第25話:南風(パイカジ)


「ねぇリッカにぃにぃ、ここはどこ? お祭りの屋台がないみたいだよ?」


 リッカにぃにぃの魔術マジティーで目的地に着いてすぐ、ぼくは辺りを見回して聞いた。

 そこは船着き場で、大きな木の箱がいっぱい積んである。

 ぼくの島にもある、貨物船の港みたいだ。


 この世界に来てすぐお城へ連れて行かれてから、ぼくは出かけたことがない。

 ずっとお城の中にいたから、お城の庭と練習場しか、外に出たことがなかった。

 初めて出た、お城の外。

 リッカにぃにぃの魔術マジティーで移動した先は、なぜかお祭りの会場からはなれた港だった。


「あぁしまった、お祭りの会場を知らなくて、頭にうかばなかった……」


 リッカにぃにぃが頭をかかえてつぶやいている。

帰還ケーラ】は行きたいと思う場所へ魔力のトンネルを作って移動する魔術なので、よく知らない場所へは行けない。


「ごめんな、ナナミ。オレは今日までほとんど城から出たことがなかったんだ」

「この場所は、なぜ知っているの?」

「父上が外交で出かけるときに、家族で見送りをする港だからな」


 リッカにぃにぃは病弱で、今までお城の外にはほとんど出ていなかったらしい。

 お祭りも御嶽オンの神事しか見たことがなくて、今までいつも先に帰されていたんだと話してくれた。


「まあ、だれかに聞けば教えてくれるだろう。ほら、ちょうどあそこに人がいるぞ」

「まって」


 リッカにぃにぃはそう言って、木の箱の近くにいるオジサンに近づこうとする。

 でもぼくは、あわててそれを止めた。


 木箱の間で、なにかゴソゴソやっているオジサン。

 それはまるで、なにか悪いことをしているように見えたんだ。

 ぼくは前にコンビニで万引きしている人を見たことがあって、その人と今あそこにいるオジサンの様子がソックリなんだよ。

 その時の万引き犯は、店員に気づかれて警察に連れて行かれた。


「にぃにぃ、あの人はやめとこう。他の人に聞いてみよう」

「ん? ナナミが言うなら、そうするか」


 ぼくはリッカにぃにぃの耳元に口を近づけて、小さな声で話した。

 リッカにぃにぃはキョトンとしたけど、オジサンに道を聞くのはやめてくれた。


 あのオジサン、なにかイヤな感じがする。

 早く港の人に「あやしい人がいる」って言いに行こう。

 リッカにぃにぃの手を引いて歩き出そうとしたとき、ぼくはだれかに背中をなぐられた。

 なぐられた、と思ったけど、ちがった。


「ナナミ!」


 リッカにぃにぃが、あわててぼくを支えてくれた。

 足もとにボタボタと落ちたのは、赤い血だ。

 背中がものすごく痛くて、そこから血が流れ出ているみたい。


大風ウフカジ!」

「うわあ~っ!」


 切られたと分かったのは、ぼくを支えながらリッカにぃにぃが放った魔術に飛ばされたヤツが、片手に血まみれのナイフを持っていたから。


 リッカにぃにぃは2発目を放とうとしたけど、真横から飛びかかった別のヤツに口をふさがれてしまった。

 支えてくれていたリッカにぃにぃが引きはなされたから、ぼくは血だまりの中に転がった。


「おい! ガキに見られたぞ!」


 リッカにぃにぃの口をふさいでいるオジサンが、箱の間でゴソゴソしていたオジサンに言っている。

 リッカにぃにぃはぬけ出そうとあばれているけど、力が弱くてかなわない。


「その赤いかみ、そいつはヤイマの王族だな。そっちの黒髪くろかみのガキは、魔術が使えない落ちこぼれ王子か」


 箱の間にいるオジサンが言う。

 その言葉で、ヤイマ国の人間じゃないなって分かる。


 外国人だ。

 日本語を話しているから、日本ヤマトから来たのか。

 でも、なぜこんなことをするんだろう?


「見られたのはマズイな」

「しばり上げて木箱に閉じこめろ。爆発ばくはつに巻きこんでしまえ」

「そうだな。まとめて爆破ばくはするか」


 爆発?!

 じゃあ、木箱の間でゴソゴソしていたのは、爆弾をしかけていたの?!

 まるで探偵たんていアニメみたいな話に、ぼくはビックリしてしまった。


 港が爆破されたら、船が入ってこれなくなる。

 そうしたら、島のみんなの生活が大変なことになるよ。

 台風で貨物船が欠航すると、いつもスーパーのたなが空っぽになるのを、ぼくは知っている。

 早く港の人に知らせなきゃ!


 ぼくはたおれてじっとしているから、オジサンたちはぼくが気絶したと思っているらしい。

 今なら移動魔術でにげられるけど、リッカにぃにぃをおいては行けない。


 オジサンたちはふたりがかりでリッカにぃにぃをおさえつけて、着物をぬがせてそれで口をふさぐように頭や顔に巻き付けている。

 苦しがってあばれるリッカにぃにぃは、着物の帯をロープ代わりにしばり上げられてしまった。


「よし、ここへ入れておけ」


 そう言ったオジサンたちがリッカにぃにぃを放りこんだのは、爆弾を仕掛けてあるっぽい木箱の中。

 それからオジサンたちがこちらへ来ようとしたときに、ぼくは魔術を使った。


雷よ落ちろカンナイウティユン


 片手を空に向けなくても、イメージして小さな声でつぶやくだけで、それは使えた。


 リッカにぃにぃにひどいことをした2人と、海から上がってきた1人(ほくの背中を切りつけたヤツ)。

 その全員の頭に、天からかみなりがおちた。


帰還ケーラ


 バタッとたおれたオジサンたちはほっといて、ぼくはリッカにぃにぃのそばに移動した。

 リッカにぃにぃが息ができなくてもがいていたから、まず頭や顔に巻き付けられた着物をはずして、手と体をしばっている帯もほどいてあげた。

 リッカにぃにぃは、ゼエゼエしながら空気を何度か大きく吸いこんでいる。


「ナナミ! だいじょうぶか?!」


 しゃべれるようになってすぐ、リッカにぃにぃが自分のことよりもぼくのことを心配してくれた。

 でも、ゆっくりしているヒマはない。


「なんだなんだ?!」

「雷が落ちたぞ?!」


 さっきぼくが落とした雷におどろいた港の警備兵たちが、大急ぎでかけつけてきた。

 ぼくは箱の中で立ち上がって、顔だけ出して大声で知らせた。


「早く来て! ここに爆弾があるよ!」

「えっ?! シロマさま?!」

「ば……爆弾?!」


 あわてた警備兵が箱にかけ寄って、爆弾を調べてくれた。

 爆弾はタイマーっぽいものが動いてなかった。


「幸いまだ動き出す前だったようです。見つけて下さり、ありがとうございました」

「犯人はこの頭が黒コゲになっている3人ですかな?」

「うん。雷を落としてやったから気絶してるけど」

「では、こやつらは我々が尋問じんもんしておきます」

「ナナミ、ここは兵士に任せて帰るぞ」


 木箱から顔を出して警備兵と話していたら、リッカにぃにぃがぼくにだきついた。


帰還ケーラ


 結局その日、ぼくとリッカにぃにぃはお祭りを見に行けなかった。

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