口喧嘩

「うわ………ほら、そうやって人のこと品定めしてたんだ。やっぱりやな感じ」火置さんは目を細めて僕に言う。


でも『やな感じ』って言われてもな。僕はただ、気になったからチェックリストに当てはめて『その人が光か闇か』を見ていただけだ。


チェック以上の事はしていないし、例えば『闇側だったから意地悪する』とか、そういったこともしていない。結果を見て『ああ、そうか』と思う、本当にただそれだけだったんだ。



「……人聞きの悪い……僕に近づくなんてどんな人だろうって、単純に気になっただけだよ。君だって、人の好き嫌いはあるだろ?」


「あるけど、チェックリストで判断ってどうなの?それだけでその人の全てはわからない。テストみたいにチェックして人のことをわかった気になるのは傲慢よ」


「別に一度きりの行動のみで判断するわけじゃない。多分君が思う以上に厳密に判定してるよ?」


「『判定』って言い方に引っかかるんだよなぁ……私が気にし過ぎなのかしら」顎を触りながら、彼女は言う。


「君は……細かいんじゃない?」


「なっ!!」少しのけぞる火置さん。金のイヤリングがピヨンと跳ねた。


「誰しも少なからずそういうことをしてると思うんだ。この人はどんな人だろう、付き合う価値のある人間なんだろうかって……見定めているだろう?君は『チェックリスト』って言葉に惑わされてるだけだと思う」


「チェックリストがあることで、柔軟な見方ができなくなるってのはあると思うけど!」彼女の口調に熱が帯びる。怒っているんだろうか。


「君って結構……頑固だし文句言いだね」僕は素直に彼女に対する感想を述べた。


……が、そのことが彼女を更にヒートアップさせた。


「!?おかしな思想をもってるあなたに言われたくないよ!?」


右手の人差し指を立て、僕に迫る火置さん。左手を腰に当てて立ち上がり、こっちを睨む。


そこまで本気には見えないけど……にしてもやっぱり火置さんは、それなりに『怒って』いるみたいだ。



僕は過去を思い返す。誰かにこうやって怒られたのって、いつぶりだろう?


僕の話が聞きたくないのか、僕の悲劇に巻き込まれたくないのか――僕の周りの人は『僕を避ける』といった感じで、こうやってハッキリと物を言ってくれる人はいなかった。


自分に対してストレートな感情をぶつけられることに、ちょっとした心地よさを感じる。『心の交流』って、こういうことを言うのかな?




……なんだろう、すごく楽しくなってきた。


「……………………ふっ」


「??」


「ふふ、ははは!!」


自然に笑ってしまう。楽しい。


「ちょっと、何笑ってんの…………」


彼女は明らかに困惑している。気味悪がってる……とも言えるかも。でも、止まらない。笑いが止まらない。


「つい……楽しくて……」


笑いすぎて涙目になってきた。人差し指で目の端に溜まった涙を拭きながら、火置さんを見る。彼女は眉を下げて困った顔をしながら僕を見ている。


「楽しい?軽い喧嘩じゃない」


「喧嘩できることが、楽しい」


僕の返事を聞いた火置さんは一瞬呆気にとられたようだったけど、ふっと優しい表情になった。


「…………ヤミ、笑えるんだね。ずっとぼんやりした顔してたから、笑えないんだと思ってた。笑ってる顔、素敵だよ」


「……ありがとう」


「笑う門には福きたるってね!きっと明日も楽しいよ」宇宙色の瞳をキラキラと輝かせながら、彼女は言う。


「たしかにね。毎日楽しくて、最後には神様の所に行けるなんて、僕は世界一の幸せ者かもしれない」


「…………そう思えるなら幸せね」




なんとなく会話が終了し、僕達はそれぞれの時間を過ごしていた。


ふと気づけば、窓から見える空に夕闇の気配が忍び寄る。今何時かなと時計を見やると、針は17時半を指すところだった。


唐突に三回ノックの音がなる。扉の小窓を覗くと、その日の夕飯が届けられていた。


夕飯はしっかりと二人分用意されていて、彼女がこの部屋で生活することが正式に許可されたのだということを、改めて実感する。



僕はベッドに腰掛けて、彼女はデスクのチェアに座って、自分の夕食を無言で平らげる。ちなみに今日のメニューは、ホイコーローと小松菜の煮浸しと大根の味噌汁と麦ごはんだった。




「そういえば、カミサマは私について何か言ってた?私のことを認識しているなら……私の個室は用意してくれないのかしら」


「え、個室に移動したいの?」


そんなそぶりを見せていなかったから全然気づかなかった。そうか、火置さんは個室に移動したいのか。


「……あなた、自分が男だってわかってる?ずっと家族以外の男の人と同じ部屋っていうのは、私の気が休まらないわよ?」


「僕は君に指一本ふれないよ?」


「!それは安心だけど……あなたがよくても私が気にするよ!おちおちいびきもかけないし、お尻もかけない」


「夜たまに目が覚めたけど、君は静かに寝てたよ。とにかく、そんなこと気にしなくていいよ」


「そういうことを言ってるんじゃなくて!」


「?じゃあ、どういうこと?」


「あなた、天然なの……?」



彼女がなんとも形容のしがたい顔で僕を見る。微妙な沈黙が流れる中、再度ドアがノックされた。二人で扉の方を見ると、看守がもう一台のベッドを届けにやって来たところだった。



「助かった。今日からまたベッドで寝られる」


「ベッドをくれるなら、別室を用意してくれればいいのに……」


「……今度のカミサマ面談でお願いしてみるよ」


「……よろしくね」


僕はキャスター付きのベッドを独房の扉を塞がない位置に移動させ、仰向けに寝転がる。



彼女は自分のベッドで長い間書き物をしているようだった。僕はといえば、今日あったことをなんとなしに思い返していた。


今日も色々な事があった。火置さんと『僕の神様』の話をして、その後『カミサマ』との面談があって、火置さんとちょっとした喧嘩をして、二つ目のベッドが届けられて……。


明日は何があるんだろう。楽しみだな。




やがて消灯時間になり、部屋の明かりが落とされる。


「ヤミ、おやすみ」


「……おやすみ、火置さん」


僕達はそれぞれのベッドで、深いまどろみの闇の中に沈んでいった。

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