第十一話 惨劇
神都へと戻った一行は、眼前に広がる惨状に言葉を失った。
漂う死臭が
見渡すと、
「なんだよ……これ……」
景吉は現状を受け止めきれず、慄然と佇立していた。
帰投した鷲見兵からは、
「わしらが進軍している隙を狙われたのだな……。ここまで行動が筒抜けだと、間者でも紛れておったのかもしれぬ……」
目を背けたくなるような有様に、刃は掛ける言葉が見付からない。
「ち、父上! 父上は無事か……!?」
景吉は脇目も振らずに駆け出していたが、刃が肩を掴んで引き留めた。どんなに気が動転していようとも、契約者を護る刃の責務は生きている。
焦慮に駆られる景吉を落ち着かせ、刃は現場の調査を進めることにした。
「景吉、焦る気持ちはわかるが、足元には気を付けろ。凶器が散乱しておる故、戦場は危険が多い。それに、まだ敵が紛れ込んでおる可能性もあるのだ。お主はわしの傍を離れるな。わしの後ろについてこい」
「わ、わかりました。すみません……」
そう言った傍から、景吉は何かに躓いている。
目を向けると、景吉の足元には不気味な能面が転がっていた。
城郭の中庭へ向かったが、景吉の父――佳光の屋敷は存在しなかった。
屋敷の残骸は燃え尽き、命の気配は感じられない。
「父上……そ、そんな……」
景吉の膝は崩れ落ちた。無理もない。領地を破壊され、肉親を失ったのだ。
刃は目を閉じて黙祷した。口唇をグッと噛み、一筋の血が口元に流れる。
己は何度同じ過ちを繰り返すのかと刃は考えていた。契約者は景吉であるが、神都の修羅狩りは自分なのだ。景吉の外出を止められていれば、斯様な事態にはならなかった。過去の行動を顧みて、己の危機感のなさには
砂呉の境界で遭遇した豪剣斎の処理について、当初刃は契約外だと景吉に伝えた。
そのことに誤りはないが、そもそも修羅狩りが帯同する中で襲撃に遭うなどあっていいことではない。それに、不在を狙われるなど嘗められている証拠だ。黒斬刃という修羅狩りを怒らせようとも、報復されないことを見抜かれている。
己が大事にしている《不殺》の心得。これにより殺し屋を付け上がらせ、こういった暴挙を許す近因となってしまったのだ。
「――刃!」
すると、誰かが刃の名を呼んだ。天守閣の方角からだ。
この声の主は、佳光付きの修羅狩り――神楽詩音。
「そ、そうだ、忘れておった……。佳光には詩音が付いておる。万が一にも、あ奴は殺し屋に後れを取る奴ではない!」
多数の修羅狩りが一国に仕えることは稀であるため、詩音の存在を忘却の彼方に葬っていた。詩音がいるならどうして神都は狙われたのか、どうしてこうも被害が大きいのか。不可解なことが多いが、まずは詩音の呼ぶ声に従うことだ。
景吉は縋るように顔を上げ、声の方向へ目を向けていた。
「詩音様……!」
「景吉、ついてこい! 天守のほうだ!」
失意の景吉と共に、刃は天守へ向かった。
天守閣は屋根も外壁もなくなっていたが、他に比べて被害が少ない。どうやら詩音は、ここを最後の砦として戦っていたようだ。
崩れた
最奥まで足を運ぶと、佳光と詩音、そして数十名の家臣がいた。詩音の腕の中で、佳光は呼吸を荒らげている。どうやら生きているようだ。
「父上!」
景吉は佳光の元へと駆け寄り、地面に頭を擦り付けた。
「申し訳ございませぬ! 私の身勝手な侵攻により、斯様な事態に!」
「景吉……もうよい……。全てが終わったのだ……。神都は壊滅……鷲見一族で生き残っているのは、私とお前だけだ……」
「ううううっ!」
涙する景吉に、生き残った家臣が駆け寄ってきた。
景吉の父、佳光の身体には傷一つ見られない。詩音はたった独りで契約者を護り抜き、修羅狩りとしての責務を果たしたのだ。
「刃……わたし、皆様を護れませんでした……」
「詩音……お主……」
「こうして攻め込まれたら何もできないなんて、修羅狩り失格です」
詩音は枯れるほど涙を流したようで、目を赤く腫らせている。罪の意識に苛まれ、魂を抜かれたように放心している。
「詩音、お主は契約者である佳光を護り抜いた。修羅狩りとして充分な働きだ。大軍の猛攻から城を守護するなど、修羅狩りの領分を超えておる」
「……それでも、わたしは無力でした」
「お主は、よくやったよ。よく佳光を守り抜いた」
刃は、泣き
――すると、ポツポツと雨が降り始めた。
雨音が嵐の後の静寂を破り、残火を鎮めた。
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