貴方との関係
来月は、赤姫さんのバースデーという特別な日。
本人の口からは何も聞いていないけれど、お店のSNSを見れば、わかってしまう。
豪華な装飾、特別メニュー、バースデー限定ボトル……そして、“今年は誰がNo.1プレゼントを贈るのか”という煽り文句。
その名前を見た瞬間、心臓が跳ねた。
赤姫さんを祝う初めてのバースデー。
それは私の人生の中できっと最も大切な一日。
テストよりも、受験よりも、進学よりも。
世界中の何よりも。
私はこの日のために、すべてを賭けてきた。
言われなくても分かっている。
きっと誰かが赤姫さんに大金を使う日になる。
でも、それでも構わない。
誰にも渡したくない。
No.1という称号を、赤姫さんに贈りたい。
――だから用意した。
総額1億。
さらに、もう1億。
全部使うつもりはない。驚かせすぎても、次の衝撃が薄れてしまうから。
でも、負けない。誰にも、何があっても。
赤姫さんの初めての誕生日No.1は、私がプレゼントするから。
「赤姫さん、来月バースデーですよね~。どうなんですか? すごいお客さん来る予定なんですか?」
店内の空気が少し落ち着いたタイミングで、同僚の女の子がカウンター越しに声をかけてきた。
彼女の目は好奇心と、少しの羨望にきらきらと輝いている。
グラスに残った氷をくるりと回しながら微笑む。
「どうかしらね……まだ分からないわ。でも、ひとりは来そうな子がいるのよ」
「えっ、もしかして……あのめっちゃ綺麗な女の子ですか?」
「そうそう。莉子っていうの。でもね、来月がバースデーだって、まだ本人には伝えてないのよ。お店が騒いでるから、もう察してるかもしれないけど」
「えー、それは絶対来ますよ~。あんな可愛くて綺麗な子に推されてて、羨ましいです」
「ふふ、まあね。……でもちょっと心配なの」
「えっ、心配?」
「お金のことよ。あの子、私のためならどこまでも使っちゃいそうで……本当なら喜ぶべきなのに、素直に喜べないのよね」
「……本当にその子のこと大事なんですね」
「だ、大事……って、なに言ってるの。そんなわけないじゃない」
「またまた~。大事じゃなかったら、お金の心配なんてしませんって。普通のお客さんなら“ありがとう”で終わりでしょ? あのホストの武士さんには、そうだったじゃないですか?」
「……そうね。武士さんには感謝してるわ。でも莉子は……」
赤姫はそこで言葉を止めた。
思い浮かぶのは、夜風にそっと吹かれながら一緒に歩いたあの帰り道。
「また来るね」と手を振るあの笑顔。
赤姫の横顔を見て、同僚が小さく笑った。
「……赤姫さんが、誰かのことでこんなに悩んでるの初めて見ましたよ。No.2の愚痴ならよく聞きますけどね?」
「それは……そうかもね」
どこか照れたように笑って、グラスを置く。
ほんの少しだけ、胸の奥に積もっていたもやが晴れた気がした。
莉子のことは、まだ何も解決していない。
けれど――あの真っ直ぐな気持ちだけは、ちゃんと受け止めたいと思った。
次に来てくれたときは、無理のない金額で。
そうしてくれたなら、私はちゃんと……素直に「ありがとう」って言おう。
そのためにも、莉子の力だけに頼るんじゃなくて、
他のお客様に対しても、ちゃんと力を入れて――。
自分の力で、No.1になりたい。
莉子が頑張りすぎないように。
「赤姫さん! 指名です!」
ボーイの声に顔を上げて、気を引き締める。
軽く口角を上げ、立ち上がる。
さっきまで話していた同僚へと振り返る。
「ありがとね。悩み聞いてくれて。また……お願いしてもいい?」
「ええ、もちろんです! 赤姫さんの悩みなら、全部聞きたいですから!」
その言葉に、ふっと笑みがこぼれる。
「ふふ……ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」
照明の柔らかな店内を歩いていく。
高鳴る胸の鼓動を抑えながら、新しい席へと足を運ぶ。
思わず、息をのむ。
莉子がいた。
綺麗に伸びたストレートな髪、いつもより少し薄いメイクに大人しめなワンピース。
それでも変わらない美しさと、まっすぐなまなざし。
「……来てくれたのね。今日は少し雰囲気違うのね」
「はい、今日は赤姫さんと話したいと思って。この後予定があるからあんま入れないんですけど...」
(予定?こんな遅くに...何があるのかなんて聞く関係じゃないわよね。それに引き止めたいなんてね)
「そう....ならそれまで話しましょ。今日は他のお客さんからの指名も少ないのよ」
「そうですか、ならよかったです」
莉子は、ゆっくりと笑ってからテーブルの下でそっと手を伸ばしてくる。
指先が遠慮がちに、それでも確かに私の手に触れた。
その手は、柔らかくて温かくて――どこまでも真っ直ぐだった。
その視線は言葉よりも雄弁で手のひらよりも私を熱くさせる。
ふたりの世界に、店内の喧騒が遠くなる。
夜はまだ、これから始まる。
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