を切り落とし、これもザクラの皮を入れた採取袋へ一緒に入れた。

「さり、いっぱいとった! いいにおい!」

「潰れないようにこっちの鍋に入れて持ち帰るか」

「いれる!」

 荷物の中に入っている野営用の小鍋に、サリが採って来たアキビを入れて蓋を閉める。


「さて、大荷物になっちまったな」

「さりももつ!」

「重いぞ?」

 元から持ってきたバッグも採取物を入れた袋もそれなりの重さがあって、サリには引きずることも無理だろうとバッグを担いで採取袋に手を伸ばす。

「さり、もつ!」

 近くで声がしたと思ったら依頼品が入った採取袋が浮き上がった。

「もてる!」

「うお、お前すげぇな」

 風の魔術を使い持ち上げたサリの後ろを袋が浮かんだままついて行く。

「ふふん! さりもてつだえる! さりはすごい!」

「魔術の使い方が上手いなぁ」

 俺は詠唱を知っている物しか使えないのに、サリは自分の感覚で使えている。

 そもそも詠唱を必要としていないから、何らか魔力を操る本能が備わっているんだろう。

「さり、じょーず?」

「上手いな、俺より魔術を使うのが上手いかもしれん」

「さり、すごい!」

 嬉しそうに宙で前転するようにくるくる回るが袋の位置は変わらない。自分を浮かせるのと、袋を維持するのは違う魔術なのか?

 俺はそんな器用な事出来ないぞ。

「俺も勉強するか」

 サリに負けてられない。どこかで魔術を勉強できるところがあればいいんだが、どこで教われるんだ? ギルドで聞いてみるか。

「さりも、べんきょう、する! 」

「じゃあ、一緒な」

「いっしょ、いっしょ!」

 踊る様に喜ぶサリと共に帰路についた。


 のんびり帰って来たらギルドに着く頃には日が暮れていた。けれどまだ受け付けはやっていた。

「依頼を完了した。手続きを頼む。これが納品物だ」

 サリが持っている袋を指さす。

「これ!」

 サリがふわふわと飛んでカウンターに荷物袋を置いて戻り肩に乗る。

 ギルド員は契約獣の行動に見慣れているのか、サリに驚いたりせず、依頼木札を探してカウンターに置く。

「少しお待ちください。プレートの提出もお願いします」

 若いが愛想の少ない受付嬢だが、感じは悪くない。

 言われるまま首から下げているペンダントを外して渡す。

「お預かりします」

 カウンター内で袋の中身を取り出して確認し、魔術の掛かれた陣にそれを置く。

 皮と蔓、両方やって受付嬢は戻って来た。

「規定量もありますし依頼完了です。こちらが追加採取分を含めた依頼料になります。どうぞ。百五十マルカです」

「はい」

 平たい布を張った皿に並んだ金を目の前で数えて袋に入れてくれた。

 百マルカの大銀貨一枚と十マルカの銀貨が五枚。1マルカが銅貨で十マルカは大銅貨、百マルカが金貨で千マルカは大金貨となっている。

 その上には白銀貨なんてものもあるんだが、庶民の目にまず触れることはない。

 この一回の依頼で俺とサリなら贅沢をしなければ七日分の飯代くらいになるだろうか。

 独り身の冒険者なら依頼先で現地調達する食料分も考慮した上で、慎ましやかな生活をするのであれば一月、五百マルカもあれば生きていける。

 今回受けた依頼は日帰りで行ける距離とはいえ、危険が伴うものであったため百マルカを越えた。けれど、軽いお使い程度ならば半値以下の物もざらにある。

 装備品に金をかけたい。いい生活をしたいと望むのであれば依頼をたくさん受けて稼ぐしかない。

 硬貨の入った袋を持つと、金を稼いだ実感が湧いて達成感に満たされる。

 金袋をコートの内側にある蓋つきのポケットにしまい、続いて買い取りカウンターの方に向かう。

「すみません。猪の毛皮と牙の買取りお願いします」

「はいよ! おお、これは立派な牙だ。相当な大きさだったでしょう?」

「俺と同じくらいの大きさはありましたね」

「中々の大物ですね。処理もいい。毛皮と合わせてで七十マルカでどうでしょう?」

 解体はかなり久しぶりだったが綺麗にできていたようだ。よかった。

「ああ、いいな。それで頼む」

「はいよ!」

「おかね! ごはん!」

 金を受け取るとサリがお腹が空いたと騒ぎ出す。金があれば買い物が出来る。買い物といったら食べ物という図式がサリの中にあるらしい。

「宿屋に戻って飯にするか」

「する!」

 金は品物と交換するものだと理解しているようだから、今度サリに金の数え方を教えて買い物をさせてもいいかもしれない。

 自分の手で欲しい物を買うのは楽しいだろう。次に市場に行った時に聞いてみるか。

 サリと一緒にいると楽しみがどんどん増えていく。


「さぁ、サリ帰ろう!」

「かえる! いずかとごはん!」

「アキビもあるの忘れるなよ?」

「あきび、たべる!」

 ふわふわ飛んで肩に乗ったサリは、頭を摺り寄せ無精ひげを毛繕いするように舐める。

「サリ、くすぐったいぞ」

「いずか、すき。さりのあいぼう」

「そうか、俺も好きだぞ」

 擦り寄るサリを撫で帰路についた。

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