姉から妹への頼み
ふたりして走りながら戻ってくると、はなが玄関の掃除をしていた。
俺は男だが、正直いわと比べると若くない。息は切れ、ひざは笑った。
「いわ、てめえいい加減にしろよ」
「……」
苛つきを隠せない俺と、それへ黙ったまま言葉を返さないいわ。はなは不穏なものを感じたのか、俺たちの方を見たきりほうきを持つ手が止まっていた。
いわはしばらくの間、何を聞いても答えてくれなかった。記憶が戻ったのかどうかも、あの少女が何者なのかも、なにもかも。
それは、初めて見るいわの姿だった。
「……お姉さん」
よほど見兼ねたのだろう。俺がいるときは滅多に口を開かないはなが姉に声をかけてきた。
「栄之進さんが心配しているわ。何かおっしゃってさしあげて」
いわは、ゆっくりとはなの方を見た。
そして、俺とはなを交互に、ゆっくりゆっくり見比べた。
「……はな、ひとつお願いしてもいい?」
やっと、いわが口をきいた。
「なあに、お姉さん」
ややほっとしたかのように、はなが聞く。
しかし、
「私の代わりに、栄之進さんのところにお嫁に行って。お願い……」
その言葉は、俺とはなを大きく揺さぶった。
「お前、いい加減にしろ!いきなり何を言い出すんだ!」
俺はたまらず、怒りにまかせていわの襟元をつかんだ。
「俺がはなと結婚? 冗談じゃない! 俺が愛したのは、お前だ! 理由も説明せずにそんなことを言われて、俺が納得するとおもっているのか、この馬鹿野郎!」
俺の剣幕に、家からもうひとり女性が出てきた。草太郎さんの妻の、せつさんだ。
「ちょっと、何してるんですか! 栄之進さん! やめてください!」
せつさんはひどく驚き、必死の形相で俺といわの間に割って入ってきた。
そして、何一つ納得のいく答えが得られないまま、俺といわは別々の部屋に引き離された。
手荒なことをした点は反省しなければならないのだろうが、それでもいわの態度は看過できるものではなかった。しかしながら、今は家に男衆がいない。こんな状態で暴れて事態をさらに悪くするのもはばかられた俺は、静かに時間が経つのを待った。
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