第37話 ヤミの神様の話~禁忌の4項目~1

「ね、ヤミ。今日も神様の話して」



仄かな月明かりしか射さない静かな夜の独房に、控え目に反響する火置ひおきさんの声。ベッドに横になった時の彼女の声は、昼とは違って不思議な甘さを含んでいる気がする。


僕が勝手にそう感じているだけなのか、彼女自身があえてそうしているのか、もしくは横になっていて大きな声を出せないことがそうさせるのか……。真相はわからない。


「……もちろん、いいよ」



子供の頃から必死に考えてきた『僕の神様』の話を聞いてくれるというのに、断るなんて選択肢は存在しない。本当は、徹夜で話したいくらいだ。


というか、わざわざ僕の神様の話を聞きたいなんて言うちょっと頭のおかしい特殊な人間は、この地球上で火置さんたった一人だけだと思う。


……両親だって『神様の話はやめなさい』と言っていたし、当然学校のクラスメートも全員この話を嫌がった。



「今日は『天国と地獄』みたいな話が聞きたい。あなたの教義には死後の世界の話はないの?」


「あるよ。でもその話をするには、『禁忌の4項目』について話す必要がある。実はチェックリストの話には続きがあるんだ」


「え、そうなの?99個じゃなかったっけ?えっと……そう『光と闇を分けるチェックリスト』だよね?」



99項目でできている『光と闇を分けるチェックリスト』は、僕が考えた『神様』の教義の主軸となる内容だ。


その人の行動や考え方を評価し、善か悪かを分けるために用いられる。半分以上にチェックがついていれば光側だとみなされ、『善なる人である』という評価になるのだ。



「そう。『光と闇を分けるチェックリスト』はいわば基本の項目。ざっくりと人間性の善悪を区分するもの。一方『禁忌の4項目』は、一つたりとも絶対に該当してはいけない。文字通り『禁忌』の内容なんだ」



<禁忌の4項目>

意図的な殺人(自殺も含む)※

強姦

精神を殺す行為(いじめ、洗脳など)

人間以外の生き物を意味もなく害する行為



「これらに一つでも該当したら……即地獄行きが決定することになる。

つまり僕の教義では『光と闇を分けるチェックリストの99項目を半数以上満たすこと』と『禁忌の4項目に一つも該当しないこと』が天国行きの条件となるんだ」



黙って僕の話を聞いている火置さん。うつ伏せ状態で頬杖をついたまま、微動だにしない。……そういえば彼女、チェックリストの話は嫌いなんだっけ?僕は彼女に問いかける。


「……大丈夫?どうかした?」


「…………ヤミ、やっぱり私は救世主じゃない。地獄行きが確定したわ」


「………………え?」


「『殺人』。したことがある。もちろん快楽殺人ではないけど。したことがある」



少し驚いたけど……でも、不思議と嫌悪感はなかった。


火置さんとの会話の内容や態度……そこから想像できる性格を考えても、彼女が何の意味もなく殺人を犯すとは全く思えない。何か、『やらなくてはいけない』それ相応の理由があったのだろう。


「………それは『時空のひずみ』と関係がある話?」


「ま、そうね。前も言った通り、時空のひずみが生じるとこの世に悪いものが生まれやすくなる。悪意の塊のような人間や、凶暴な動物。『悪の権化』みたいな存在。

そういったものを……倒したことはある。倒したっていうと聞こえが良くなるけど……。正確に言うと『殺した』ことがある」



やっぱり。


つまり、世界のために戦った……ということか。…………彼女はどんな感じで悪と戦っていたんだろう。すごく気になる。



「……不可抗力って感じではあるな」


「だけど、そのチェックリストが言うのは『意図的な殺人』でしょ?正義のための殺人を許容するとは言ってない。そもそも私自身は……正義のための殺人なんてないと思っているけど」


「でも、僕の考える『意図的な殺人』には注釈があるよ。『生存するための行為は除外する』。

だから正当防衛とか、生きるために必要な場面は含まないんだ。そういったケースで行われるやむを得ない殺人は、地獄行きに該当しない」


「ずいぶんと都合がよくない?」


「そうかな?でも、野生の動物だって同じだろ?自分が生きるためには相手を殺さなくちゃいけない。

食べることもそうだし、襲われたり、巣に近づかれたりした場合もそうだ。『生命が脅かされることに対する防御』その結果の殺人は、悪にはならないよ。それなら地球上の生き物の殆どが悪になってしまう」


なるほど、と彼女が呟く。さっきよりもスッキリした顔をしているから、彼女的にも受け入れられる理論だったんだろうか。


「野生動物を基準にする考えは、嫌いじゃないかも。私は自然主義者だし」


「……それはよかった」


僕は火置さんと意見が違っても全然構わない。構わないどころか、なんで反対なのか話し合うのだって楽しい。


それでも、彼女が賛成してくれるとやっぱり嬉しい気分になった。

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