第27話:太陽の子(ティダヌファ)


 ぼくはひとりっ子だけど、本当は妹がいるはずだったんだよって、おばぁから聞いたことがある。

 ぼくの妹になるはずだった子は、ぼくがまだ赤ちゃんのころに、ママのお腹の中で死んでしまった。

 そのせいでママは心配性になって、ぼくが保育園に通っているころは、ちょっと転んでケガをしたくらいで休ませたりしていたんだよ、ってパパが笑って言っていたっけ。


 だから母上がリッカにぃにぃをすごく心配するのを見て、あ~ぼくのママも前はこんな感じだったんだなぁって思ったよ。

 そんなママも、ぼくが小学校に入ってからは、心配性は少しずつなくなったみたい。


 ぼくはほとんどカゼもひかずに育ったから、おばぁは「太陽の子ティダヌファ」と言っていたよ。

 太陽の子ティダヌファは、健康に育つ子供のことを言うんだよって教えてくれた。

 もうひとりのぼくも、たぶん健康な子供だったのかな?

 母上がリッカにぃにぃばかり心配するってことは、そういうことなんだろうってぼくは思う。


 もうひとりのぼくは、ぼくの世界でパパとママに会ったかなぁ?

 ぼくの代わりに、パパやママやおじぃやおばぁにかわいがってもらえるといいね。



 雲の無い青い空、波の無い青い海。

 ぼくは白い鳥になって、水平線をめざして飛んでいた。


 沖縄では人は死ぬと白い鳥になり、海の彼方の楽園ニライカナイを目指すと言われている。

 それはたぶん、ヤイマ国にも言い伝えられているはず。

 ぼくは死んだのかな?

 悪いオジサンにナイフで背中を切られて、たくさん血が出てしまったから。

 人間は体の中からたくさん血が流れ出てしまうと、生きていられないって何かの本に書いてあったよ。

 ぼくはリッカにぃにぃの魔術マジティーで城に帰ったあと、ホッとしたらだんだん気が遠くなって、あとはどうなったか覚えていない。


『そなたは、まだこちらへ来てはならぬ』


 ふいに、ぼくの心の中に不思議な声が流れこんでくる。


 どこまでも青い空と海を見ながら飛んでいると、ぼくの進む先に弥勒ミルクさまが現れた。

 ほほえみをうかべる白い顔、大きな耳、黄色い衣もそっくりそのまま。

 島人なら豊年祭の行列で見るからよく知っている姿の弥勒ミルクさまだ。

 弥勒さまが言う「こちら」が海の彼方の楽園ニライカナイのことだと、ぼくはすぐに分かった。

 五穀豊穣ごこくほうじょうや幸福をもたらす弥勒ミルクさまは、海の彼方の楽園ニライカナイの神様だ。


『せっかく本来在るべき世界へ帰したのだから、もっと長く生きなさい』


 えっ? 

 ぼくはまだもとの世界に帰ってないよ?

 弥勒ミルクさまの言葉を聞いて、ぼくは思う。


『そなたは、本来はヤイマ国のナナミなのだよ』


 それを読んだように、弥勒ミルクさまは答えてくれた。

 その言葉で、ぼくは自分がなぜ魔術マジティーを使えるのか、もうひとりのぼくがなぜ使えなかったのか、その理由が分かった。


 本当は、ぼくがナナミ・シロマ・ユーマンディに生まれるはずだったんだ。

 もうひとりのぼくは、城間しろま七海ななみになるはずだった。

 どうして逆の世界に生まれてしまったんだろう?


『そなたとリッカを結びつけるためには、兄弟ではない者に生まれる必要があった。だからイリキヤアマリにたのまれて、わたしがあちらの世界のそなたと入れかえたのだ』


 たしかに、もしもぼくが最初からこの世界で第七王子に生まれていたら、母上にかまってもらえず乳母に育てられて、リッカにぃにぃをうらんでいたかもしれない。

 でも、どうしてリッカにぃにぃとの結びつきが必要なの?


『そなたはクイツバの力を強く受けついだ子、アカハチの力を受けつぐ子と力を合わせることで、この国を守る強い力となるだろう』


 弥勒ミルクさまの話を聞いて、ぼくがなぜ赤いかみではなく黒い髪なのか分かった。

 クイツバさまは、黒髪くろかみだ。


『ヤイマは小さな国、領土りょうどうばわれぬように、強い魔術マジティーを他国に見せてやりなさい』


 ぼくは、それがお祭り最後の魔術のお披露目ひろめのことだと、なんとなく分かった。

 リッカにぃにぃとぼくは、夜に光魔術を使った花火を見せる予定だ。


『分かったなら、帰りなさい。そなたのマブイぶ声が聞こえてきたぞ』


 弥勒ミルクさまはそう言って、ぼくの後ろを指さした。

 後ろから、声が聞こえてくる。


魂よマブヤー魂よマブヤー戻ってこいウーティクーヨ

魂よマブヤー魂よマブヤー戻ってこいウーティクーヨ

魂よマブヤー魂よマブヤー戻ってこいウーティクーヨ

魂よマブヤー魂よマブヤー戻ってこいウーティクーヨ


 リッカにぃにぃの声だ。

 母上の声も聞こえてきた。

 あと2人の声は、ぼくたちの世話をしてくれている女官にょかんたちかな。


 白い鳥になっていたぼくは、くるりと向きを変えて、その声たちに導かれるように自分の体へと帰っていった。



 ポタポタと顔に水がかかるのをなんだろうと思いながら、ぼくは目を開けた。

 最初に見えたのは、大粒の涙をこぼしているリッカにぃにぃだ。


 誰かのあたたかい手が、頬にふれている。

 その手は誰かと思ったら、泣いている母上だった。


 左右の手を誰かがにぎっている。

 それは誰かと思ったら、女官たちだった。


 さっき聞こえた声の主たちは、ぼくの体にふれながら魂戻しマブイグミの言葉を唱えてくれていたんだね。

 ぼくを抱くリッカにぃにぃの体のぬくもり。

 頬にふれる母上の手のぬくもり。

 両手をそれぞれにぎってくれている女官たちの手のぬくもり。

 その温かさが、なんだかうれしくなって、ぼくは言ったよ。


「ありがとう。ただいま」


 ってね。



※挿絵

https://kakuyomu.jp/users/BIRD2023/news/16818093083693457989

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