届けられた音声データ

 ――牧野周平のギャラリーにおいて、のちの検証作業のために録音(鋭い雑音)……すべてを記録……右園死児的……妨害の可能性(雑音)……田島茜。では、ギャラリーの調査に移る。すでに武装警備隊八四丙班が展開している。収容されている右園死児は、いずれも重要汚染体、最重要汚染体レベルの個体だ。牧野なりに封印措置を施しているが、出来の悪さに吐き気がする。核汚染物質を市販の金庫に入れるようなものだ。大事故が起きなかったのは奇跡でしかない。

 ――田島主任。ちょっといいですか。

 ――な(雑音)

 ――……あの三田倉九が残存しているとは。主任の読み通りでしたね。

 ――報告体系から申請取得できる詳細資料が少なすぎた。しかも遺体も勲章も、研究対象になった形跡がない。権力者の横槍を疑うには十二分だ。

 ――政府や軍部のお偉方は知っていたのでしょうか。三田倉が牧野に盗まれたことを。

 ――知っていたわけがない。普段から牧野を甘やかしていたツケだ。敬愛する英雄を愛玩化された。

 ――私には、とても信じられません。一人の官僚にここまでの強権を与えてしまうなんて……。この施設も、本当に牧野が独断で作ったのでしょうか。別邸とはわけが違う。まるで軍事基地です。

 ――……。

 ――建造資金はどうしたのでしょう。どこかから引っ張ってきたのでしょうか。政府予算からとか……税金でしょうか。

 ――金の話などどうでもいい。右園死児だ。

 ――すいません(長い雑音)……主任。私にはどうしても、牧野周平が国家的価値のある優秀な人間には思えないのです。この醜態……あまりにもお粗末です。三田倉九にしてもそうです。彼らの末路は小物じみていて、哀れでさえある。

 ――同感だな。牧野も三田倉も、取るに足らんクズだ。

 ――ならばなぜ……。

 ――途中までは、優秀だったのだろう。主に汚れ役としてな。右園死児対策の最も暗い場所で、人倫にもとる思考と決断を重ねて成果を上げた。人死にが出る、政治家や高級軍人が嫌がる決定を、代行した。老人どもの英雄信仰の正体だ。自分の代わりに魂を汚してくれる人柱。

 ――それが、三田倉と牧野……。

 ――大義や特権的暴力に酔える、異常者にしか務まらん立ち位置だ。しかし結局、二人とも全うはできなかった。

 ――老齢や死期が近づくにつれ、それまで恐れていなかったものを恐れるようになった。悪行の報い。自身が滅びた後にも続く、右園死児の災害。

 ――恐怖を抱いた狂犬ほど哀れなものはない。誰よりも取り乱し、冷徹な頭脳は焼けつき、馬鹿な行為に走る。それがこのザマだ。終わり悪ければ、すべて悪い。

 ――……。

 ――三田倉九の調教を始めるぞ。針の穴ほども気を緩めるな。

 ――……。


 ――主任……。待って……。待ってください……(雑音)おかしいですよ。あなたらしくない。右園死児を……兵器利用するなんて……封印用生体七号の時だって(雑音)あんなに(雑音)怒ったのに(悲鳴)……ああ。そうか。少し。ほんの少し。

 ――怖かったんですね。主任……。


 ――……。なるほど……三田倉九を収容していた檻は……廃棄案件の、右園死児だったか……。自認識潜没ヘルメット……災害誘引力で…………故障している……。

 ――制御不能だ。三田倉九……。万全の態勢で装着させたのに……発狂している……。私が殺されれば……無人の施設から、外に出て行く……。それだけは、阻止せねば……。だが……足が……。動けん……。

 ――不本意だが……軍の総合回線に、この施設の座標を送った……。収容所から持ち出した、資料と、右園死児の場所も……。やむを得ん……他の者に、託すしかない……。

 ――確かに……確かに不満だ……確かに、私は右園死児を、理解できなかった。右園死児に、それも最もくだらんクズのようなやつに、殺される。……あの女の言ったように……右園死児になっていれば、避けられた結末だったかもしれない……。

 ――……だが、そんなものは、クソだ。人であることを放棄した負け犬として生きさらばえるくらいなら、この血まみれの監獄で死ぬ。

 ――……こ……これでいい…………これで……いい…………。


 ――田島さん。

 ――遅かった、なんて、言わないでくださいね。来るつもりじゃなかったんです。ただ……兄が、このままだと、こちらに来れないようなので……。

 ――予感と、仲良くなった軍の人の助けで、ここへ。……田島さん。あなたの結果は変わらなかったけれど、もう大丈夫ですよ。三田倉九は、私が、抑えましたから。あなたが弱らせてくれたおかげですよ。

 ――あなたの意志を、届けてあげる。戦う人達のもとに。

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