冒険に出よう
三章 1 冒険へ行こう
通りを歩きながら俺もサリも気持ちが高揚して落ち着かない。
冒険の予感に興奮してサリがせわしなく俺の周りを飛び回り話しかけて来る。
「いずか、なにする? なにする!」
「まずはギルドに行って依頼を確認するか」
「する!」
飛ぶのを止めて肩に飛び乗り、いつもの調子で楽しそうに脚を小刻みにパタつかせた。
ギルドの扉を開けると相変わらず職員しかいない。
それでもたまに訪れると依頼内容が更新されているし、街中を歩いているとギルドに入っていく冒険者らしい人を見ることもあるから、他に依頼を受けている冒険者がいることは間違いない。
ギルドの依頼は受付カウンター近くの掲示板に木札で吊るされている。受ける場合はそれを受付に持って行きギルドプレートと一緒に提出すると、報酬や期限、不足、期日遅れ、放棄に関する罰則や報酬を提示されて冒険者が同意を示せば依頼受託となる。
未達成や、放棄が多い冒険者にはギルドから受付を断られる場合もある。自分の実力に見合わない、報酬が多く難易度の高い依頼ばかりを受けると結果自分の首を絞めることになるんだ。
「どれがいいかな」
木札を見ながらサリに問いかける。
「……さり、わかんない。もじよめない」
何となく聞いてしまったが、それはそうか。
「そういえばそうだった。話が通じるからつい……。喋って飛んで文字まで読めたら凄いな」
「いずか、おしえて。さりもいっしょがいい!」
「お、文字覚えるか?」
「おぼえる!」
何でも一緒がいいサリは文字も読めるようになりたいらしい。
サリは賢いからな、このくらいすぐ覚えるだろう。
おれは木札に指を添えてよく見る文字を読み上げる。
「そうだな、これが討伐」
「とーばつ!」
言葉の意味は分かっているので教えやすい。俺が今まで話しかけていたのは無駄ではなかった。
「これが採取」
「さいしゅ!」
「で、これが回収」
「かいしゅう!」
「納品」
「のーひん!」
ここでよく見る文字を指で示しながら言うと、木札の傍に飛んで行ってじっくりとそれを見る。
教えた文字を何度も呟きながらあちこち往復して顔を上げた。
「とーばつ!」
教えるために使ったのとは違う木札を見て俺を振り返る。
「正解」
「さいしゅ!」
「うん、採取」
「これは、いのしし?」
文字ではなく描かれている絵に手を置く。
字が読めない冒険者の為に絵も描かれている。討伐の場合は対象の獣が簡略化されたものに、武器を持った人間が描かれている。
採取は草花と袋、納品は品物と箱。
「そう、それは猪の討伐依頼」
「いのしし! さりたおしたことある!」
「あの森で一杯倒したもんなぁ」
瘴気の森で飽きるほど倒した魔物の猪。そういえばサリは素の猪は見た事がないかもしれない。
まぁ、森へ入れば必ずどこかで見るだろう。
討伐もいいけれど、もっとサリが楽しめるものがいい。
「これなんかどうだ? ザクラの木の皮を採取するんだ」
ザクラとは赤い二つの実が一房になった果実つける木で、今の時期はほんのり赤みがかった可愛らしい花を付ける。
その花に似た色彩は総じてザクラ色とも呼ばれる色の元になった植物。その木の皮を採って来る依頼札を指さす。
場所は街からそう遠くはなく、日帰りで戻って来られる距離なのもいい。
「かわ? なにする?」
「染物に使うんだと。実も花も淡い赤色なんだが、この木の皮を煮だしてもその色が出るらしい」
その色に糸を染めるために原料である木の皮を採ってきて欲しいという依頼。
しっかり色がついた花や実より皮を煮だしたものが一番濃く美しく染まるんだとか。小さい文字で必ず「木の皮」を採取してきて欲しいと、理由と注釈が添えられていた。同じ依頼を出した時、独自判断をして花や実を摘んで戻って来た冒険者でもいるんだろう。簡単な依頼だから駆け出しの冒険者が受けそうな依頼だしな。
「ザクラがある付近にアキビっていう植物もあるはずだから、その蔓も持ってきたら追加報酬が貰える」
アキビは自らの力で自立はせず、他の樹木に蔓を巻き付けて成長する蔓植物。紫色の果実は割ると中にバナムによく似た種の多い果肉が入っている。
この植物も紫の実ではなく蔓を乾かして砕き水に溶かすと鮮やかな紫色に染めることが出来る。
「アキビ、多分サリは好きだぞ」
「さり、すき? おいしい?」
「バナムに似てる」
「ばなむ、すき! たべる!」
「今の時期なら実が成ってるはずだからな。これにするか?」
「する! たべる!」
サリには瘴気の森で見れなかったものをたくさん見せてやりたい。
森にある葉や草の緑色も良く見れば何色もある。鮮やかな鳥や昆虫、動物たち。
あの黒一色の世界では見られなかったものを一緒に見たい。
そんな気持ちで木札を取って受付を済ませる。
ギルドの壁に貼り出されてある地図で場所を確認して現地に向かう為外に出た。
閑散とした大通りを抜け、市場を通りかかると香ばしい匂いが鼻に飛び込んで来る。
「……腹減ったな」
「すいた!」
そういえば朝飯しか食べていなかった。夕食にはまだ早く昼食には遅い。
「おやつでも食うか?」
「たべる!」
屋台が立ち並ぶ通りに足を踏み入れる。様々な匂いが鼻を擽り空腹を加速させる。
「目移りするな」
「する!」
腸詰を挟んだパン。肉を刺してタレを塗って焼いた串。薄く伸ばした小麦の生地に肉や野菜を巻いた食べ物。
どれもおいしそうだ。
「サリはどれがいい?」
「んー……」
俺の肩の辺りでふわふわと浮いているサリは辺りを見回した。
「さり、これ!」
興味を引かれた屋台の前に飛んで行き振り返る。
小麦の生地を薄く焼いた店が気になるようだ。
「へい、らっしゃい」
近づくと気配に気づき鉄板から顔を上げた若い男がこちらを見た。
「野菜だけのタレ抜きで作れるか?」
「お安い御用で!」
「じゃあ、一つはそれで。もう一つは肉とタレを入れたものをくれ」
「承知!」
手早く作り置きの薄い生地に野菜を乗せて巻き大きな木の葉に包んで渡してくれた。
肉抜きでタレも掛かっていないこれはサリの分だ。
「ほら、サリの」
「さりの!」
サリの頭ほどの大きさもあるそれを器用に掴んで持つ。
「全部食べれそうか?」
「たべる!」
ワクワクとした顔で俺の分が来るのを待っている。
一緒がいいんだな。
そう思うと可愛くてサリの頭を撫でてしまう。
手の感触を嬉しそうに受け止めて、もっとしろと頭を擦り付けて来る。俺の分を受け取り金を払っていると肩の上に座った。
「じゃあ、食べるか」
「たべる!」
屋台から少し離れた場所まで歩いて行き、いつもの短い祈りの言葉を同時に言って齧り付いた。
薄い生地を噛むとシャキシャキとした野菜の歯応えが心地いい。その中に香辛料で濃いめに味付けした肉と、甘辛いタレ。
適度な薄さの生地が全体の味わいを調和させている。
「うまいな」
「おいしい!」
サリのは野菜が多めになっているが、器用に端から零さず食べている。シャクシャクと噛む音が小気味よく響いた。
「かわ、おいしい」
「ん、うまいな。ほんのり甘いのが野菜に合ってる」
「あってる! さり、これすき!」
「そうか、また機会があったら食おう」
「うん!」
今日は宿屋に戻って早朝に出よう。
宿屋に帰って新しい武器を眺め、明日からの冒険に思いを馳せた。
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