42 騎士団長の執務室
連れられてきた部屋の中は、広いが華美ではなかった。
壁は白。蔦の葉のような地模様はあるが色は無い。
窓に掛かっている翡翠色のカーテンは無地。それを纏めているタッセルが豪華なものだからカーテンもきっと上等なものだろう。
入って右側に社長室で見るような立派な机があり、上には書類入れのような薄い箱が2つ。しかし今はそれは空だ。
黒檀のような黒く艶のある机の後ろは壁一面書棚になっており、7割方埋まっている。
部屋の真ん中にシックな色目の立派なソファセットがあり、左側には長く大きなテーブルがある。壁には地球の世界地図とは全く違う、見た事の無い形の大きな地図がタペストリーのように飾ってあった。
執務机の上は書類入れとペン立ての他は何も置かれていない。
サイドテーブルにある箱にはいくらか書類が入っているが、このくらいなら溜まっているうちには入らないだろう。
この部屋の主とその部下は仕事が出来る人なのだろうと推測する。
まあ、部屋の主はきっとこの人なんだろうけど。
チラッと王子を見上げると、視線に気づいたのかこちらに向かって微笑んだ。
いや、だから俺にその笑顔は勿体ないから。その辺の綺麗なお嬢さんにしてあげた方が喜ばれると思う。
そんな事を考えながら曖昧に笑顔を返す。サラリーマンの必須スキル、日和見微笑み返しだ。
「ここは騎士団長室。私の執務室だ。上がってきた書類を捌いたり、少人数での会議をしたりもする。訓練や遠征で出ている時以外、基本私はこの部屋だな」
「王宮ではないんですね」
「そうだな。王子としてよりも騎士団長として国の護りを固めることに力を入れているな。王宮にも部屋はあるから、そのうち連れて行こう」
「いえそれは」
「遠慮は無しで。ここより美味いお茶と菓子が出せる」
「・・・それは、私の淹れるお茶が美味くないという事でしょうかね?」
王子様は俺の気を引こうとそんな話を出したのだろうが、釣れたのは部下の不機嫌の方だったらしい。
「い、いや、私はどちらも好きだが。しかしここではそれほど菓子は出せないだろう?」
王子は慌てて言い訳をしている。
部下の迫力ある微笑みに圧されて若干引き攣った笑顔を返す王子に、王子と側近という立場を超えた親しさを見て、そのやり取りを微笑ましく感じた。
あとはこれは言ったら不敬だし秘密がバレるから言わないけど、ぶっちゃけ部下の尻に敷かれてる王子、事務の女の子に「早く書類出して下さい!」ってせっつかれてた俺の前世に重なる。
うん。機嫌をそこねると後が怖いよね。
「ああ、茶菓子は王宮にはかないませんね。そういう事でしたら結構です。お飲みになりますか?」
「ああ、頼む。ハルカはこちらに。話をしながら食休みをしよう」
「はい。ありがとうございます」
ソファセットに促され、向かいに王子が座るのを待って腰を下ろした。
そういえば、何かの本で真向かいに向き合って座った相手が合わない人物だった場合、敵対する確率が上がるとかって読んだな。
視線の逃げ場が少ないからか?
俺今、めちゃくちゃ王子に見られてるけど。
にこにこにこ、何が楽しいのか。
「あの・・・」
「うん?」
「そうじっと見られると居心地が、じゃなくて緊張するのですが」
ヤバい、うっかり本音が。
聞き流して・・・はくれないなこれは。
言い直した瞬間に噴き出したもんな。
「ふふ。居心地が悪い?」
「子供が言う事なので聞き流して下さると思ったのですが」
「私の前で繕わなくてもいいよ。碌に事情も話さず半ば無理やり連れて来た事は自覚している。すまなかった」
「いえ、それに関しては謝って頂く必要はございません。
私の方からも神獣様からのお言葉を伝えなければならないと思っていましたので」
「・・・ハルカ、普通に話してはくれないか」
「王族の方にはこれが普通でしょう。不敬罪で捕まりたくないですし」
「そんな事は絶対にしないと約束する。頼む」
「でしたら。でも目上の方に敬語で話すのは癖のようなものですので、難しいと思います」
年上の人にタメ語で話す教育はされてないんだよ。
そもそもこんな、騎士団とか王子様に深入りしたくないのもある。
「では徐々にでも。・・・私は先に少し崩させてもらおう。威厳が無くなると言われるが気にしないでくれ」
「はあ・・・。それは、別に気にしませんが」
「はは。自分には関係ないって顔だな」
「まあ。実際関係ないですし」
「まったく、ハルカは本当につれないな。・・・先に、私から訊いても良いだろうか」
スッと、表情が変わる。
『話』が始まるんだ。
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