残されたフライパン

下東 良雄

夫の思い

 ――東京国際空港 国際線到着ゲート


「ふぅー……、久々の日本だな」


 フィリピン・セブ島での四週間の短期語学留学を終えてようやく帰国した俺は、大きなキャリーケースをゴロゴロと転がしながら、タクシー乗り場へと急いだ。


 首都高速を走るタクシーの車窓に流れる東京のビル群。日に焼けた自分の腕とのアンマッチさにフッと笑いが漏れる。やがてタクシーの車速がどんどん落ちていった。いつものジャンクションで、いつもの渋滞だ。焦っても仕方ないが、家では愛する妻と、産まれたばかりの可愛い娘が待っているんだ。はやる気持ちが抑えられない。


 俺はジリジリと動くタクシーの中で、これまでのことを思い出していた。


「子どもができたの」


 俺は彼女の言葉に大喜びした。

 順番が逆になってしまったものの彼女の両親へ挨拶に行き、借金はするものではないと思っていたので、自分たちのできる範囲で、ささやかな結婚パーティを行って籍を入れた。彼女の花嫁姿は本当に綺麗だった。


 俺たちは少し広めのマンションを借りて、新婚生活を始める。

 妻が自分で花嫁道具のひとつとして持ってきたのが、鉄製のフライパンだった。これで料理を作り続けることで、フライパンが味わい深く成長していくのだという。そして、産まれた子どもが独立や結婚をする時に持っていってもらうのが夢らしい。家族の歴史を紡ぐフライパン。とても素敵だと思った。

 しかし、妻は妊娠しているせいか弱気になることが多く、俺は一生懸命励ましながら妻を支えた。マタニティブルーというやつだろうか。一方で仕事の方も手は抜けない。妻と生まれる子どものためにも必死で働いた。妻にも家を守ってもらうべく頑張ってもらった。


 そして、無事子どもが産まれる。娘だ。可愛くて可愛くて仕方なかった。父親として、一家の家長として頑張っていくことを心に誓った。


 俺は会社の育休制度を利用させてもらうことにした。妻もこれに喜んでくれた。

 そんな妻の期待に応えるために、スキルアップと収入アップを目指して、育休を利用した短期語学留学に出ることにした。期間は四週間で、場所はセブ島だ。妻はかなり寂しがっていたが、説得を重ねて納得してもらった。


 セブ島での現地のひとたちとの触れ合い、美しい海と自然、そして日本では味わえない独特の空気感は、俺を一回りも二回りも成長させてくれた。思い切って来てみて本当に良かった。


「お客さん、着きましたよ」


 我に返る俺。白昼夢を見ていたようだ。

 タクシーの運転手に料金を支払い、トランクからキャリーケースを下ろす。

 俺という人間がさらに大きくなって帰ってきたことに、妻もきっと喜んでくれるだろう。早く妻と娘をこの腕で抱き締めたくて、早足で自分の部屋へ向かう。笑顔で出迎えてくれるであろう妻に向けて、俺は玄関を開けて元気な声で叫んだ。


「ただいま!」



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