ウィンド・マスターズ 異色の風使いたち

5-2 刀作りの光景

　任務許可を得た次の日の放課後、咲羅たちは風子学園の北西エリアを歩いていた。

　木々の新緑が作り出す木漏れ日が土の地面に揺らめいている。夏を思わせる陽気の中、影を進んでも首筋に汗が滲むが、時折拭く風に、咲羅たちは小さな安堵のため息を漏らした。

　大学部エリアよりもさらに北西へ、森の中を進んでいくと、鈍色の人工物が姿を現した。それは高さ三メートル、忍び返しがついた堅牢な外塀だった。

　外塀の手前で、舞弥が何かを見つけた。

「あ、あれではありませんか」

　舞弥の指差す方に視線をやると、瓦葺きの木造家屋があった。石を積み上げてできた煙突が側面に付いており、そこからもくもくと白い煙が上がっている。かつて白かったはずの石も、今は煤と土埃で黒ずんでいた。

　さらに近づくと、開いた戸口から、カン、カン、カンと金属を叩いた時に出る高い音が一定のリズムで聞こえてくる。

　中を覗くと、熱風が咲羅の顔を包む。そこには、長さ八十センチメートルほどの大槌を、炎を纏いながら赤白く光る金属に向かって打ち下ろす男性が一人。その奥には、金属の熱が到達していない部分を左手で握り、右手で小槌を持つ小柄な少年が一人いた。

　少年は、右側に置いてある水を張った桶の中に小槌を入れた。小槌に纏った水を金属にかけると勢いよく湯気が立ちのぼる。槌で打たれるたびに、金属から火花が散る。金属はどんどん伸びていく。徐々に炎が落ち着き、金属の色が白から黄色、黄色から赤へと変わるころ、少年の右手が止まった。

　小槌が二回連続で叩かれると、大槌が打ち下ろされなくなった。少年は、長細いその金属を右手に持ち替え、体の向きを反時計回りに九十度回転させる。自分の正面で燃え盛る炎を見つめると、その中に金属を差し入れた。そして、左手で炎と隣接してある四角い木の箱から飛び出ているＴ字の柄を掴み、引っ張ったり押したりしながら炎の温度を調節する。

　咲羅は、初めて目にする刀作りの光景に釘付けになった。

「しばらくかかるから、隣の小屋にいて」

　咲羅は、耳慣れない高い声が少年のものだと認識するまでに、一瞬の時間を要した。なぜなら少年は、その緑の眼をいっさい咲羅たちに向けることなく喋っていたからだ。

　いつ、こちらに気がついたのだろう。

　また、カン、カン、カンと高い音が聞こえてきた。

　咲羅たちは少年の言葉に従い、隣の小屋へ移動した。

「お待たせ」

　約二時間後、ようやく刀助が小屋にやってきた。

　すっかり待ちくたびれた咲羅たちは、畳が敷かれた部屋で、我が家のように寛いでいた。夕希に至っては大の字で寝ていたが、刀助が部屋に入ってきたことに気がつくと、ゆっくりと起き上がった。

「依頼のことだよね」

　部屋の隅に積み上げられた座布団をひとつ取った刀助は、咲羅たちのそばに座った。

　臙脂色の作務衣姿の刀助は、無造作に黒髪の頭をガシガシと掻く。

　髪と目、どちらかが黒い風人は、片親が外人――咲羅の義父母のように風人以外の人間――なのだと、ホダじいから聞いたことを思い出した。ホダじいも外人の母を持つそうで、若いころは黒髪だったと言っていた。

　刀助はいったいどちらの親が外人なのだろう。咲羅がそんなことを考えていると、刀助は頭を掻く手を止め、話しはじめた。

「いつもは事前に訪問の連絡がくるからさ、こんなに待たせることはないんだけど」

「まあ、そうでしたのね。それは失礼いたしましたわ。私たちこれが初めての任務なんですの。どうかご容赦くださいませ」

　自分たちの失態だったと気がついた咲羅と夕希は顔を見合わせると、慌てて崩していた足を元に戻し、背筋を伸ばす。

「ははっ、そんなかしこまらなくていいよ。今日の作業はもう終わったからさ。えーっと、桐夜さんと同じ橙色の目を持つお姉さんが春日夕希さんで、ピンク色のお姉さんが後藤家当主の三女、後藤舞弥さん、で、藍色の目を持つお姉さんが話題沸騰中の冴田咲羅さん、で合ってる？」

　名前だけに留まらない詳細な情報を知られていた三人は、目を白黒させた。

「任務許可が出た瞬間に、依頼主にも任務を受けた人の情報が届くんだ。もし、この人が嫌だなって思ったら変えられたりするんだよ。その様子じゃ、知らなかった？」

「刀助くん、詳しいんだね」

「まあ、基本的に任務を依頼してるか、受けてるかの生活だからね」

「もしかして、刀助くんもＤクラス？」

　Ｄクラスの沙智が授業にまったく出ていないことを咲羅は思い出した。

「うん。Ｄクラスは授業を免除されてるんだ。沙智とかはすごいぜ。あいつ、魔物狩りの任務ばっか受けて、任務達成率は百パーセントだからな。まあ、変わり者ばっかで周りから敬遠されることも多いクラスだけどさ、悪いやつらではないってことだけ伝えとくわ」

　刀助の言葉の端々には、Ｄクラスへの深い愛着が滲み出ていた。

「それで、今日は何の用だっけ」

　刀助の質問には、舞弥が答えた。

「任務のごあいさつと、あと、一つお伺いしたいことがありまして、濡羽鉱石とはなんでしょう」

「濡羽鉱石っていうのは、間山の洞窟から採れる濡羽色の鉱石のことだよ。最近、刀の試作品を作っててね、玉鋼と混ぜて、こう……いいかんじになる鉱石を集めてるんだ」

「すぐに見つかるものなのでしょうか」

「ちょっと奥の方まで行く必要があるけど、別に希少なものじゃないよ。濡羽鉱石は才の力を伝えやすいってことが分かってて、刀の強度を下げることなく玉鋼と混ぜることができたら、もっと強力な武器ができると思うんだ！」

　濡羽鉱石を使った刀作りのイメージがすでに明確にあるのか、刀助は興奮した様子で捲し立てる。

　その熱意を受けて、夕希が立ち上がった。

「よし！　あたしらにまかせろ！　三十キロでも四十キロでも五十キロでも取ってきてやるよ！」

「いや、取りすぎもダメだから……」

　自分より興奮している人を見るとかえって冷静になることがあるが、この時の刀助はそれに当てはまったようで、浮かした腰を降ろした。そして、急に思い出したように咲羅たちを指差して言う。

「あ、それだ。制服姿はおすすめしないよ。長袖長ズボンがいいね。あと、軍手とか懐中電灯とか……洞窟の地図もいるか。……あさって、土曜日で良ければ服以外は準備できるけど、どうする？」

「今日行くに決まって――」

「土曜日、に採掘に行かせていただきますわ」

　夕希の言葉は、舞弥の強い発言に遮られた。やる気を削がれた夕希は、うめきながら床に突っ伏す。

　夕希の素直すぎる反応に、咲羅たちは思わず笑みをこぼした。