23 食堂にて 06

 食事の始まりです。料理は貴族の子女や王族にまで出す食事としては簡素ですが、量も質も十分だと思います。



「学院ではこんな豪華な食事が出るのですか?」



 ですが平民のコニーにとっては豪華すぎるほどに豪華な食事なのでしょう。コニーは戸惑とまどいを隠してもいません。



「貴族には質素すぎると文句を言う人たちもいるのだけどね」


高慢こうまんなお姫様を始めとしてね」


「お嬢様。お口が過ぎます」



 パトリシア先輩はライラ殿下が気に入らないのでしょうか。その口ぶりにとげまではないようには思いますが。第一王女殿下をそんな風に言っていいのか不安ではありますし、ロニー先輩もいさめていますが。



「大丈夫よ。私とライラはお友達ライバルなんだから」


「はぁ……パトリシアお嬢様はライラ殿下とは同学年で同じ騎士科ということもあって、なにかと競い合っているのです」



 説明してくれたロニー先輩は気苦労が絶えなさそうです。パトリシア先輩のという言葉にも含みがあったように思えましたし。



「ですけど料理はこれで十分だと思うのですけどね」


「そうですよね……豪華すぎるくらいで……」



 コニーはともかく、私にとってもこの食事で十分だと思います。これでもちょっと豪華すぎると思うくらいで。そういう点では私は前世で病弱な庶民として生きて死んだ感覚は完全には抜けていません。



「そうだね。私もこれで十分だと思う。ただ貴族の食事には、神々に収穫を感謝し安寧あんねいを願う儀式としての面もあることは忘れてはいけないよ」


「はい。お兄様」


「先生も、貴族様たちがそうしているからこそ民も安心できるのだと言っていました。貴族様たちが粗末な食事をしているようでは民は安心できないとも」


「そうだね。かといって私たちはまだ生徒なのだからこれで十分なのだけどね」



 屋敷ではさらに豪華な食事を出されていたのですが、食べられない量を出されても困るというのが私の正直な思いでした。それにも儀式としての意味合いもあり、そうすることによって民も安心するというのですから、仕方が無いのですが。



「貴族の食事としては簡素なこの食事には、貴族の子女に戦場に出る心構こころがまえをさせるためでもあるそうよ。戦場ではこれだけの料理を毎日用意させるのは無理でしょうけど」


「戦場ですか? 貴族様には王様から命令されたら出兵する義務があるとは聞いていますが」


「ええ。出兵先では屋敷でのように贅沢三昧ぜいたくざんまいとはいかないわ」


「出兵先でこれだけの食事にありつけることはそうはないでしょうけどね。私も父上から聞いていますが、保存食で済ませることも多いとか。私の家では心構えを養うために平時でも一ヶ月に二回は保存食のみの食事の日があります」



 パトリシア先輩とロニー先輩の言葉に、このような十分に豪華な料理で心構えを養うことができるのかと思いました。パトリシア先輩たちもそう思っているようですが。

 貴族には王の命令に従い出兵する義務があります。魔族相手でも他国相手でも。特に国境に近い領地を治める貴族は当事者にもなります。当主自ら出陣することも珍しくはないとか。

 ですが戦場では屋敷でのように贅沢ぜいたくをすることは無理でしょう。王族やよほどの大貴族ならともかく。その心構えをさせる必要があるのは事実なのだと思います。



「エマ。ちょっと早いし唐突とうとつだとは思うけど、言っておくよ」


「はい。お兄様」


「私たちワイズ伯爵家の者は賢者として軍師ぐんしを務めることもある。その時は当然自分のことを考えるだけではいけない」


「はい」


「基本としてなによりも考えないといけないことは、大きくは三つある。十分な戦力を用意すること。情報収拾を綿密にして正しく判断すること。そして兵をえさせないことだ」


「ザカライア・ワイズの兵法書にも書いてありましたね」


「ああ。エマも知識としては知っているだろう。戦いにあたっては、十分な物資を前線に送り、その物資の防衛にも気を配らないといけない。兵を飢えさせれば敗北は目前だよ。偉そうに言っている私自身もまだ知識として知っているだけなんだけどね」


「飢えた兵は戦力としては役に立たないし、兵たちも生きるために規律を無視して略奪行為を始める恐れもあるわ」


「ええ。そうして苦しむのは民です。そして兵も多くは民から兵役についているのです」


「はい! 心します!」


「私も卒業後は軍勢に加わることになる可能性もあるのですよね……先生のように」


「そうだね。エマとコニーにとってもこれは決して他人事ひとごとではないよ」



 お兄様の言うように賢者は軍師を務めることもあるのです。軍師とは、戦略戦術を考え軍勢の将に助言をする役目の人です。大賢者を目指す私にとってそれは他人事ではありません。

 それはコニーにとっても同様です。コニーの先生はかつてパトリシア先輩のお父様の軍で活躍していたのですから。

 そしてお兄様たちの言葉は正しいと思います。私が前世や今世で読んだいくさに関する本にも、補給の重要性を説いたものはいくつもありました。逆に言えば敵の補給を断てば勝てるとも。戦場での戦い方のみに終始するものもありましたが。物資は敵地で現地調達、つまり略奪するのが最良とする本もありましたが、さすがに私はそれには同意できません。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る