第46話 迅の家へ7~いろは騒動の終焉~

「ただいまー」


 『おかえりー。お、お兄ちゃんもかぁ。夏芽は自分の受験が近いこと忘れるなよー、後、お兄ちゃんも彼女の受験が近いってのをー』とお姉ちゃんが少し不機嫌に出迎えてくれた。


「お邪魔します」

「あ? だから、受験だっつてんだろ」


 お姉ちゃんがけっこうガチなテンションでキレてる。迅くんは『あいさつのお邪魔しますであって、夏芽の……』と真剣に答えていた。


 わたしは『クスッ』と笑って、わたわた動いている迅くんの腕を押さえた。


「迅くん、大好き」


 あざとくお姉ちゃんが見てもかわいく見えるような仕草と声だ。


『いや、もういいや、妹の受験を心配するのがバカバカしくなった』


 お姉ちゃんはグレープ味の棒アイスを食べた。確か、あれ、昨日お父さんが食べてたアイスと同じだ。


「おう、息子」

「だから、バカ親父!! こいつは実の息子じゃなくて、子どもの彼氏であり、友だちだ」

「有紀はさておき、少し男3人で話がしたい」


『3人?』


 わたしも迅くんもお姉ちゃんももうひとりは誰だろうと考えた。


「夏芽、悪い、息子を……迅をかりるぞ」




 その30分後。お父さんは戻ってきて早々トイレに駆け込んだ。トイレから出てきて、急いでお父さんの部屋に行ってスーツに着替えた。迅くんは見たことない制服を着ている。


「あはは、これ、前の学校で着てた制服なんよ」

「で、なんの話し合いだったの?」


 お姉ちゃんが文句を言いたそうに聞いた。


「まぁ、こう、なんだ、オレの家がキレイになるまでお世話なります!!」

「わっ、やった」

「ふーん、そうやって夏芽にイタズラするんだ」


 『しない、しない』とわたわた迅くんは手を振り回している。こういう仕草を見ると迅くんってかっこいい系じゃなくてカワイイ系かもしれない。お姉ちゃんが迅くんの発言を思い出し聞いた。


「あれ? お兄ちゃんの家、何かあったの?」

「んー、まぁ、色々とー……、じゃ誤魔化せないよなぁ。有紀にもお世話になるだろうし」


 急にテレビがついた。別に誰かがリモコンで操作したわけでない。そう、リモコンではないのだ。お父さんがスマートフォンで大手動画投稿サイトを外部デバイス経由で再生したのだ。


 何が流れるんだろう。



 ぷぅんと独特の音を立てて再生が始まった……と思ったら広告が入った。デバイス経由でテレビがついたのを確認してお父さんがなにかを言おうとした。それとほぼ同時に


-やくさいカードウーマン!!-


 有名なクレジットカードの宣伝だ。動画投稿サイトでよく流れるのでSNSでいつもいじられている宣伝だ。


 いや、違う、これ、たまにしか流れないと言われている女性バージョンだ。


「CMかよ!!」


 お父さんが自分で流した動画に対してツッコんでいる。これでわかるのは、今、お父さんが流そうとしている動画は収益化しているものだ。


「息子!! お前が歌え!!」

「えぇ!? そんな無茶ぶり!?」


 『ぱ、ぱ……』迅くんが何を歌おうとしているのかがわからない音楽とも言えない『ぱ』を連呼している。


 受験が終わったら、迅くんとカラオケに行こう。


「情けないなぁ」


 お父さんがぼやくと同時に結婚式の入場曲によく使われるクラシック音楽が流れだした。お父さんはわたしに向けてレースのテーブルクロスを投げた。


 あれ? そんなのこの家にあったけ?


「ほら、夏芽、これ被れ!!」

「え?」


 言われるがままに頭から被ったけど、わたしもお姉ちゃんもいまいち理解していない。なんとなくだった、それこそ特に意味もなく、迅くんの正面に立った。


「今日もかわいいね」


「これより広瀬 迅と梶原 夏芽の仮結婚式を行う」


 このテーブルクロスはヴェールのかわり、牧師か神父かはお父さん、迅くんが新郎、わたしが新婦、お姉ちゃんは……なんなんだろう。『仮結婚式を行う』の言葉の後、すぐにお姉ちゃんはリビングから出ていった。


 リビングのドアを開けて『その結婚ちょっと待った!! 割とガチで』といつも軽いノリのお姉ちゃんだ。お姉ちゃんの言葉も虚しく、仮結婚式は粛々と進んでいく。何度もお姉ちゃんが『説明』を求めている。今日のお姉ちゃん、なんだか変。


「それでは、誓いのキスを」


 迅くんが優しくヴェールに見立てたテーブルクロスを上に持ち上げた。


 お父さんとお姉ちゃんの前で堂々と迅くんと唇を交わして、仮の永遠の愛を誓った。ちょっとだけ舌出しちゃったのはヒミツだ。ホント、舌を絡めたのは初めてでもないし、迅くんも少しだけ絡めてくれた。


 仮結婚式が終わった後、晩御飯になり、用意のいいことに男物のお皿もきちんと一式全部あった。実は、彩莉センパイの放火を事前に知っていたかと疑うかの用意周到さだ。


 おかずは馬刺しだ。確か、受け取った時、宇川さんは8人前と言っていた。しかし、目の前にあるのは10人前以上あるのではないかと疑う量の馬刺しだ。


 ――疑いすぎよくない


 さすがにご飯は赤飯ではなかったけども、豆ごはんだった。これはお姉ちゃんが『ヒマ』という理由で炊いたものだ。晩御飯も終わり、お姉ちゃんが『夏芽は勉強』とだけ言って赤い棒アイスを食べ始めた。赤い棒アイスって何味なんだろう。


 勉強を始めたけど、今日、わたしの横で迅くんが寝ると思うと……。


 ううん、受験だもん、集中だ、集中。


 あれ? でも、迅くんってこの家にいる間どこで過ごすんだろう。

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