第3話 話す男
『全工程終了を確認』
耳の奥の方から聴こえてくる無機質な機械音声で俺は眼を開けた。いつも通りのことなのだが、なんとも味気がない。
戻ってきた全身の感覚と共に、異様な節々の重さが俺の気分の悪さに拍車をかける。そこかしこに重しをくくりつけられているかのようだ。ダルさこそないが、起き上がる過程で関節がギシギシ鳴っているような錯覚すらおぼえる。
まだ半分も覚醒していない頭を振るう。多数の計器類、端末、そしてモニターがところ狭しと並べられている部屋が眼に映った。
「眼を覚ましたか、
すぐ横から俺を呼ぶ声が聞こえてきてそちらに顔を向けると、中年に一歩足を踏み入れたくらいの、見慣れた男性の顔が近くにあった。
「うん」
頷きながら俺は、今まで寝転がっていたベッドを座ったままの体勢でずり下がるようにして彼からほんの少しだけでも距離を取った。本当に近いからだ。
とはいえ相手側にも事情がある。同性の顔をわざわざ近距離で覗き込んでいるのは、俺の様子を確かめているからだった。
「どうやら大丈夫そうだな。意識はハッキリしてきたか?」
「まぁね。もうだいぶ眼が覚めたよ。
言うほど厳めしい顔のつくりでもない。
彼の名は於保多
10人いたら10人が強面とは評価しないだろう、普段の顔であれば。
むしろ、この時代の人間としては珍しく恰幅が良いせいで、柔和な顔と評価されるかもしれない。やや暑苦しいと思われることもあるだろうが。とはいえ、今は眉間に多くのしわが集まっていて辛気臭い、いやいや真剣な表情だった。
仕方がない。何しろ、つい数分前まで、今の
俺は片手で眼をこする。こうすると更に眼が覚めて、脳が正常に働き出す気がした。
「減らず口は正常な証拠とでも言いたいようだな。まあいい、お前の名前を言ってくれ」
若干空気を和ませることに成功したようだが、於保多さんはいつもの確認手順を省略しようなんて気はないらしい。
俺は観念して質問に答える。
「眞栄城大吾郎」
「齢は?」
「こないだ17になったばかり」
「個人番号は?」
「え~と、2281051943」
「住所は大丈夫か?」
「うん。白保30の20101号室だよ」
「よし」
ここで、眼の前の男は俺から視線を外して横の計器類に視線を向かわせる。そして、すぐにいつもの於保多さんの柔らかい表情となって再度俺の方に振りむいた。
「異常なしだ。任務完遂ご苦労様だ、眞栄城。耳のを外していいぞ」
言われて俺は右耳の穴に指を突っ込んでイヤホン状のものを外した。つけたままでも違和感がないので、こうして時々つけているのを忘れてしまったりもする。
「お? 完遂ってコトは、あの2人とも無事だったのかい?」
先程の救援任務中、援護もしてくれた狐型の方はまだ無事だったが、その片割れは既に自力で動くこともできないほどに深く傷ついていたように見えた。
救援任務は最速で現着してから救助失敗の人数で評価が減算されていく。つまり、完遂ということは全員生還ということだ。
「うむ。もちろん一人は重傷だが、何とか間に合ったようだ。もう片割れからお前宛に感謝メッセージが届いている。端末に送っておいたので、後で読んでおいてくれ」
「わかったよ」
「それとな。大物の討伐成功、おめでとう」
於保多さんは椅子に座ったままだが、少しだけ姿勢を正して言う。
「どうしたの? やけに改まっちゃってさ」
「それだけの戦果だった、ということだ。あの『ドラゴン』には討伐隊の編成も既に予定されていたのでな」
「へぇ、討伐隊が、ね……」
俺たちマインナーズは通常、というか特別な事情でもない限りは各々の割り当てられたエリア内で自由に倒すべき相手を見定め、戦闘を行っている。
少人数で分散し、なるべく対象が被ることがないよう立ち回るのが基本だ。そうやって数多くのモンスターを倒し、魔石を一つでも多く集めるのである。
これらの積み重ねが、既に崩壊した世界に対して抗う
しかしごく稀に、対象を会社や協会などから指定され、指名を受けて大人数で討伐に挑まされることもある。
ということは……、もし今日、救援に呼ばれなかったらアイツとは戦えなかった可能性が高い。討伐隊に選ばれるのは実績と経験豊富な者ばかりだと聞く。俺はこの仕事を始めてから一年しか経っていないし、今は救援部に属しているので厳密な意味での現役でもない。到底、選ばれることはなかっただろう。
「控えめに言っても大金星というやつだ。眞栄城、よくやったな」
「珍しいね、於保多さんがそんな手放しで褒めてくれるなんてさ」
「そりゃあな。まだ詳細が出た訳ではないが、ひょっとするとランキングにまで返り咲くかと聞いている」
俺は少し驚いた表情を見せただろう。
於保多さんの言うランキングとは、正式名称『マインナーズ・ランキング』のことである。
名の通り、俺たちマインナーズを順位付けしたもののことだが、正式に公表されているのは部署どころか会社も超えた全マインナーズ中で上から10番目まで。
於保多さんは、今回の件で俺が再びその10位以内に入れるのでは、と言っているようだ。
「そんなに? でも、さすがにそれは無理なんじゃあない? 俺、
「おいおい、そんなことより、って……。まったく。相変わらずお前はそのテのことに興味が薄いようだな。一度、3位にまでなっているからか? まぁいい」
ここで於保多さんはモニターの方に再度向き直り、マウスとキーボードで幾つかの操作を行った。
「う~ん、悪いな。残念だが、通信記録にも何も残っていない。私はあの時何か聞こえた気がして、聞き返した記憶はあるのだがな……」
「そっかぁ」
「何を言った?」
「座標の記録と回収をお願いしたんだよ。ドラゴンに向かう途中で一匹のブレードウルフを倒したんだ。……大したことないヤツだったけどね」
「行き掛けの駄賃でそんなことをしていたのか。やっぱりさすがだな、眞栄城。だが……、すまんな。正確な座標記録が無いとなると、回収班に依頼することはできないぞ。お前には自身にもう一度同じ場所に向かい、回収してもらう必要がある」
これは当然のことだった。
敵との連戦や追撃戦などの事情でモンスターを討伐したはいいものの、体内にある魔石を回収せずにその死体を放置しなければならない状況というのは決して少なくはない。
こういう場合、実際に戦闘を行うという危険度も少ないため、経験の少ない新人を含めた回収班を任命して依頼することも多いのだが、正確な場所の資料も用意立てできないのではさすがに無理がある。
だからといって、あたら貴重な都市存続のモトを打ち捨てたままに……、なんていう選択肢もない。魔石はどんなものでも貴重だからだ。
結局は、討伐者自身が自主回収を命ぜられるハメになる。
見て、通って、戦って、その場所を最も熟知しているのは本人のハズなのだから。
「やっぱり?」
たとえ、本人が面倒だとしか思わなくとも、だ。
あのドラゴンの魔石に比べれば、あんなブレードウルフのものなんて程度が知れている。だが、これは規則なのである。
「悪いな。明日……、いや、明日は日曜か。眞栄城はシフト休みだったな。……月曜日でもいいぞ」
於保多さんは一瞬だけモニターに表示させたシフト表を確認してから、そう言ってくれた。
「え? いいの?」
壁の外であるエッグシェルシティ内部以外の場所は完全なる野生の地だ。数百キロからひょっとすればトン単位にまで達するほどの血と肉と臓物の塊が、すなわち腹を満たせる栄養の塊が2日間も野ざらしとなってそのままなんて、どう考えても難しいことだろう。通常なら、即。できないなら次の日、が正しい判断のはずである。
しかし、於保多さんは二ッと笑って肯く。
「ああ、いいさ。アレをほとんど無傷で倒したんだ。今回だけは、小物なんぞ形式的な手順さえ踏んでおけばいい。そういうことにしておいてやる」
「へぇ、ご褒美ってコト? たまにはイイトコあるよね。ありがと。……ん? 今ほとんどって言った?」
於保多さんはまたも肯いた。今度は少し困った笑顔だった。
「おう。重ねてすまんが、帰る前にラボへ寄って強化調整体の損傷確認も行ってくれ」
「やっぱり完封、……完全に無傷とはいかなかったか」
「まぁな。そりゃあそうだろう。だが、安心していい。中間報告では重傷の線はないと聞いている」
「そっか。じゃあ、さっそくと行って、聞いてくるかな」
俺はベッドから立ち上がると私服に着替え、於保多さんと挨拶を交わしてからその場を立ち去った。
ラボの受付に到着を告げて、の後は待合室で担当が出てくるのを待つ間に、俺は入り口から正面の壁真ん中に設置された等身大ディスプレイパネルの前に移動する。
それに映し出され続けている会社の連絡事項の中で、自分に関係あるものを見るためだ。
任務イコール戦闘、である以上、強化調整体は傷つきやすい。
特に俺の場合は近接での戦闘が大方であるために、大きいものこそまだないが、小さい負傷はほぼほぼ定期的に受ける。
その度にここを訪れるハメになるので、待ち時間を利用して毎回読み込んでいるのだった。
しかし、半分も読み終える前に横合いから声がかけられる。
「やぁ、お待たせしたね。エース君」
声の方へと振り向くと、そこには一人の妙齢な女性が立っている。
目鼻立ちのはっきりとした誰が視ても美しい顔に、合成食料が主となり痩身ばかりが増えた現代人の中にあって均整が取れながらもメリハリのきいたボディプロポーションは、輝かんばかりの有様だった。
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