第10話 賭けの結果は……(一章完)
……
…………
………………
ジャリジャリと砂を噛むような口内の不快な食感と、脳天を突き抜けていくような異常な甘さの刺激で眠りから覚めた。
「甘ーっ! 何だこれ」
喋るたびにボロボロと透明な石の欠片が口から零れ落ちるそれを吐き出した。一つ手に取って眺め、自由に動く自分の手に驚く。
「あ? 何だ? 俺生きてんじゃねぇか」
体を起こし辺りを見回せば、ここはどう見ても天国という場所ではなく、すっかり静寂に包まれた瓦礫の山が積み重なる大部屋が見える通路だった。
俺が流した血はすっかり乾いて色が変わっている。
「キュウ!」
肩に飛び乗ってくる慣れた重みに目をやれば、サリが砕けた魔石を両手に持ってぐいぐい口の中に押し込んで来た。
「おい、やめろ。口に入れ……、うわっ、甘っ」
どんどん食べろというように、尻尾に包まれた新しい魔石を齧り砕いて俺の口の中に入れて来る。
これは蓋を閉めるまで食べ続けなくてはいけない伝説の郷土料理のようじゃないか。
蓋! 蓋は何処だ! ていうかもう入れるな!
何とか掌で口を塞ぎ魔石のお代わりを止めた。口の中が一杯過ぎて吐き出すこともできない。
「やめろって、人間でも魔石って食えんのかよ。っていうか甘っ。おい。指の隙間を抉じ開けるのをやめろ!」
喋ると口の中一杯の魔石を噛んでしまって、砂糖を煮溶かして凝縮したような頭痛がする甘さが脳天を突き抜ける。
「もう大丈夫、大丈夫だから。サリ! 俺は生きてる」
大きな魔石を齧り割って、むいむいと指の隙間から口に突っ込もうとするサリを掴んで抱きしめた。
「よくわからんが生きてる!」
両手で包んでぐりぐりと撫でてやっていると、ようやく落ち着いたのか、齧って削れた魔石を捨てて胸にしがみ付く。
「きゅー! きゅい」
甘えるように鳴きながら俺の胸に顔を擦り付けるサリの背中を撫でてやる。
よく見たら俺が倒れていた周辺には、大きな魔石がゴロゴロ転がっていた。これは来る時に持ちきれないと通路の途中に纏めて置いたあの魔石だ。
サリが俺に食わせようと、一生懸命集めてくれたんだ。
どうしてそうしようと思ったのかは分からない。
それに、俺が生きている理由も見当がつかない。
けれどそんなことよりこうして生きていられることが嬉しい。
「ありがとうな、サリ」
「きゅぅ」
爪を立てて胸にしがみ付いているサリを何度も撫でる。
背中に感じる痛みはもうない。触ってみたがもう傷口は塞がっているようだった。
立ち上がってもふら付くこともなく、むしろ前より体に力が漲っている感覚すらある。
「……魔力が、多い気がする」
体内の魔力があり得ないほど増えているのが感覚的に分かる。
俺の魔糸の魔力含有量は二程度しかなかったはずなのに、それ以上の力を感じた。
数値で出すなら二十で一般、五十あれば英雄級。人間が蓄えられる限界量は百だと言われているが、そんな数字の者が居た記録はない。
ロス家に迎えられるのは五以下の人間に限られる。
「魔石の魔力って食ったら取り込めるのか?」
便利な道具として装身具や装備に使われることはあっても、食べられるなんて聞いた事もない。
口に入れたら甘いなんて話も知らないし、そもそも誰も食べようなんて思わない。
それでも体に漲る魔力は本物だ。
今なら呪文を唱えれば魔術だって使えそうな気すらしてしまう。
「光よ、我が身を照らせ。なんちゃって~って、ええ!?」
冗談交じりに昔覚えた初歩の光魔法を唱えたらしっかりと発動した。
俺の魔力含有量では、うっすらと明るくなったような気がする光が一瞬だけ出る程度だったのに、煌々と辺りを照らす光の玉は眩しすぎるくらいの光度がある。
「本当に魔力がある……。しかもこの量なら自己再生も凄そうだな」
体に漲る魔力は魔術を使うことではっきりと認識できた。
今の俺なら初級魔術なら百回唱えてもまだ余裕がある。中級の魔術師よりも多いかもしれない。
この魔力量なら切断されていなければ、それなりの時間を要するものの、復元可能なほどの再生能力があるはずだ。
心肺停止状態にはなったがまだ蘇生が可能だった俺に、サリが魔石で魔力を補充して、自己再生を促した蘇生を試みた。
それに俺の体が応え、無事息を吹き返したという感じか?
魔糸が復活していなかったら魔力を取り込めなかった。
浄化者でなくなっていたからこそ出来た蘇生措置だ。
それにしてもこんなに魔力が体に溢れるなんて、仮に一時的な物だとしても魔石の効果は凄い。
「何にせよ、サリ。ありがとう」
「キュ!」
俺はもう大丈夫だと確信したサリはしがみ付いていた胸から離れ、嬉しそうに俺の周りを飛び跳ねる。傷口から流れた血はすっかり乾き、血塗れにしてしまったサリの毛も元通りになっていることから随分時間が経っているのが分かった。
浄化が終わったとはいえ外の世界にまだ生き物は戻っておらず、相変わらずの静寂の中、サリが俺の足元で元気に跳ね回る音と嬉しそうな鳴き声だけが洞窟内に響く。
「サリ」
「きゅ!」
両手を差し出すとサリが胸に飛び込んでくるのをしっかり抱きしめる。
手に馴染む少し大きくなった体。
甘えるように全身を預けて来るサリを愛おしく思う。
しばらく無言で抱き合っていたが、やがてサリは腕の中からするりと抜けて地面に降りた。
「キュウ! キュウ」
誘うように足元でくるくると回った後歩き出す。数歩歩いて振り返り、また歩く。
「おい、サリ。どこ行くんだ?」
「きゅ!」
冗談で唱えた光魔法は歩くと追尾してきて、崩れた洞窟内を照らしている。
「きゅ!」
案内するように走って行ったサリの後ろをついて行くと、その先にはぽっかりと横穴が開いていた。
「サリ?」
「きゅっ!」
早く行こうとサリは穴の前ではしゃぎ跳ねる。
「ここに入りたいのか?」
「きゅ!」
俺が付いてくるのを確信したサリは元気に穴の奥へ駆けだす。
「サリ! 待て待て、荷物取って来るからそこで待ってろ」
倒れていた通路に慌てて戻り、戦う前に置いたバッグにサリが持って来ていた魔石を詰め込んだ。
投げ出してしまった俺の剣も、熊の頭に埋め込まれたダガーも全部サリが持って来てくれていた。
それを装備し直して追い付くとサリはいつものように肩に乗る。
そわそわと落ち着かず、結局降りて足元を歩く。弾んだ足取りで歩くサリの尻尾は機嫌良さそうに揺れていて、俺と一緒にまた冒険が出来ることを心底楽しんでくれているのが分かった。
サリと一緒にずっと冒険をしていたい。俺たちが何処まで行けるのかを試してみたい。
……だったら。
「なぁ、サリ。賭けをしようか」
「きゅ?」
「この穴が行き止まりや領地内に出たらロス家に戻る」
フィクロコズから他領に行くには一か所しかない検問所を通るしかない。
腕輪が戻った事で死んだと伝わっているだろうが、瘴気災害中は浄化者を外に出さない為、俺の顔は検問所に伝わっていることだろう。
行けば必ず止められる。
険しい山を越えることも、断崖絶壁の海を自力で渡ることも不可能だ。
けれど……。
「けれどもし外に繋がっていたら……」
ロス家に戻れば大事な家族に会えるものの、その後の人生は酷く退屈したものになるだろう。
サリも一緒に連れて行くなら不自由を強いてしまう。
俺はもう浄化者ではない。使命も果たした。
……だったら少しくらい夢を見てもいいだろう。
「広い世界を俺とお前で見て回ろう」
「きゅっ!」
さぁ、俺とサリの初めての冒険だ。
どんな物語が待っているのだろう。
ワクワクしながら歩調を合わせて奥へ進んだ。
一章 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。