キャバ嬢としての選択
目の前でシャンパンが開けられる。
今、彼女の肩にある莉子の手の温度はとても優しくて、温かった。
(こんなに――嬉しいのに)
けれどその裏では現実が冷たく告げてくる。
武士さんは必ず来店し決まった額を使ってくれる。
100万、200万、と週に何度か使いそれがまるで生活の一部のように安定している。
そう。武士の存在はNo.1のために必要な“保険”なのだ。
先月は合計600万も使ってくれた。
莉子は確かに今日、600万という途方もない額を使ってくれた。
けれどそれは――衝動だった。
感情の高ぶりと、独占欲、そして何より、若さゆえの危うさ。
(今月は嬉しくても、来月は?その先は?)
燈の頭の中に、数字が並ぶ。
目の前の"好き"と、"キャバ嬢"として守るべき地位。
どちらを選ぶか――そんなこと、簡単に割り切れるわけがない。
けれど、それでも。
莉子の横顔を見たとき、胸の奥にひっそりと疼いたのは、
「ありがとう」よりも「心配」の感情だった。
(600万なんでどこからお金が出てくるの?無理……してるでしょ)
そう思った瞬間、燈は自分のグラスを少し強く持ち直した。
(嬉しいけれど、これ以上は危ない)
それでも莉子は言う。「もっと飲んで」「貢がせて」「No.1にする」
甘い言葉をかけて私の心を揺らす。
(本当に……どうしてこの子は……)
視線をそっと伏せた。
その動きに気づかぬまま、莉子はまた何かをボーイに頼もうと手を伸ばす。
「莉子、ちょっと……」
言いかけた瞬間、武士が軽く笑って立ち上がった。
「じゃ、俺帰るわ。もういいよ」
「……!」
「大丈夫。赤姫さんの気持ちはわかったから」
彼は、燈と莉子を順に見つめて静かに笑った。
けれどその目は、ほんの一瞬だけ――僅かに冷たかった。
「また今度来るよ。無理すんなよ、赤姫さん」
そう言い残して、武士さんがくるりと踵を返した。そのときだった。
「赤姫さん、ちょっと――」
控えていたボーイが、急ぎ足で近づき、こっそりと耳打ちしてきた。
「……店長からです。裏で少しだけ話をって……」
燈は一瞬、眉を寄せた。
胸の奥がざわつく。
「わかったわ。ちょっと待ってて、莉子。武士さんも」
そう言って、軽く莉子の手を払うようにして立ち上がる。
莉子は不安そうに燈の背中を見つめた。
安心させるように微笑み、帰ろうとしていた武士さんにもボーイが声をかける。
「武士さんも少しお待ちください。赤姫さんの予定を少しずらせるかもしれません」
「おー、さっすが!赤姫さんまってるよ~」
呑気に手を振る武士さんに軽く挨拶をしてバックヤードに向かう。
裏に案内されるとそこにはスーツ姿のマネージャー兼店長が腕を組んで待っていた。
「……赤姫さん、ちょっと今回はまずいよ」
「何がですか?」
「武士さん。怒って帰りかけたろ?あれだけ使ってくれる常連にあの対応は……」
「でも今日は」
「気持ちはわかる。けどさ、あのお嬢さんは今日ボトルで跳ねただけでしょ?」
「……」
「“毎月の安定した売上”が一番店としてありがたい。わかるよね?今日だけ跳ねる客より、継続して支えてくれる人を大事にしてくれよ。頼むから」
冷静で、しかし有無を言わせぬ口調。
燈は反論したかったが、それが正論であることもわかっていた。
(私は――)
一瞬だけ目を閉じ、気持ちを整える。
「……少しだけ時間を取ります」
マネージャーは満足げに頷いた。
「それで十分。さすが赤姫さんだ」
バックヤードから出て莉子の元へ向かいたかった、でも待たせてる武士さんをお店的には優先せざるえなかった。
だから莉子には通り過ぎる際に「ごめん」と謝ることしかできなかった。
その時に莉子がどんな表情をしてるのかなんて見なくてもわかる。
本当はもっと話したかったし、伝えたいこともあったでもらそれが今の私には出来なかった。
(ごめんなさい)
振り返らずに武士さんの元へ向かうとする。
「...私がいくら貢いでも貴方はずっと私の隣には居てくれないよね。いくら貢げは隣にいる権利をもらえるの?教えてよ...燈さんのばか」
聞き取れないぐらい小さな声だった。
莉子だって私に聞かせるような発した声ではなかったはず。
でも、その言葉が私の心の奥に刺さって抜けないまま武士のそばに行く。
「お待たせ、武士さん。……少しだけ、お時間いいかしら?」
その言葉に、武士はわざとらしく肩をすくめ、頼んであったシャンパンをごくごくと飲みあげる。
「あの子目つき怖かったー。俺ちょっとドキドキしたわ」
「ごめんなさいね。でもそれだけ、私のことを想ってくれてるの」
「ふぅーん、まぁ俺も負けてないけどね。あ、追加で3本よろしく」
合計4本普段よりペースが早い。
莉子を目の当たりにして対抗心を燃やしてくれてるのかもしれない。
今日の売り上げは1000万は確実に行った...莉子と武士に出会う前は月間だけでも売り上げ300万もいかない日だってあったのに。
今では.たった一晩でその十倍。
普通のキャバ嬢なら、到底ありえない額。
あの二人は、自分たちがどれだけ異常な金額を動かしているか分かっているのかしらね。
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