19 衝撃的な事実

「クロウ、この人どうしたらいい?

俺の治癒は俺の体液にしか反応しないから、この人には使えないし。

このままにしたら死んじゃうんじゃ・・・」



よくよく見ればクロウが言う通り浅くではあるが呼吸はあるっぽい。

でもそれだけ。

意識は無いし、やられてから時間はそう経っていないのか衣服に大量についている血は鮮血と言っていいほど赤く、止まっているかどうかすら分からない。

失血死、という単語が頭を掠める。



「と、とりあえず、止血・・・」



って、どうやるんだっけ?

肩の怪我だと付け根を縛るんでいいのか?

でも血流が止まったら指先から壊死してくんじゃ・・・

企画営業サラリーマンが持ってる医療の知識なんてたかが知れていて、目の前の重傷者に対応出来るわけがなかった。

元々健康で大きなケガも入院もしてこなかったのも大きな要因ではあるけれど。



『ハルカ、落ち着け』

「でも」



こうしてる間にも、目の前の人の顔色は無くなっていく。



『ハルカ、これは魔獣にやられて出来た傷だ。まずは浄化しないと治癒を施しても効かない』

「えっ?」

『浄化をしてやればそれだけで助かる見込みは十分に上がる』

「浄化・・・」

『浄化だ』



浄化・・・そうか。

聖属性魔法の・・・。

魔獣の纏った闇を退ける・・・。

聖属性魔法・・・あるのは分かってるけど、最初に使うのがこんな状況って・・・。

しかし、練習なんてしてる暇はない。

こうして話している間にも赤い染みが広がって行っている。



「・・・結界、壊していいかな」

『ハルカの結界を少し広げて、こやつを中に入れてやればよい。

こやつの結界よりもハルカの張る結界の方が強い故、その方が安心だ。

その後でなら問題無いよ』

「わかった」



クロウの言うとおりに、まずは自分の結界を広げ男の安全を確保する。

ガラスを貫くイメージで人差し指に魔力を集中させ男の結界に触れると、その一点から結界がひび割れ、やがて男を覆っていた結界がスゥッと消えた。

その途端、重くて嫌な気配が広がる。

これが魔獣の闇・・・?



「浄化・・・」



男の身体に残る、気持ち悪くて嫌な気配を蒸発させるイメージで自分の魔力で男を包んでいく。

淡い白に光る魔力の中パチパチと撥ねる音が小さく鳴り、暫くすると音と共に光も消えた。



『ハルカの力が闇を退けた。これ以上この男の傷が悪くなる事はあるまい』



闇の気配を知るクロウが、よくやったと俺を褒めてくれる。

初めての浄化が上手くいった事は素直に嬉しい。

が、目の前の状況はけして楽観視出来るものではない。



「この人、どうしたらいいんだろう」



服の血痕はさっきよりも広がっている気がする。

浄化は出来たけど、治癒は出来ないし・・・。



「クロウ、どうしよう」



神獣のクロウは人間の世界に干渉しないと言われたばかりなのに、今の俺に頼れるのはやっぱりクロウしかいなくて。

力なく縋ると、そんな俺にクロウは一つため息を吐いた。



『・・・かなり気は進まぬがな』



そう言い置いて。



『神の森の食物を与えれば良い』



男を睨み付けながら俺に答えをくれた。



『神の森の樹に生る果物はあの森の魔力、即ち神の力を含んでおる。

人の身体の傷や病には効きすぎる程効く薬となる。

一切れでも口に含ませれば傷も塞がりこの男の魔力も回復するだろう』



それは初耳で、驚くものだった。

俺がここに来てからずっと口にしてたものって、こっちの人には万能薬的なものだったって事!?



「俺・・・非常食にっていっぱい貰ってきちゃったけど、大丈夫?」



収納の中に仕舞ってある物が実はある意味ヤバいものだったというこの衝撃。

そして今現在で大量に持っているという事実。

っていうか、俺今まで毎日美味しく食べてきたけどよく無事だったな?



『そもそもハルカは神が森に落としたのだし、人間よりも我らに近い存在だ。

それに、ハルカは知ったからと言って悪用しないだろう?』

「そりゃ、そうだけど・・・」



逆に知ってたら口にしなかったかも。

事前にそれが万能薬だと言われて出されたとしたら、その後にどんな副作用があるか心配になって食べたり出来ないんじゃないかなあ。

あっちの世界だって抗がん剤とか強い薬ほど激しい副作用があるし。



「この人に食べさせて、何ともない?」

『一切れくらいなら問題なかろう。

森の深くまで入ってこれる程の手練れだ。魔力は元々そこそこあるだろうし、意識が戻るくらいの魔力を補給してやれば後はこれ自身でどうにかするだろう。

ハルカがゆっくり介抱したいと言うなら止めはしないが・・・』

「遠慮します」



思わず即答してしまった。

酷い奴と思われようが、面倒事は避けたいんだよ。

この人の回復の目途が立ったらすぐ移動を再開したい。

うっかり話なんて始めて色々と訊ねられても、この世界で何者でもない俺には言い訳するのも大変な事が目に見えている。

俺は出来ればそーっとこの世界に溶け込みたい。

あっちの世界でそうであったように、社会の一コマ、いわゆる一般人でいたいんだよ。



『そうか』

「うん。言い訳するの大変そうだし。

この人には・・・とりあえず、グレーピイを少し食べさせようか。

意識ってすぐ戻るのか?」



もしそうなら食べさせてすぐまた移動しないと。



『いや、致命傷に近い傷だろうし、どうやら魔力も枯渇寸前だ。すぐには目覚めないだろう。一晩休んで、早朝にまた移動で構わないと思うが』

「そう?」



なら少し早起きするだけでいいか。

グレーピイを一粒取り出し、ナイフで幅1センチほど切ると丁寧に皮を剥いて男の口に含ませた。

皮を剥いたのは果汁を出やすくさせるためと、そのまま飲み込んでもつるんと喉に入って行くように。

皮はどうしたって口に残るからね。

俺はそのまま全部咀嚼して食べちゃうけど。

意識の無い人にそれをしろって言うのは無理があるから。



『あとはその辺に転がしておいても大丈夫だろう』

「え!?」



クロウの言い様にビックリする。

怪我人をその辺に転がしとけって・・・。



『何か問題があるか?』

「問題って・・・」



え?これって問題じゃないの?

怪我人は外に寝かせて、元気な自分はゆっくり家の中って倫理的にどうなの?

たとえそれがたったの一晩の事だとしても。



『ハルカの結界の中に魔獣は入ってこれないし、今は春だから凍死の心配もない。

本来、ハルカが見つけねばあのまま死んでいたのだろうし。

そう考えれば、神の森の食物を与え結界の中でゆっくり休ませてやるだけでも十分な措置ではないのか?

その上神に賜った家の中になど・・・人間には過ぎたる事ではないか?』

「・・・クロウ」



って、本当は人間が好きじゃないのかな。

そんな感じの言い様だった。

そう考えると最初に向かってこられたのも頷ける。

今では友達でいてくれるけど、最初は神の森に何故人間が?って思ったんだろう。

まあ人間って、自分で言うのもなんだけどバカだしな。

自分は自分でしかないのにどうして他と比べてしまうのか。

対抗意識を持ってしまうのか。羨んでしまうのか。戦ってしまうのか。

考える脳を持っているというのに。

まあ?俺だって周囲を見て自分はまだマシだなんて思ってたあたりバカな人間の一人と言えるだろうけど。



「・・・じゃあ、毛布だけ掛けてあげよう。体温が下がったら悪化するかもしれないし」



家には入れないけど、完全に放っておくことも出来ないから、妥協案。

誰かも知らない男よりクロウの方が俺にはずっと大事だから、何も無いよりちょっとマシくらいの案だけど。



『ああ、それで良いだろう』

「クロウは俺とリビングでくっついて寝よう?

寝室に行くとこの人が目覚めた時すぐに動けないから、一緒にいてくれないか?」

『ああ、よいよ』



寝室から毛布を引っ張り出してきて男に掛けると、俺達は家に入った。

夕ご飯はあの人に食べさせた残りのグレーピイ。クロウにはリンゴを。

相変わらず、見た目超肉食獣がリンゴ食べる姿は可愛いとしか言いようがない。








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