第35話 偽りの商店街会議1~宇川の過去~

 急遽、商店街の会議が入った。なぜか、わたしは必ず参加ということだった。商店街の会議は、だいたい宇川さん、咲良さん、矢切さん、それにお父さんたち商店街の店主たちによる会議だ。


 それならば、わたしは関係ない。なぜだろう、わたしは強制なのだろうか。


 宇川さんが一升瓶を抱えて、迅くんに以前送ってもらった時にわたしが着ていたような真っ赤なパーカーに半額と書かれた服を着て会議室に来た。会議室は鮮魚のはなまるの2階だ。


 迅くん……。ううん、あの人はもう彼氏じゃない。友だちでもない。ただの知り合い、強いて言うなら元カレだ。正式にお別れしたわけじゃない。けど、浮気してたのだ。別れて当然だろう。


「おー夏芽ちゃん!!」

「宇川さん、お酒はほどほどにしてくださいよ」


 ふと思い出してしまう。クリスマス会の交渉で来た時に、ここでお父さんがバカなこと言うから、その抵抗として迅くんと付き合うと宣言したのだ。


 ――あの頃は楽しかったなぁ


 10分経っても宇川さん以外誰も来ない。わたしに商店街の会議に強制参加するよう指示したお父さんすらいない。ずっと、宇川さんも何も話さない。ずっと日本酒を飲んでいる。小さな時から宇川さんを見てきた。おしゃべりの宇川さんが話さないのは何かある時だけだ。


 商店街の会議に小さな時はよく参加していた。いつも誰かに茶々を入れて商店街の店主たちを困らせていた。あの頃は元気な子どもだったなぁ。


 宇川さんの昔はシラフでふざけて困らせていた。困らせすぎて3軒は南商店街の自治会から抜けた。それとは関係なく大手企業のフランチャイズになったところもある。3軒中2軒はフランチャイズ先が悪くて、思ったようなお店にできず赤字が悪化しお店を閉めた。宇川さんは申し訳なさを感じたのか、2軒の店主の家に赴き『できる範囲で出資するから南商店街でまた一緒にお店を出そう』と声をかけた。出資できるほど儲けていなかったので、咲良さんから『情に熱いのはいいことやけど、自分の収入も考えや』と言われていた。この時以降、宇川さんは咲良さんが関西弁を話すと『本気と書いてマジと読むんやわ!!』と言うようになった。


 そう言えば、迅くんと一緒にクリスマス会の交渉に来た時も言っていた。話は商店街に戻して最後のフランチャイズ化して成功したのは、彩莉センパイと2度も遭遇しているあのコンビニだ。元々は人のいいマジメなおじいちゃんが店主だった。南商店街自治会が発足したのもここ10年以内だ。自治会を立ち上げたのも宇川さんとコンビニ店主のおじいちゃんだった。おじいちゃんの奥さんが失踪してからちゃらんぽらんな宇川さんとは相性が悪く、度々ケンカしていた。宇川さんは『南商店街の猿』という二つ名で店主たちから呼ばれていた。おじいちゃんが『南商店街の犬』と呼ばれていた。2人の仲が悪くなってからこの二つ名がついたので、きっと『犬猿の仲』からきているのだろう。


 おじいちゃんが自治会を抜けてから宇川さんは黙ることと酒に逃げることを覚えた。それまでいつもミネラルウォーターばかり飲んでいた。ある時急に、値段がかなりする市場価値の非常に高い日本酒を一気に飲み、吐いて商店街の会議を止めた。その後、アルコール度数の低い洋酒をちびちび飲んでいた。わたしが宝賀に入学した頃に、宇川さんの奥さんも失踪した。その後からまた日本酒を会議中にも飲むようになった。


 今年の夏におじいちゃんは旅立った。おじいちゃんの代の経営はとてもよかった。息子は遠くにいるのでフランチャイズ先の本社の人がコンビニの新店長になるはずだった。どういう訳か、20代にしか見えないお孫さんがフランチャイズ先との契約をかなり強引に打ち切り、駄菓子屋に戻そうとしているらしい。お父さんから聞いた話だと、今、外装は外注先を探しているが、フランチャイズ先からの反感を買いたくないという理由でなかなか決まらず、内観だけは駄菓子屋に戻しているらしい。何度もフランチャイズ先が外装を変える手紙を業者指定で送ってきているらしい。


 迅くんも何度かあのコンビニを使っているが、『コンビニ』と言っている。今度、わたしはあの『駄菓子屋』に寄ってみよう。


 色々考えているけども、この沈黙に耐えられなかったんだろう。後、宇川さんのことを思い出したこともある。


「……南商店街の犬」

「夏芽ちゃん、あいつはもうここにはいねぇんだ。そうだよ、いねぇんだよ」


 宇川さんが日本酒を飲み切った。この会議室に来てから30分以上は経っている。おしゃべりで陽気な宇川さんをここまでしんみりさせているこの現状は何なんだろう? でも、わたしには受験勉強もある。これ以上ここにいて思い出に浸っていると、時間の無駄になってしまう。


「あの……わたし、受験勉強があるので、家に戻りますね」

「そうか、それはそうと、広瀬は元気か? 忠から停学になったって聞いたけど」

「……元気……だと思います」


 少し、いや、かなりわたしには違和感があった。わたしの前で迅くんの名前を出すときは、迅くんがいようがいなかろうが『夏芽ちゃんの彼氏』だった。いや、まぁ、迅くんはもう彼氏じゃないから、そう呼ばれても困るけども……。


「……、そうか、元気か、ごめん、夏芽ちゃん、ホントは停学のことは広瀬から聞いた。理由も。ホントは停学期間にアルバイトが禁止なのも聞いた。だから、広瀬は1度、退職願を出した。広瀬は雇用契約を結ばず、善意で忠の店で手伝いとして働いてると思っているが、実際は今も雇用契約を結んできちんと労働しているんだ。すべては夏芽ちゃんの……」

「え?」

「すまん、広瀬、口が滑った。それはさておき、夏芽ちゃん、広瀬とうまくいってないんだよな?」

「……、それも迅くんから聞いたんですか?」

「そうだな、聞いたというか見ただな。この前、忠のとこのバイトが終わって帰ろうとしてる広瀬と女の子が合流するのを見て、オレは許せなかった。だから、問いただした。でも、ずっと『いろはは友だち、ただ、いろはは今、すごく辛い状況にあるからオレが少しの期間は支えてあげないと』って言ったんだ……」


 ――やっぱり、ここでも彩莉センパイ


 なに? なんで? 彼女じゃないのに支えるって。まだ、この状況で彩莉センパイに片想いしている男の子がそれを言うならわかる。宇川さんの言う『この前』がどれほど前かはわからない。でも、その時点で迅くんは浮気だ。


 これは確定事項だ。わたしの中で揺るがないことだ。わたし彼女がいるのに誘惑する彩莉センパイも悪いけど、それ以上にその誘惑に勝てない迅くんも悪い。


 ……、もし、少し前に迅くん以外に恋愛的な誘惑されたらわたしもその人に揺らいでいたのだろうか……。一抹の不安がわたしの胸によぎった。


 パーテーションカーテンがザーという音を立てて誰かが来た。商店街の店主たちだろう。わたしはそう思った。しかし、そこにいたのはもうわたしが愛想を尽かそうとしている人物だった。



 

広瀬 迅


 そう、迅くんがそこにいた。ほんの少しだけ、a littleほど迅くんの登場に胸が弾んだ。……そうだ、そんなわけはない。


 でも、この胸の高鳴りは何なの? あいつはひどいし最低な男だ。浮気をするし、わたし恋人よりも友だちの連絡に先に返すんだ。そうだ、付き合ってすぐの頃からずっとそうだ。迅くんは別に特別、わたしが好きではわけではないのだろう。


 ただ、彼女がいるというステータスにわたしを使いたかったんだ。


「宇川さん、すいません、ここから先はオレに……話させてください」

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