ドラゴンズ・エルドラード

緑青セイヤ

第1話 おっさんの「金」玉を蹴り上げる

「申し訳ございません。あなたは冒険者にはなれません」


 俺に対して、冒険者ギルドの受付嬢のお姉さんが申し訳なさそうに頭を下げていた。


「はぁ~? いやいや、前来たときは十三歳になりゃ冒険者になれるって……」


 想定外の返事が返って来て、思わず間抜けな顔でポカンとしてしまった。

 だが、すぐに気を取り直して受付嬢のお姉さんの勘違いを正す。


「あ~ハイハイ! そういう事ね、完全に理解したわ。俺が小柄だから十三歳に見えないって事でしょ? こうみえても俺ぁ――」

「――十三歳でもダメなものは、ダメなんです」

「……はぁ~~?」


 もう何もわからんと困惑する俺に対し、完全に呆れ顔なお姉さん。


「えぇ~っと、そのですねぇ……」


 お姉さんは俺を可哀想な者を見る目で見つめながらも、流石に冒険者ギルドの顔であるプロの受付嬢としての職務までは放棄できなかったみたいだ。


「実はここ数年、冒険者になった孤児や若者の死亡率が大変問題になっていまして……。去年からこの水の都シャリオンでは、二十歳未満の若者が新規の冒険者登録を行うことを禁止する法律が出来ちゃったんですよ~」


 お姉さんが懇切丁寧に説明してくれたものの、バカな俺には難しい話は理解できず、


「…………はぁ~~~?」


 と間抜けな声を上げることしかできなかった。


 そんな俺を哀れんでか、お姉さんは子供に言い聞かせるように――面倒な法律が出来てしまった経緯について、簡単に説明してくれた。


 それをまとめるとこうだ。


 ここ水の都【シャリオン】はアル・メル銀砂漠の中という辺鄙な場所に建てられた巨大都市。そのため陸路がなく、この巨大都市に出入りするためには、船を使った水路か割高な飛竜便を使った空路しかない。

 そういった事情があるにも関わらず、地下に氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】を擁するおかげで世界第一位の規模までに大発展。今や、世界中の国や地域から冒険や出会い、一攫千金を求めて沢山の人や物が集中するほどに成長した。


 そして、ここで出会った男女が命懸けの冒険を経て、男女の関係になり子供をもうけ、増えた食い扶ちを稼ぐために更なる危険を冒し――命を落とす。


 結果、両親を失った孤児が大発生し、その孤児が自立して生きていくために未熟な冒険者になって死亡する。という最悪の悪循環が社会問題と化していたので、それの対策として二十歳未満の若者は新規の冒険者登録を禁止された、ということらしい。


 わかりやすい解説を聞き終わって、俺は大きなため息をつく。


「はぁ~~~ッ……んじゃ、俺はこれからどーすりゃいいんだよ。せっかくなけなしの全財産をはたいて、このナイフを買ったんだぜ? あぁ~誰か嘘だと言ってくれえ~」


 生活のため、生きるために職に就こうとした俺はいきなり出鼻をくじかれてしまった。


 俺の名前はゼファー。小人族ピースリングスと人族のハーフの十三歳男子だ。

 今いる場所は水の都【シャリオン】の新市街にある、冒険者ギルド【シャリオン支部】。


 その受付で無慈悲な門前払いをくらう俺を見て、ギルドに併設された酒場で飲んだくれるおっさん冒険者たちが笑っていた。


「はっはっは~残念だったな、これは嘘でも夢でもねえ。紛れもねー現実なのさ」

「ここは身の程知らずの乳くせークソガキが来ていい場所じゃないんだ。現実が理解できたのなら、さっさと失せろ」

「あっはっはっは!! ママのおっぱいでも飲んでねんねしてな! 大人しくお留守番してるのがお似合いだぞ?」


 俺は心の中で「うっせえなぁ~」と悪態をつきつつ、ここで引き下がるわけにはいかないと考えていた。だって、自分一人の力で生きていくためには仕事でお金を稼ぐ必要があるからだ。

 とりあえず、外野のうるさいおっさんたちは無視でいい。今は受付嬢のお姉さんに他の方法がないか尋ねるべきだな。


「……だったら冒険者以外の荷物持ち、ポーターにはなれねーの?」

「すみません。そちらも同様に去年から、ただ規制に関しましてはより厳しいものとなっておりまして……二十歳未満の若者がポーターとして活動すること自体が禁止になったんです~」

「マジかよぉ……」

「世の中には冒険者以外の職業もいっぱいあるんですから、まずはそちらで頑張ってみてはどうですか?」


 ニッコリと笑う受付嬢のお姉さんは、暗にここから出て行けと言っている気がした。


「他の職業って言われてもなあ……」


 バカな俺が生きる道など冒険者しかないってのに。

 まだ諦めきれない俺は、受付のテーブルにしがみついて何とか粘ってみることにした。


「実は俺ぁ、三十のおっさんでェ……ぐぇッ」


 俺に無視されたおっさんの一人が、俺が被っているフードをむんずと掴んだせいで首が締まる。

 気づかないうちに、背後まで近づかれていたらしい。


「うげえッ!?」


 おっさんによって後ろに引っ張られた俺は、無様に地面へと転がされてしまった。


「てめぇー! サッサと消え失せろって言われてるのがわか――」


 その瞬間、金髪アフロ頭のおっさんと目がバッチリと合う。


「――その目は……ッ! てめぇ~ッただのクソガキだと思ってたら、小人族ピースリングスだったのかッ!?」


 小人族ピースリングスの種族特徴はその名の通り、他の種族よりも体が小柄で子供の様な外見をしていること。しかしそれよりも目立つ特徴として、瞳の中にリング状の輪っか模様があることは特に有名だ。ただし、悪名としてだが。

 噂によると、それは魔眼で人を催眠状態にしたり、恐ろしい幻覚を見せたり、人の心の内を覗いたりできるらしいが所詮は噂。全部嘘っぱちだ。だって、俺の瞳にはそんな能力なんてなかったのだから。


(その噂を聞いた俺はすぐさま検証すべく……愛の魔眼とか、心変わりの魔眼とか、変化の魔眼とか叫んで試したもんだが……ただ恥をかいただけだった)


 ちなみに、その悪名高いリング状の模様は俺の右目にだけ入っていた。

 模様は人によって千差万別だが、俺の場合は丸いリングが瞳孔を囲むように円を描き、それの線上に重なるように短い直線が無数に刻まれたもの。しかも、よりにもよって金色なせいでかなり悪目立ちする模様となっていた。

 金髪アフロ頭のおっさんが激高したのはこれを見てしまったせいだろうな。


 せめてもの抵抗に、自分の右目を指さして叫ぶ。


「確かに俺は小人族ピースリングスだけどよぉ……ハーフだぜ!」

「あん? 一つでも二つでも、気色悪さはたいして変わんねぇだろうがッ」


 そう言って蹴りの態勢に入るおっさんに対し、俺は両手を前に突きだして降参する。


「待った待った、わかったっておっさん! くっそぉ~ここでこの切り札を使わされるとはなあ……ほら、右目をこうして閉じれば――どうだ、俺はヒューマンだぜ」

「アホかッ……通るかそんなもんッ!!」


 俺のとっておきの切り札は通用せず、おっさんの鋭い蹴りが俺を襲う。


「ぐッ……はッ!?」


 とっさに両腕をクロスさせて盾にしたとはいえ、俺の体は冒険者ギルドの入り口付近まで吹き飛ばされてしまった。


 床に這いつくばる俺にゆっくりと歩いて近づくおっさんが、小人族ピースリングスへの嫌悪を口にする。


「俺はな? 小人族ピースリングスのクソ共が大嫌いなんだよ。俺が見てきたヤツらは皆どうしようもねえ、クズだった……組織の金を懐におさめる小汚ねぇ盗っ人、薄っぺらい言葉で同情を誘おうとする詐欺師、約束や掟を平気で破る人でなし。テメエはどの種類のクズだ? ほら、黙ってないでなんか言ってみろ!」

「ぐあッ!?」


 再びおっさんの蹴りが俺を襲う。


 なんとか防御を試みるも、全てのダメージは殺せない。

 だが俺にも、言い返すぐらいの体力はまだ十分にある。


「俺は……俺はッ、クズなんかじゃねえッ!!」

「噓をつくな! 俺にはわかる、小人族ピースリングスは全員生まれながらのクズなんだよ!!」


 そう言って、また蹴ってくるおっさん。


「なにィッ!?」


 俺に脚をガシッと掴まれて驚くおっさんに、俺は声を張り上げて言い返す。


「俺はおっさんに恨まれるようなことはなにもしてねえーッ!? 誰かの金を盗んだことなんてねーし、薄っぺらい言葉で誰かを騙したこともねえッ! そもそも、ずっと一人だったからよお……約束とか掟なんか俺ァ知らねー! 俺は何も悪くねえーッ!!」

「あぁん? あぁ、テメエはクソガキだから分かってないんだな。だったら教えてやるよ……テメエら小人族ピースリングスは全員、生まれながらの性悪なのさ。何故そうなのかって? 先祖を含め、沢山の罪を犯してきた罰に決まってるだろ。つまり、存在そのものが――悪なんだよ!!」


 俺に酷い現実を押し付けるのと同時に、おっさんは強烈な拳でもって俺の頬を殴りつける。


「ぉぶッ」


 口内が切れたのか口の端から出血。地面にポタポタと滴り落ちる血を何となく見ていると、それがスローモーションに見えだし、沸々と腹の底から怒りが込み上げてくる。

 やられたらやり返さねーとだよなぁ!


 そう決意を秘めて、俺がおっさんを睨み返した時だった。


「おい、流石にやりすぎだ」


 おっさんの仲間だろうか。

 別の厳つい顔をしたおっさんが俺を殴ろうとする腕を掴んで仲裁していた。


「止めんじゃねーッ! まだ殴り足り――」

「――あっち見てみろ」


 厳ついおっさんが言うあっちとは受付カウンターの方で、受付嬢のお姉さんがこの騒動をジッと注視していた。


「ぐぅッ……だけどよッ!」

「お前、冒険者ギルドから罰金刑くらいたいのか? その金はちゃんと自分で用意できるんだろうな? 今度は建て替えないぞ?」

「……」

「もし払えなかった場合、お前は奴隷労働を課されてファミリー、ひいてはパーティーに穴を空けることになるワケだが……そこまでしてコイツをぶん殴りたいのか? もしそうしたいのなら、俺は無理に止めないが……」

「すまん、カルロ。酒の飲み過ぎでまた迷惑かけちまうとこだった……」

「分かってくれたならいいさ」


 ポンポンと金髪アフロ頭のおっさんの肩を叩きながら、カルロと呼ばれた厳ついおっさんは俺に向けて一枚の金貨を投げつける。


「おいクソガキ、これは迷惑料だ。受け取ったらさっさと消え失せろ。目障りだ」


 地面を転がる金貨――刻印は竜に乗った騎士――、俺に背を向けて席に戻ろうとするおっさんたち。


 俺は四発もぶたれたっつーのに、まさかたった一枚の金を恵んだ程度で終わりのつもりなのか。


(四と一じゃあ釣り合ってねーじゃんかよお!!)


 許しがたいクソオヤジめ。そんなはした金ではい許しますって、なるわけねーだろうが!!


 俺は出来るだけ音を立てずに起き上がり、俺を殴りやがった金髪アフロ頭のおっさんの背後に素早く近づく。


 狙うは男にとって一番の急所であり、一番屈辱的な部分。

 そう――金玉だ!!!


「隙だらけだぜ、オラぁ!!!」


 思いっきり振り上げた右足は見事に金玉を直撃。ぐにっと嫌な感触と手ごたえを感じたのと同時に、情けないおっさんの悲鳴が上がる。


「おひょッはほッひへほぉおおお~~ッ!?!?!?」


 股間を両手で抑えて、膝から崩れ落ちるおっさん。


「まだまだァ~、オラぁ! オラぁあッ!! オラぁあああッ!!!」


 ちょうど蹴りやすい位置に股間が降りてきたのもあって、つい連続で金的をぶち込んでしまった。ただこれ以上の追撃はまずい。厳つい方のおっさんがポカンとしている内に逃げた方がいいだろう。


 憂さ晴らしを終えた俺は脱兎の勢いで冒険者ギルドの出口へと直行。一旦、振り返っておっさんたちを指さし、


「おい、クソオヤジども! 床に落ちてる金は俺からの迷惑料だ、取っときやがれ!」


 と捨て台詞を残して表に飛び出した。


 最後にやり返したのは俺だから、これは俺の勝ちだな。ははっざまぁみろクソオヤジども。なんて思っていると、背後からカルロと呼ばれていたおっさんの怒り狂った声が扉越しに聞こえてくる。


「――とさかに来たぞッ!? おい、お前ら! 俺らガムラン・ノブレスファミリー全構成員に号令だ! ファミリー総出であのクソガキをとっ捕まえて、ホームに連れて来いとな!!」


 それからわずかに間を置いて、おっさんたちの怒号が続く。


「全く、あの小人族ピースリングスめ……自分が誰に喧嘩売ったのかわかってんのか。俺らはただの冒険者じゃねぇってのによお!!」

「世間知らずのクソガキにゃ、大人の世界ってもんを教えてやんねぇとなあ!」

「俺らガムラン・ノブレスファミリーを舐めたことを一生後悔させてやる!!」

「八つ裂きだぁあああ! ヒャッハァアアアーーーッ!!」


 カルロの指示はそれだけにとどまらない。


「おい、ここにいる冒険者ども、聞け! あのクソガキに懸賞金として、金貨六十枚出す! これは早い者勝ちだ。金が欲しいヤツは追え! 追えぇえええッ!!」


 流石に金玉を四回も蹴ったのはやり過ぎだったみたいだ。クソオヤジどもがめっちゃ怒ってる。

 でも、もう今更どうにもならねーし、まいっか。


 俺は冒険者ギルド前の長い階段を駆け下りながら、左右を見渡す。

 辺りに人の姿はあまりなく、人ごみに紛れて逃げることは不可能。ただ直線をそのままいって逃げても、大人の脚力には勝てそうにないし。

 また目の前には石畳が引かれて丁寧に舗装された道路。

 その更に向こうには小舟が行き交う水路。


 さて、ここからどうするか。


「いたぞぉ~ッ! まだあそこだ、追え追えーーー!!」


 背後を振り返ると、冒険者ギルドからクソオヤジどもがぞろぞろと湧き出ていた。

 ただどいつもこいつも酒が入っているのか、足取りは重そうでふらふら。


 しかし、一人だけやけに内股で足がプルプルしてる奴がいたので、よくよく見ると俺が金玉を蹴り上げた金髪アフロ頭のおっさんだった。


「あははっ金玉無事だったみてーだなあ、おっさん!」

「ククククソガキャぁあ~ッ!? そこを動くんじゃねぇぞぉ~、テメエにもこの痛みと屈辱を味合わせてやるからなぁ~ッ!!」


 その声を合図に、クソオヤジどもが一斉に階段を駆け下りてきていた。


「こっわ! こりゃ捕まったら俺の金玉、無事じゃすまねーな……」


 ひとまず、俺は目の前の石畳が引かれた道路を見る。

 それは荷車専用の道で、走っているのは複数の地竜がけん引する荷車。どれも重そうな積載物を載せていて、動きは早そうにはない。あれの後ろに掴まって逃げるのはなしだな。

 とりあえず、それらの間をスルスルと抜けて水路と道を区切る手すりの前へ。


「あれ……意外とたけーな」


 手すりにつかまりながら上から水路を見下ろしてわかったけど、これはざっと平均的な大人三人分くらいの高低差がありそうだ。すぐ近くには水路に降りるための階段もあるし、結構遠めだけど対岸に渡るための橋もあるにはある。


「ん~どうすっかなあ……お? 舟がいっぱい並んでらあ」


 俺の目に飛び込んで来たのは大勢の人を運ぶ定期便。他には少数の個人を乗せる個人舟が岸に横付けしていたり、ゆらゆらと行き交っていたり――その手があったか!


「そっかあ! 小舟を飛び渡っていけばよお……あとは対岸に渡って、とんずらすりゃいいだけだぜ! ヒィャアーハッハッハァーッ!!」


 俺は手すりに乗り上げて、背後を振り返る。

 クソオヤジどもはすぐ近くに迫っていて、考えている時間はなさそうだった。


「待ちやがれぇエエエーーーッ!!」

「待つもんか、バーーーカ!」


 そう叫び返しながら、まず大型の定期便の屋根に飛び乗る。

 その際、バキッと足元から嫌な音。俺の軽い体重でこうなるということは、どうもこの屋根は意外と薄いらしい。


 次の瞬間、フッと俺に大きな影が重なり上を見上げると、こちらに飛び乗ろうとするクソオヤジたちの姿が見えた。


「やべっ!」


 とっさに前転すると、俺がいた場所にクソオヤジたちが続々と着地する――と同時に屋根をぶち抜きながら、舟の中に落ちて行った。


「あっぶねえー! まさか小柄な体のおかげで助かるなんてなあ……」


 それから、小舟から小舟に飛び移ること数回。大体五、六隻の小舟を経由して見事、水路を強引に渡り切ってみせた。


 十分に距離を稼いで逃走が確実になったため対岸の様子を伺うと、俺が金玉を蹴り上げた金髪アフロ頭のおっさんが手すりの前で大声で喚き散らしていた。


「おいクソガキィ! まさか、俺らガムラン・ノブレスファミリーから完全に逃げきれるとでも思ってんのかー!?」

「あぁ? さっきからファミリー、ファミリーってうっせーなあ! ただのとろいおっさんの群れがカッコつけんな!」

「てめえー……本当に何も知らねぇのか! ったく、簡単に説明するとだな……俺らは泣く子も黙るコエー大人の集団ってこった!」

「んーそう言われてもなあ……金玉蹴られて情けねー悲鳴上げてるおっさんなんか、俺ァ全然怖くねーよ。そう思えば、何か余裕で逃げ切れる気がしてきたぜえー!」


 俺は大きく手を振りながらそう返した。


「あのなぁ~ッ、冒険者にすらなれねぇクソガキ一匹がこの陸の孤島から……どうやって脱出する気だあー!?」

「あーそれ考えてなかったわー!」

「悪いこたぁ言わねえー、今の内に戻ってこーい! 今なら、俺が上に掛け合って金玉潰すのは勘弁してやるー!!」


 確かにおっさんの言う事は一理ある。

 この水の都【シャリオン】から脱出できなければ、ここ自体が鳥かごの様なもの。だったら、そもそも逃げ場などないも同然かもしれない。

 ただ金玉しばかれるのは痛いし、ダサいし、カッコ悪いし、屈辱的だしで絶対に避けたいところ。


 俺は思い切って、自分の正直な気持ちを打ち明けてみる。


「はぁ~何とかデコピンくらいで手打ちになんねーかなあー、金玉のおっさーん!」

「誰が金玉のおっさんだあー!? 俺の名前はボルゴル・デーンだ。あとテメエ、俺の金玉四回も蹴りやがったくせに、デコピン程度で安く済ませようとすんじゃねえー!!」

「それもそっか! じゃあ俺ァ、頑張って逃げ切れる方に賭けることにするぜえー!」


 そう言って、その場を後にしようとする俺に対して、酷く焦ったおっさんが呼び止めてくる。


「待て待て待てえェエエエーーーッ!!! 今なら俺ら下っ端冒険者を怒らせただけで済むんだって! もしこの騒動がボスの貴族様に伝わって、メンツを潰されたと知られちまったら……マジヤベーんだって! もう捕まったら金玉だけじゃすまねーことになるぞおー!? 胴体と首がおさらばしちまうぞお、それでもいいのかあー!??」

「あー大丈夫、きっと何とかなるって思い込むことにするぜー! まーもし捕まったら、そん時にどうするか考えるわー! 心配してくれて、ありがとうなあ――ゴールデン・ボールのおっさーん!!」

「ボルゴル・デーンだ!!! 人の名前はちゃんと覚えろ、クソガキィイイイーーーッ!! もうどうなっても俺、知らねーかんなーーーッ!!!」


 俺が金玉蹴り上げたおっさんが意外と優しいことが判明して、心の良心がわずかに痛む。いつか金玉の借りを返せたらいいなと思う。いや、きっと返そうと誓った。

 でも今は、俺の可愛い金玉を守るためなんだと言い聞かせつつ、足早にその場を離れることにした。

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