ワールド・ダイヴ

大虎龍真

第1話 走る男




 世界が終わるその時まで―――。


 いつものごとくに『マインナーズ』の職業理念などが延々と垂れ流された後、シメの言葉がディスプレイ上に表示された。


 毎度思うが、本っ当に長ったらしい。

 もう少しまとめることは、いくらだってできるだろうに。

 最後の言葉も尻切れである。

 まぁ、一人一人が自分で考えろ、っていうことなのだろう。俺はいつも『あがけ』、だと勝手に決めている。


 そして、一瞬の暗転の後に、肉体の感覚が一度消えた。

 次に、視界一杯に青々とした空が映る。

 天には輝く太陽。普通の瞳であれば眼を焼かれ痛めてしまうだろうが、今の俺であれば問題はなかった。

 同時に戻ってくる肉体の感覚にプラスしての、全能感。


 グルリと視界を回すと真下には禍々しいほどの黒く分厚い雲がたちこめており、そこに今から落とされると思うと良い気持ちはしないが恐怖感は全くない。


 急な浮遊感が訪れる。

 射出型高軌道ドローンが俺を切り離したのだ。今日のポイントは通信可能距離ギリギリの地点である。事前に組まれたプログラム通りに動くだけだから、情緒もへったくれもない。今頃Uターンを開始した、といったところか。


 俺はというと当然のことながら落ちる、落ちていく。

 マインナーズに就職した当初こそ怖いとも感じたものだったが、今は慣れたもので逆に歓声を上げたい衝動に駆られてしまうくらいだ。無駄にログが残ってしまうのでやらないが。


 黒煙のような雲が急速に近づいてきた。シティの中では絶対に見ることのできない本物の青空と太陽をもう少しだけ眺めていたく思う。いつもこの時ばかりは少し名残惜しい。が、時は無常というやつだ。

 音もなく雲の中へと突入する。視界がほぼゼロの状態でしばらくはただ落下するのみである。

 乱気流が俺の身体を叩いてきた。

 今の肉体でなければバラバラになってもおかしくはないらしい。だからこそ、ここから下を飛行することはできない。


 数秒して雲を抜けた。一面の赤茶けた大地が眼に入る。


 さて、そろそろ準備しないといけない。

 腰の携帯バッグから片目型のゴーグル通信機を俺は取り出し、装着する。

 耳の位置が元の身体と違うのでしっかりと括り付けなければならない。これも今では慣れたものだった。記録映像アーカイブ好きのウチの上司が以前、昔観たアニメのものに色も形もそっくりだと語っていたものである。


 あと少しで地表に接触する。ゴーグルからビープ音と共にパラシュート展開が指示された。

 だが、俺はそんなものを背負っていない。

 必ず回収を命じられるからだった。

 今の世界には色々とカツカツで、使い捨て専用などという言葉は存在しない。可能な限り、極力、でき得る限りの回収が必須なのだった。これは成績にもダイレクトに響いてくる。だから元から持ってきていない。


 代わりに別のものを俺は背負っていた。

 巨大な鉄板かのようなだんびら・・・・。両刃の巨大剣だ。

 切れ味はそれなりにあるが、何よりも分厚く頑丈に造られている。かざせば2メートルを超える今の俺の肉体でも、全て覆い隠せるほどに大きい。


 これを使って滑空することもある程度は可能だが、今更だ。速度軽減ではもう高度が足りない。

 大事な任務の前に負傷するワケにもいかないので、俺は毎度別の使い方を選択する。

 刃を横に向けたままで思いっ切り振り下ろすのだ。巨大な扇であおいだかのような突風が瞬間的に発生し、反動で俺の身体が減速。どころかふわりと浮く。

 そして次の瞬間、俺は無傷で大地の上に降り立った。


 タイミングを見計らったかのように、いや、本当に見計らっていたのだろう、通信を報せるブザー音がゴーグルから発せられた。俺は即座に通話ボタンを押し込んだ。


『聞こえるか、ダイゴ?』


 落ち着いた声の主は、俺の直接の上司だった。というより、任務中の俺に通信してくるのは基本的にこの人だけである。


「聞こえてるよ。於保多おおたさん」


『どうやら無事、地上に降りられたようだな』


「ああ。問題はないよ」


『こっちは問題ありだ。救援依頼を出した4名の内、既に2名分の反応が消失した』


「うわっ、マジか」


 ダイヴ前は反応4つ分の内1つのみ微弱だったが、まだ残っていた。今の肉体とリンク・・・・・・・・するわずか10分ほどの間に、既に要救援者たちは半減してしまったようである。


『急いでくれ、ダイゴ。詳細な位置はいつも通り、端末に送ってある』


「了解!」


 俺はゴーグルのナビを起動させる。即座に目的地までの距離と簡易的な道順が表示された。

 とはいえ、ここらあたりは都市でも、その跡地でもない。ただの赤茶色した土地の荒地である。おまけに高低差も少ないようで、いかに簡易的であっても全く問題はない。


 俺は片手で巨大剣を肩にかつぐようにして持ち直すと、駆ける。掛け値なしの全速力だ。

 距離にして約18キロメートル。いつもの俺じゃあこんな距離を一日に踏破した経験すらない。が、今の俺であればほんの一時も息を整えるべく休む必要もなく駆けぬけられる。何しろ心肺機能に一切の負担も感じず、そんな兆候すらないのだから。


 我ながら、とんでもない足だと思う。

 今、乾ききった赤土を巻き上げつつも、自分を前へと猛進させている毛むくじゃらの双脚が生み出す速度は、どう考えても時速60キロは超えていることだろう。多種多様な機能を内包しているこのゴーグル型端末でも速度計までは有しておらず、一度もキチンと計測したこともなかったが、条件さえ揃えば倍近くの速度にまで達するのではと、爪が大地に食い込む度に加速を感じると同時にそう思えてならなかった。


「それで、於保多さん、今日の相手はどんなのか判明したのか?」


『いや、未だ不明だ。知っての通り、そのあたりはシティからの通信範囲ギリギリだからな。この通信もどこまで維持できるかどうかわからん。交戦している者たちから送られてくる映像も不鮮明、不明瞭だ。とりあえずはAIにかけ、可能性がありそうなヤツをリストアップしておいた。マル2のファイルを開いてくれ』


 指示通りにすれば、計3種がナビ画像のすぐ横に表示される。


「さすが。仕事が早いね」


『いいから確認しろ』


 於保多さんの返答が素っ気ないのは、ぶっきらぼうや照れ隠しのたぐいというより時間がないので焦っているからだろう。俺は現場に急がなきゃあならないし、そうすれば通信不能の地点へと自分から近づいていくということであるし。


 一番左が類人猿というかゴリラを凶悪にして角を生やしたようなヤツ、真ん中にはなんだがワケの分からない猛獣っぽいヤツ、右がデカいトカゲ型の怪獣にしか見えないヤツ。

 いや、他のはともかく、右のヤツはもっと良い明確な端的に容姿を表す言葉がある。

 ドラゴンだ。

 俺の視線は当然、右のヤツに集中した。


「於保多さん、この右のヤツって……」


『うむ。ここ3週間に渡って、この近辺で暴れ回っているヤツだ』


 於保多さんがリストアップしてくれた3つは、どれも複数の同職を返り討ちにしたという危険な相手だ。ただし、右のヤツだけは数が抜きんでていて、コイツの仕業だと判明しているだけでも既に3桁の数字に達している。

 ここまでの短期間にこれほどの被害が出たのは初めてのことだという。つい先日、会社の垣根すらも超えて業界全体に注意喚起がなされたくらいだった。


『もし、そいつが相手だったら、救助を優先して逃げても良いぞ』


「え? 良いの?」


『ああ。上も承諾済みだ』


 ウチの会社はそういうところが非常に厳しい。会敵したにもかかわらず敵わないと判断して逃走を図るのは良いが、例えば相手の肉体組織の一部を持ち帰るなど何がしかの情報も得ないままに帰還すればペナルティを受けることになる。これは、俺のような救援任務にも適用される。だからこそ業界の最大手なのだろうが。

 とはいえ、さすがに業界全体の流れにまでは逆らわないらしい。


「サンキュ。けど、今回もやってみるつもりだよ」


『討伐成功率を維持するつもりか。まぁ、ヤル気なのは良い事だが、相手は『ドラゴン』かも知れないんだぞ?』


 そいつは見た目通りの『ドラゴン』と名づけられている。っていうか、炎も吐けば飛行能力まで確認されているから、これ以外にないだろう。


「心配いらないよ。イメトレ・・・・は万全さ」


『いつもそれだな』


「おう。……っと」


 加減なく突っ走っていたからか、俺の存在を早くも周囲に気づかれたようだ。俺に向かってまっしぐらに前方から突進してくるヤツがいる。


 肉体の所々から骨でできた刃が突き出ている狼のような敵だ。『ブレードウルフ』なんて呼ばれていたのを思い出す。前に一度戦った経験があるが、その時は集団で襲いかかってきた。今回は単独。つまり楽勝ということだ。


「むっ!!」


 俺は前傾姿勢となると地を蹴って跳ねるように進む。更に加速した俺の身体は瞬時にブレードウルフの眼前に到達する。

 俺の間合いだ。


「グオッ!?」


 敵が驚いた声を上げる間に右肩の巨大剣を俺は振り下ろす。

 次は声もなく敵の首がその下と泣き別れた。




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