第11話


「標的を変えやがった……!」


 追う者と追われる者が瞬間的に逆転する。


 魔人はおそらくエルフィに標的を変えた。

 魔人にとって俺は簡単に倒せない。だが火力は無く、放置しても問題ない相手だ。


 鬱陶しいだけで攻撃力は貧弱、なのに防御力は高い。

 そんな面倒くさい雑魚敵は置いておき、倒せる奴から倒そうという考えだろう。


 その形勢は絶望的だ。


 俺には魔人を止め得るほどの火力が無い。

 こうして背を向けて逃げられるだけで、俺のやれる事はほとんど無くなってしまう。


 だがこのまま何もせず魔人がエルフィに追いついてしまえば、間違いなくエルフィは捕まるだろう。


 出来る事は追いかけて攻撃を当て続ける事くらい。 

 意味は薄い。

 しかし、それでもやるしかない。


「賢い事しやがって……!」


 こちらに背を向け森を一直線に走る魔人。

 相当な速度だ。


 しかし追いつけない程ではない。

 一直線に全力で走れば追いつけるだろう。


 全力で魔人に向かう。


 だが追いついた所で何をする?

 どんな攻撃も効かない。

 足止めにすらならない。


 分からない。


 だが俺の勝利条件は時間を稼ぐ事。倒すことじゃない。

 

 無視できない程に面倒くさい相手になればいい。


 とにかく攻撃する事だ。


 後少しで追い付く。


剣戟強化インテンシファイ


 スキルを詠唱しながら走り、魔人を跳躍の間合いに捉える。


 背中を向けている魔人。


(無防備だな……?)


 ――違和感。


 最初は爆発的な跳躍でいきなり現れた。

 音の発生源からしてエルフィが捕まった地点から直接の跳躍だ。


 それを繰り返して移動した方が早いはず。


 何で今回は走っているんだ……?


 ゲーマーの勘が頭の中で大音量の警鐘を鳴らしてくる。


(だけど今やれるのはこれしかないんだよ!)


 だが俺は思考を無理矢理ねじ伏せて足止めを敢行した。


 もう既に魔人は俺の跳躍の間合いに入っている。


(止まってくれよ……!?)


 俺はそう願いながら剣を構え跳躍した。


「大崩――」


 俺がスキルを詠唱しようとした瞬間。

 

 魔人は振り向き、突っ込んできた。

 地面に居たはずの魔人は、一瞬で俺の目の前に来る。


 その一秒にも満たない刹那の中で、歪んだ唇が動くのが見えた。


「『悪魔殴撃ンキシヤドレブ』」


 ――釣られた……!


 空中で身動きは取れない。

 回避は不可能。


 相殺するしかないが、体勢が不十分だ。


「――衝撃!!」


 それでも何とか相殺しようと俺は直前でスキルの方向を変える。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 だが。


 魔人はこの戦いで初めてスキルを使った。

 スキルの無い素の状態で押されていた俺のスキルは。


 魔人のスキルが乗った一撃で簡単に散らされてしまった。


(クソッ……!)


 剣にひびが入り、そして折れる。


 俺はもろにスキルの乗った魔人の拳を受けた。


 俺は地面に叩きつけられ、かなりの距離の地面を転がる。

 勢いの乗った俺の身体は簡単に止まらず、その勢いは俺の全身に打撲を負わせ続けた。


 そして大木に背中を強く打って俺の身体はようやく止まった。


「かはっ……」


 口の中から熱いものが零れ落ちた。

 見るとそれは血の塊。


(……血反吐なんて初めて吐いたな)


 朦朧とする意識の中で益体のない思考が浮かぶ。


 口に残った血を吐き出しつつ、俺は何とか立ち上がった。


 魔人は標的を変えてなどいなかった。

 最初から俺を殺す気だった。


 こいつがやったのは最初に俺が魔人相手にやった動きと同じ。


 逃げて釣ってカウンターを仕掛ける動きだ。


 こいつは学んでいる。

 俺がやった事を学習して自分で応用してきた。


(魔人は何も考えてないんじゃなかったのかよ……?)


 明らかにゲームよりも賢い。

 こいつがたまたま賢い奴だったのか、そう訓練された奴なのか。


 ――それとも俺がこの世界に来た影響なのか。


(……今はどうでもいいな)


 魔人の追撃がすぐに来る。


 俺は集中し直し、周囲を見た。

 すると走ってくる魔人が見えた。


 魔人は森の木々を巨大な体躯で薙ぎ倒しながら、ありえない速度で突進してくる。


 数秒後には間合いに入るだろう。


 避けなければ本当にまずい。


(とにかく距離をあけねぇと……!)


 跳んで距離を取ろうと俺は脚に力を入れた。


 しかし――


(まじかよ……)


 空気が抜けるように脚から力が抜け、俺は片膝をついてしまう。


 魔人はもう目の前。


「ガアアアァァ!!!」


 とどめと言わんばかりの咆哮。


 そして、巨大な体躯から繰り出される魔人の鈍重な一撃を。


 俺は無防備に食らった。


………


 霞む視界。音は無い。


 魔人の一撃を受け一瞬消失した意識がゆっくりと戻っていく。

 また吹っ飛ばされて倒れたのか、見えるのは月明かりの差す星空。


(……綺麗だな)


 前世では都会の光で隠されてしまった絶景だ。

 まさかこんな所で死にかけながら見る事になるとは思わなかった。


 このままこの景色を見ながら眠ってしまいたいと、そんな感情が浮かんでくる。



――その視界の端に魔人が映った。



(ああ、そうだ……寝てる場合じゃねぇ)


 現れる現実に意識を引き戻される。


 手足の感覚は無い。

 剣は折れ、左腕は動かない。


 全身には打撲があり血も止まらない。

 足も立つのがやっとの状態だ。


(……ゲームの主人公達はいつもこんな中で戦ってるんだな)


 いつも悪いな。


 画面の中で戦わせてきたゲームの主人公達。

 この状態で戦う辛さを身に沁みて感じながら、自嘲気味に苦笑する。


(まじでギリギリだ)


 目の前には魔人。

 俺の攻撃は効かず、逃走も難しい相手だ。


「……」


 魔人は倒れる俺の前に立つ。


 そして俺の様子を確認すると。

 魔人は背を向けて歩き出した。


 戦闘不能だと判断されたのだろう。


「……おい、待てよ」


 俺は全身傷だらけの身体で立ち上がる。


 正直もう力は残っていない。


 だが右手は動く。

 力の無い脚でもまだ立てる。

 折れた剣も残った刃があれば十分だ。


 折角エルフィを助けると決めたんだ。


(社畜の粘り強さなめるなよ? こちとら死ぬまで仕事し続けたんだ)


 昔から一度やり始めた事は止まらない質だった。

 ゲームもそうだし仕事もそうだ。


 ――どうせなら


「死ぬまでエルフィを守るために足掻いてやるよ」


 俺は言う事を聞かない脚を引きずりながら。背を向け歩く魔人の脚に折れた剣を突き立てる。


 効果は無い。


 だがそれに気付いた魔人がこちらを睥睨してきた。


 全身全霊、その命を賭けて得られるのは魔人のほんの少しの注意と数秒だけ。


 魔人の拳が振り上げられる。


 もう成す術はない。


(俺はゲームの主人公にはなれないな)


 走馬灯だ。死ぬ直前、圧縮された思考が溢れ出す。


 これから俺は少女のために命を落とす。


 エルフィはちゃんと逃げ切れただろうか。


 いや、どうあっても正主人公がいつか何とかするはずだな。


 転生した奴としてはかなり短い人生だったが、少しだけ良い夢を見られたと思えば悪くない。


 俺はゲームの主人公の世界を救いたいだとか、時代を変えたいだとか、夢を叶えたいだとか。そんな高尚な目的を持つ主人公達の気持ちは分からない。


 でも、守ると決めたものを命を賭して守る気持ちは多少理解できた。


「グガアァ!!!」


 魔人の拳が振り下ろされる。


 死。


「『支援ギフトアブソリュート』!!」


 魔人の拳が振るわれるその刹那。

 エルフィの声が聞こえた。


 スキル『支援ギフトアブソリュート』。

 それを与えた者に絶大な力を与えるエルフィの力。

 この力でアレンは上に上り詰め。

 主人公は世界を救った。


 アレンが使ってはいけない力。


(エルフィは本当に良い奴だな)


 おそらく俺は彼女にとって最も嫌いな人間だ。

 にも関わらず彼女はここに居る。

 

 身体が淡く光り、力が漲る。

 全身から発せられる痛みは消えた。


「『剣戟強化インテンシファイ』」


 そして、俺は振り降ろされた魔人の腕を吹っ飛ばした。

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