捨てられていた猫を助けたらご褒美にネコ耳美少女の姿を得たので、異世界を旅してモフモフたちを遍く救おうと思います。 ~第二の人生、モフモフに囲まれたスローライフで毎日が楽しい~

夕白颯汰

第一話 猫は人生だと知りました。

 ――人生におけるモチベーションとは何か。


 読書、アニメ、音楽といった心動かされるもの。スポーツや旅行のような開放的なもの。或いはお洒落や恋愛などの自己肯定感を高めるもの。


 その答えは人の数だけあるだろう。どれも間違いではないのだけれど、俺に言わせればたった一つだ。

 

 生きていくのに必要なもの――それ即ち「癒やし」。


 と言ってもアイドルとかVTuberのような、人間によって与えられるそれではなくて、むしろその逆、俺が言いたいのは可愛らしい動物アニマルのことだ。

 

 犬然り、鳥然り、ハムスター然り。

 あのちょこまかとした動きと無垢な丸い瞳は最強としか言いようがない!

 はあぁ、なんであんなに可愛いんだよお前たちは!? 可愛いを通り越してもはや凶器だ。ずるすぎる、あのうるうるした円らな瞳で見つめられたらイチコロだ!

 ああもう言葉にすれば本当にキリがないな……!

 

 まあともかく! 俺の人生におけるモチベーションは、可愛らしい動物なんだ。  

 女優・アイドルなんざどうでもいい、俺の体はアニマルを愛でるためにあるのだ。


 動物特有のスキンシップ、微かに伝わる体温、柔らかな体毛、その全てが俺を癒しの極地に誘う――。


「黒丸ぅぅぅぅうううう〜〜〜〜」


 ソファで丸くなっていた黒い毛玉――もとい黒丸をむんずと掴み、俺は躊躇なくそこに顔を埋める。

 

 あぁ……極楽……なんて柔らかな……。

 

 マンチカンという種類の黒丸は、名前通りに黒いもふもふの毛並みを誇る俺の家のマドンナである。

 

 ネコ特有のかほりともふもふを感じながら、頬をゴシゴシと擦りつける。


 はぁう……うう、あったけぇよ……! 黒丸、前世は雪〇だいふくかなんかか?

 

 な〜ご、と黒丸が嫌そうな鳴き声を上げる。もぞもぞと身じろぎすると、俺の拘束をするりと抜けてソファから下りてしまった。

 

 ……つれないなぁ、黒丸……もっとかまってくれよ……。

 

 去っていく黒丸のお尻を見ながら、しみじみと思う。

 思春期の娘を持つ父親はきっとこんな気持ちなんだろうな……。娘なんていないから分からないけど。

 ……ああいや、俺にとって黒丸は娘みたいなものだけどな!


 頬に手を当ててみると、黒丸の体温で少しあたたかかった。


「……っと。もうこんな時間か」

 

 ほっぺすりすりの状態から立ち上がり、リビングの隣のキッチンに向かう。壁時計を見ると一時を示していた。


 ソファの横、黒丸の昼ご飯用に置いてあったお椀はすっかり空になっている。

 もうこんな時間だ、かなりお腹を空かせているだろう。

 

 くたびれたスーツから着替えずネクタイだけ緩める。

 キッチンに立ち、引き出しからキャットフードを取り出してお椀にジャラジャラ。


 さらにふりかけをどっさりと投下。ちなみにこれは、黒丸の大好きなかつお&いわし味。これがあると食いつきが格段に良くなるんだ。

 

「……あれ、黒丸?」


 普段はキャットフードの音でキッチンまでやって来る黒丸だが、さっき隠れてしまってから姿が見えない。


「おーい、黒丸? 遅くなってごめんな、ごはんだぞー」


 そう呼びながらリビングを見渡すが、黒い毛玉は姿を現さない。お気に入りの場所である人形の上にもいない。俺を嫌がって隠れちゃったか……?


 と、少々不安になり始めたところ。


 つんつん。


 後ろから、何かが俺の脚をつついてきた。


「――って黒丸! お前後ろにいたのか!」


 果たして、そこにいたのは探していた黒丸だった。俺の足にピッタリとくっついている。


「……やるな、背中を取るとは……そんなにごはんが待ち遠しかったか?」


 当の黒丸さんは、なんでもいいからはやくメシをくれ、とでも言いたげに前足で俺の脚をひっかく。


「分かった、分かったから、ごめんよ。……ほら」


 前にお椀を置いてやると、ちらりと俺の顔を見て動きを止めてしまった。そのまま十秒ほど見つめ合う。


「ど、どうした? 食べたくないのか? 元気ないのか?」


 いつもと違う様子に心配になったが、どうやら体調が悪いわけではないようで。

 黒丸は前足を小さく動かして、お椀を俺の方に押した。


「く、黒丸……俺にくれるっていうのか? ははっ、ありがとな……でも俺には食べらんないぞ?」


 うーむ、うちの子のなんと優しいことか!


 その優しさに、思わず黒丸を抱きしめてしまう。

 

 な〜ごっ!

 

 今度は先ほどより大きく鳴いた。身じろぎして、すぐさまで俺の手から逃れる。

 前足が顔面に当たったけど、ピンクの肉球がぷにっと触れただけでむしろ気持ちいい。

 可愛らしく暴れて距離をとった黒丸の目は、なにすんだよ、と怒っているようにも見える。


「ごめんって、黒丸! 許してくれよ、もうしないからさ」


 ゆっくりと手を伸ばして黒い頭を撫でようとすると、一瞬からだを固めたが、それでも優しく触ったら受け入れてくれた。

 

 ちっちゃくても、あったかいんだな……むふぅ……。

 

 ほっこりとする俺を傍目に、黒丸はキャットフードを食べ始める。

 

 んじゃ、俺もさっさと夜ご飯を済ませよう。深夜まで体を酷使してちょっと疲れた。

 なんかおいしいもの……そういえば鰹節が余ってたな。卵かけごはんでもつくろう。

 黒いもふもふをしばし見守ってから立ち上がり、俺は冷蔵庫へと向かった。



              

              ◆ ◆ ◆




「はぁぁぁ……」


 人気のすっかりなくなったオフィス。数時間ものあいだ無心で打鍵していた俺は、パソコンの前で盛大なため息をつく。


 こんなの終わんないぞ……また家に持ち帰りか……?


 内心で毒づいて、ちらりと時計を見やる。ああ、もう終電間際だ、タクシーなんて使っていられないし歩いて帰るしかないか……。


「俺が若手だからって、こんな量を押し付けやがって……」


 その悪態は俺の上司に向けられたものだ。パーティションで区切られた個人デスクには、まだ目を通していない書類が積み上がっており、「早く処理しろ」と俺を急かしているかのように感じる。三時間前から作業を始めたがまだ半分も終わっていやしない。


「いいや……もう、明日に回すか」


 目の奥をぐっと押しながら、諦めてそうつぶやく。

 これだけの量、どうせ一日や二日で終わるまい。思ったより進まなかったから提出が遅れるけど、仕方がない。

 人目を憚らずにふあぁぁぁと大きなあくびをかいてから、本日何度目とも知れないため息をこぼす。ああ、結局今日も最後の一人か……。


 閑散としたオフィスを見渡す。最奥の席の課長も、隣の席で指導してくれる先輩も、優しい女性スタッフも、皆とっくに退社してしまった。


 窓の外では、ほとんどのビルが明かりを消して黒い柱として佇んでいた。その様子は何だか時が止まった街のようで、俺だけ世界から置いていかれたのかと錯覚してしまう。


 二十六歳、男、独身。さりとて良いところも得意なこともなく、容姿が良いわけでもない、ネコが好きなだけの平凡な若手社員。それが俺――水澤藍斗だ。

 そこそこの大学を卒業し、新卒ではないにしろそこそこ有名な企業に就職し、さあここから這い上がっていくぞと決意した――のが二年前。

 そして今、会社の面倒事を押し付けられる役目となり、はやくもここを辞めたいと思っている。他の会社がどうなのかは知らないけど、うちの上司の印象は出会ったときから最悪だった。

 まず、話し方が偉そう。自分の言うこと為すこと全てが正しいと思っており、年の功を理由に相手を見下す発言をする。そして、男性社員に対して厳しく女性社員には極端に甘い。極めつけには、口癖が「若いんだから」ときた。

 

 要するに、絵に書いたようなクソ人間だったのだ。課長という席でふんぞり返って、過去の功績を偉そうに語る、実際には何も一人でできやしない狸。そんな奴がいる部署に俺は送られてしまった。入社当初は、これも社会で生きていくための勉強だ、と割り切っていたのだが、二年目となった今ではもう耐えかねる。俺が一番若いからって、理不尽な量の仕事を次から次へと課すアイツには恨みしかない。

 

 だからといって辞表を突きつけることもできないのがなんとも腹立たしい。理由は単純、若手社員が就職先を早々に辞めたともなれば後の仕事に響くからだ。少なくともあと三年は務めなければなるまい。三年……三年、か……。来週までのノルマも終わっていないというのに、そんな先のことを考えてしまい一段と気分が落ち込む。

 

 不意に、ポーンという音がオフィスで鳴った。壁の時計が十二時を告げたらしい。机上を整理し退社する準備を済ませ、朝五時のアラームを設定しておこうとスマホを開く。


「……黒丸」


 待ち受け画面に映ったのは、ソファの上で丸まって気持ちよさそうに眠る黒い毛玉、もとい愛猫の黒丸。


「かわいいなぁ、お前は……」


 あぁ……こいつを見ただけで、俺の筋肉が弛緩する。いつの間にか頬も緩んでしまう。この穏やかな寝顔、小さな耳、もふもふの尻尾……。ううっ、今すぐ抱きしめて顔を埋めたい……尻尾触りたい……。


 と、ひとしきり癒やされたところで、こんなことをしている場合じゃないと気を取り戻す。そういえばまだ夜ご飯をあげていないんだ、きっとお腹空かせているだろう。

 そう黒丸のことを思いながら、早足でオフィスを出た。エレベーターを待つのももどかしく階段を駆け下りて、ビルを出たら駅に向かう。肩で息をしながらも、愛するネコの待つ家へと俺は走った。残業の疲れなどもうどこにもなかった。


【コメント】

ここまで読んでいただきありがとうございました。犬より猫、猫よりちょむすけ。

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捨てられていた猫を助けたらご褒美にネコ耳美少女の姿を得たので、異世界を旅してモフモフたちを遍く救おうと思います。 ~第二の人生、モフモフに囲まれたスローライフで毎日が楽しい~ 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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