愛しすぎるのも困りもの

 あいにくの雨は僕にとっては恵みだった。

 授業が終わってグラウンドを見ると、まるで模様を形どったかのような水玉が出来上がっていて体育は中で行うことになる。最近は寒くなってきているから中でやるのは地味に嬉しい。男子だけが教室に残されて着替えてから体育館に行って、体育館に備え付けになっている更衣室から出てくる女子たちを横目に先に準備をさせられる。

「なんで俺たちがこんなことやらされないといけないんだよ」

「外でやるよりはよくないか?」

「それはそうだけどな、こき使われんのはなんか納得いかん」

 文句を言いながらも一緒に運んでいると、女子も更衣室から全員出来たようで男子を呼び寄せて授業が始まった。バドミントンで人志と交互にラリーをして時間を潰しながら隣のコートを見る。2クラスが合同でする体育はだから女子のコートには朱莉がいる。女子はバスケをしていて、その中で楽しそうに暴れまわっていた。

「なんだ、綺麗すぎて見惚れたか」

 僕がシャトルを拾うと揶揄うように人志が近づいてきた。そんなんじゃないと僕は遠目に打つと慌てて走って戻る。しばらくラリーをまた続けていると、朱莉がこっちに気づいて手を振る。僕は気づかれたと思って少しだけさりげなく手を振ってまたラリーに戻ろうと隣のコートから目を離した瞬間、シャトルが僕の顔面に向かって飛んできた。

「ちょっ!」

 体勢を崩したもののなんとか返すが、浮いた羽根を人志は容赦なく何度も叩きこむ。結局僕がそれを返し切れなくなってラリーは終わってしまった。

「何するんだよいきなり。そんな強くしたら返せるわけないだろ」

「お・ま・え・はさっきの発言を振り返ってからその口を開け。何がそんなんじゃないんだよ」

「……僕はまた朱莉がスポーツを楽しそうにやってる姿が見れたからちょっと安心してるだけだよ。そこまで言われないといけないことか?」

 僕がここまで言い返してくるとは思わなかったのか、それ以上は何も言ってこなかった。そのまま僕たちはラリーをただ無常に続けて雑談をしていると授業は終わる。終わって片付けをしてから教室に戻っていると遠くで向井が歩いているのが見えた。

 後ろにも何人も生徒がいるのを見ると移動教室から帰っているらしい。

 やっぱり気が晴れない。この間の話を聞いてからというもの、頭から彼の話がずっと付きまとっている気がしてならなかった。それは放課後になっても変わらないままで、僕は朱莉に先に部活に行ってて欲しいということだけ連絡すると今日はいつもよりも早く教室から出る。みんなが帰るのと変わらない時間帯に教室を出たので廊下はとてもたくさんの生徒が渋滞しているかのように人の波を作る。

 僕はその足を一直線にAクラスに向けた。途中で朱莉のクラスの隣も通ったが気にしない。ここで朱莉にまた何か時間をかけるとそれこそ僕の心のもやもやはまた明日へと持ち越されるんだ。

 出ていく生徒と入れ違いになるように僕は教室の中に入っていく。まだ彼が残っているという保証は全く持ってなかったわけだけれども、僕にはなんとなくまだ彼が教室に残っているような気がした。そしてその勘はしっかりと当たっていた。

「……教室まできてどうした。何か用か」

 彼は僕が何も言っていないのに目が合っただけで自分に用があると分かったらしい。荷物をまとめていたその手を止める。

「まあ少しね。この後時間あるかな?」

 前回は彼から時間を空けてくれと言ってくれたからなのか、すんなりとOKしてくれた。さっきまで話をしていた生徒はまた明日と言って先に帰ってしまう。僕とは違ってちゃんとクラス内でのコミュニティが確立されているのか。関心しつつ僕は本題を切り出すために教室から連れて行った。

「こんなとこまできて話すことなのか」

 向井は空き教室まで連れてこられて少し不審そうに呟く。向井との話はもともとするつもりなんてなかったから、人志や彩乃、ましてや朱莉には伝えていない。あとでこのことがばれて面倒になるのが嫌だったから取った行動……だと彼にそのまま言えれば良かったが僕はそんなに正直者じゃない。適当に見繕った言い訳で彼を納得させるしかない。

「それで、話って言うのはなんだ。僕にはあまり心当たりがないんだが」

「合ってるよ。この話は向井くんが心当たりがあるはずはないから。ただ僕が勝手に話をしようと思っているだけだし」

「……それこそ見当がつかないな。僕に聞きたいことでもあるのか?そんな大それた人間じゃないぞ僕は」

 こんな正解の知っている質問をする僕のことをどうか責めないでくれ。こんな大博打に出ている時点で僕はすでに地雷原のあふれた草原を歩いているんだから。

「君は一体誰のことが好きなの?」

 質問は簡潔に、そして明確に。これで全てがはっきりする。彼は僕に話してくれるのか、それとも誰にも話す気が無くたった一人でこの問題を解決しようとしているのか。少し力み過ぎたのか力が抜けて開いた手には握りこぶしの跡が残っている。

「なんだ、やっぱりバレていたんだな」

 質問をしてしばらくした彼の返事はあまりにもあっけないものだった。

 むしろ、バレてしまったことを良かったことのように安心した様子の彼を見ているとそれがどうしてかよく分からなかった。

「それってどういう」

「だってこの間、変な質問をした時に気づいていたんだろ?僕に変に詮索してこないからただ単に鈍いだけかと思ってたがそんなことも無かった。それなら安心だ」

 安心して向井は少し表情が崩れて笑みが見え隠れする。彼からすればこの件はそこまで秘密裏にしておかないといけないことというわけでもないのか?そのままの様子で話を続けようとする向井に、僕は続けて聞いた。

「君が委員長のことを好きってことは、隠しておかないといけないことなの?」

「……誰がいつ琴音の事を好きだって言った?」

 え、嘘でしょ。こんなところで僕は墓穴を掘ったのか?

 絶対に委員長たちのことを隠さないといけないと思っていたから、会話の中での言葉選びはけっこう慎重に考えたつもりだったんだけどな。何を間違えたんだ。

 そうやって深刻そうな表情になった僕を見て、今度こそ彼は大きな声をあげて笑った。なんだ、こんどは何をした。

「そんなに真剣に考えてくれるなんて、本当に良い奴だな」

「いや、それよりさっきの話」

「ああそれは冗談だ」

「冗談?」

 僕は抱えていた頭を放り投げる勢いで彼の方を向く。

「僕だってこんなことはいろんな人に言いふらしたくなんか無いからな。一応、口が堅いかの確認くらいはしてもいいだろう」

 なんだ、そういうことか……。

 試されていただけだということが分かって僕は一安心した。てっきり委員長たちのことがばれたんだと焦ったが、その焦りも彼からすれば良いようにとらえてくれたので結果オーライということで。

 彼はひとしきり笑いきると、仕切りなおすように話を始めた。

「そこまで知ってるならそんなに話すことはもう無いが、俺は体育祭が終わったら告白をしようとしているんだ」

 Aクラスが優勝したらという条件付きでね。と心の中で付け加えると彼はとんでもないことを言い出した。でもそれもそのはずだ。僕たちもその可能性が無いことも無いということを視野にしっかりと入れておくべきだったんだな、と今さらになって反省をしている。

「琴音にはAクラスが優勝したらと言っているが、別にそんなのはきっかけだ。体育祭がどんな結果であろうと、僕は気持ちを伝えようと思ってるんだがお前はどう思う?」

 それはダメだろ。

 一言で片づけるにはあまりにもその言葉は重すぎた。

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