47 兄との会話 03

 もう一つ、お兄様に言わないといけないことがあります。



「お兄様。私はクリフさんに王太子妃になることに興味はあるかと言われました」



 お兄様の私の手を握る手に少し力がこもりました。もしかして嫉妬しっとしてくれているのでしょうか。お兄様は言っていました。自分は嫉妬もする普通の人間だと。私もお兄様の手を握り返します。



「それはたわむれで聞いたわけではなく、クリフさんにとっては本気のようでした」



 お兄様は黙って私の言葉を聞いています。



「クリフさんは、あの方自身を見ずに王子様という肩書きだけを見ている人や、野心からあの方に接近する人と婚姻するのは嫌だそうです。あの方自身を見て野心もない人と婚姻したいと」


「……」



 その気持ちは私も理解はできます。婚姻するなら私も愛し合う人とがいいと思うのですから。私はまだクリフさんに恋心を持っているわけではありませんし、私は一生独身でいることもありうると考えているのですが。



「そしてクリフさんは言いました。私に王妃として、お兄様に宰相さいしょうとして公私で支えてほしいと。心強い味方がほしいと」


「……」



 それも理解できます。いくらあの方が王になっても、周りの人たちが自分の考えを理解して動いてくれなければ、まつりごとも思うように進められないでしょう。周囲に理解してくれる人がいなければ精神的にも辛いでしょう。



「私が戸惑とまどっていたら、クリフさんも無理に話を進めようとはしませんでした」


「……」


「ですが私は約束しました。私があの方を愛するようになるかはわからないまでも、あの方自身を見ると。その私にクリフさんは友人になってほしいと言い、私も受け入れました」



 お兄様の顔を見たら、そこには複雑そうな表情がありました。私は王太子妃になれと言われたら戸惑とまどいますが、クリフさんの友人になることにはいなやはありません。お兄様はまだあの方を信じていいかわからないと言いますが、私はあの方はおそらくいい人なのだろうと思っています。まだ完全に信じたわけではありませんが。

 ですがワイズ伯爵家としても私が王太子妃になることには問題があるはずです。普通の貴族ならば、家の娘が王太子妃として望まれたらでもそれを実現させようとするのでしょう。この上ない名誉であり栄光への道だと。ですがワイズ伯爵家は王家とは近づきすぎないようにしていて、これまでもワイズ家から王家に嫁いだ人もいないのです。

 黙って聞いていたお兄様が口を開きました。



「こんな言い方は王太子殿下相手では不敬になるけど、クリフ殿下も不憫ふびんではあるね。殿下は王族であることに息苦しさを感じているのかもしれないね」


「はい……」



 そのお兄様の言葉で気づきました。私はクリフさんに同情しているのでしょう。周囲の人たちのほとんどが、自分を王子という肩書きでしか見ていないであろうあの人に。クリフさんは同情で私を追い込むのは本意ではないと言っていましたが、やはり私は同情しているのでしょう。



「だけどそれに耐えるのが王族の責務でもある。そういう意味ではクリフ殿下は王族には向いていないのかもしれないね。生まれながらの地位にふんぞり返って疑問にも思わず傲慢ごうまんに振る舞うよりはよほど好ましいけれどね。そんな傲慢な貴族は珍しくもない」


「はい……」



 これもお兄様の言うとおりなのでしょう。王族ともなれば必然的にそのような目で見られるのでしょうから。

 一応私も伯爵家の令嬢で、使用人たちや臣下たちからはそういう目で見られていたのですが、家族からの愛情がそれらを打ち消すほどに強かったので、そういう点で息苦しいと思うことはありませんでした。

 ですがクリフさんは陛下やライラ殿下たちとも王族として一歩引いた関係しか築けていなかったのかもしれません。



「ですがクリフさんは身の回りに本当に信頼できる人がほとんどいないことに孤独を感じているのかもしれません……」


「エマ。君は優しいね。そう思うならクリフ殿下と仲良くなれるように努力するのもいい。殿下の本心を慎重に見極める必要があるとは思うけどね」


「はい」



 お兄様は私の言葉を否定はしませんでした。王族相手に慎重に振る舞うことは必要だとはいいましたが。ですがそれではクリフさんの心を傷つけてしまうかもしれませんし……



「ありがとう、エマ。クリフ殿下の人物像に触れる貴重な情報だったよ」


「はい」



 お兄様はクリフ殿下がどのような人なのかを探ろうとしているのでしょう。信じていい人なのかそうではないのか。高貴な人にも信じてはいけない人もいることは私も理解させられました。表向きはよく見せかけてはいても、内心はそうではない人もいるであろうことも。

 お兄様が、握っている私の手にもう一方の手を添えました。



「私には君を幸せにする自信がある。だけど君がそれ以上に幸せになれる道を見出みいだすなら、君はその道を行けばいい。私にとって最優先なのは、君が幸せになることだ」



 お兄様はちょっと困ったような、それでも穏やかな笑みを浮かべています。

 本当にお兄様は恋愛下手なようです。競争相手のためになるようなことを言うなんて。

 でもその前に自分は私を幸せにする自信があると言ってくれたということは、本心では私がほしいと思ってくれているのではないかと思います。こんな不器用なお兄様がいとおしく思えてしまいます。

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