018 姫と森の瘴気001
「ユナ様、ここから先が森の中心だ。そこに大きな木がある」
ギナを先頭にしてユナたちは森の中を進んだ。さすがに狩人ということもあって歩みに迷いがなかった。
「ここからは気をつけるんだ。普段ならこの森で一番安全な場所なんだが、森の様子がどうもおかしい、毒蛇や毒虫やたら多い」
ギナがいぶかしげな表情で周囲を見回す。
森の中はしんと静まり返り生き物の気配を感じることができなかった。その代わりにまとわりつくようなねっとりとした空気が森全体を包み込んでいる。先ほどからソルが空気の浄化を行っているがそれ以上の勢いで空気が汚染されていた。
「これは……確実にいるわね」
エリーナが呟き、ジェイスとオーリックが頷いた。
「いるって……何がいるんだい?」
緊張した面持ちでテイルが質問する。
「そりゃもちろん、瘴り神だよ」
「障り神!?」
障り神は瘴気のたまり場に出没する魔物の総称だ。魔物の発生する森には瘴気が発生する。瘴気はやがて集まり塊となって瘴気だまりと呼ばれるようになる。その中で特に瘴気の影響を受け、自らっ瘴気を発するようになった魔物のことを障り神と呼ぶのだ。障り神は戦闘力だけでなく魔物を統率する力を有していることが多い。
今回も何らかの魔物に寄生している可能性があった。
「ユナちゃんは障り神を見たことはある?」
「いいえ、ないです」
障り神どころかまともな戦闘が今回初めてなのだ。障り神が一体どんなものなのか想像すらできなかった。
しばらく進むと開けた場所に出た。瘴気が濃く周りが夜のように暗い。ソルの力がなければ半刻と待たずに生き物は命を失うだろう。
「姫様、これ以上は危険です」
ソルが進もうとするユナを引き止める。
「大丈夫だよソル」
精霊魔法【風障壁】
ユナはソルの力を使ってジェイスたちを守る結界を作り上げた。解放状態のユナであれば、グリルとソルの力を意のままに扱うことができるのだ。念のために個別に竜魔法の【浄化】を付与する。これで万が一結界の外に出ても影響はないだろう。
「皆さんはここにいて下さい」
そういうと、ジェイスたちが止める間もなくユナは走り出した。ソルの力を使って空を駆ける。
竜魔法【光の矢】
銀の光が一筋の光の矢となって闇の中心を貫いた。
「ユナ!」
矢が闇に突き刺さると同時に闇が晴れた。
「あれは!」
「まさか!」
オーリックとテイルが叫んだ。
「まさか……こんなことって」
エリーナが口元を押さえる。
「なんてこった……最悪だ。まさか……御神木が障り神になっちまってるなんて!」
見上げてもなお頂点の見えないほどの巨木。この森のご神体と言われる巨樹がどす黒い瘴気を放っていた。
「ユナちゃん気をつけて!」
エリーナがユナに警告する。今までの例として樹木が障り神になったことなど聞いたことがない。
樹がざわめいた。
それに連動するかのように土の中からゴブリンと赤狼が姿を現す。ただ通常の魔物と異なるところは黒い瘴気に覆われていて、強い力を感じた。
「魔物を生み出せるのかよ!」
ジェイスが呻いた。この障り神は動けない分、魔物を生み出し守りを固めているのだ。
「姫様、樹が苦しんでいます」
緑の精霊のグリルが異変を感じ取り報告する。
「わかってる」
それはユナも感じていることだった。禍々しい瘴気を放つ樹だが、その中にわずかだが輝くものを感じていたのだ。ソルの力を使って移動し巧みに攻撃をかわしていく。黒い茨の蔦がユナに襲い掛かり、それをグリルが緑の蔦を地面から生やし防いでいく。
「ユナ様!」
ギナが矢を放った。ギナにはソルの力で矢に一時的に命中率を上げる力を付与されていた。矢は次々にユナ達に襲い掛かろうとしていた赤狼やゴブリンに命中していく。
「やるじゃないか!」
オーリックはユナから譲り受けた弓で攻撃を行っていた。オーリックの矢は光の矢、弦を張るだけで光の矢が生まれるというマジックアイテムだ。魔力を消費し矢を生み出す。つまり、使用者の魔力が枯渇しない限り矢を撃ち続けることができるのだ。しかも、光の矢には自動補正がかかっており一度狙った相手には必ず当たるのだった。
「ユナちゃん、無理はしないでね!」
火属性魔法【火球】
無数の巨大な火の球が魔物たちにが襲い掛かる。エリーナの放った魔法だ。エリーナの杖はユナのカバンに入っていた物だった。そして腕輪と首飾りもユナが渡してくれたものを身に着けていた。その結果、小さな魔力で大魔法級の威力を出せるようになったのだ。
(なんなのよ。これって伝説級じゃない!)
エリーナは湧きおこる力に困惑しながらも術を放つ。ユナ曰く、「家の物置にあったものを適当に持ってきた」という品々だ。
「うをぉぉぉ!」
ジェイスが大剣を振りかぶり赤狼を斬り払う。大剣はユナから借り受けたものだ。大剣を振るたびに魔物が吹き飛んでいった。大剣はその見た目にかかわらず非常に軽く、ジェイスの剣よりも軽いくらいだ。しかも身体強化まで付与されており自分の体を羽のように軽く感じていた。
『障り神の左側に赤狼の大群が発生している!ジェイスは目の前のゴブリンに注意!』
テイルはピイちゃんを経由して全員に指示を出していた。テイルは先頭には不向きだが、全体を把握し状況を見極める力に長けていた。しかも、全員の思念の中継も行っている。ピイちゃんとテイルを経由して「ねっとわーく」を作り上げているのだった。
『すごいよ!みんなのおかげで魔物が寄りつかない!』
ユナの嬉しそうな声が響いた。障り神の力が徐々に薄れているのが分かった。無限に湧くかと思われた魔物もその数を減らしつつある。
『みんな!あと少しだけ頑張って!』
ユナの言葉に全員が奮い立った。
光の矢が、炎の球が、障り神にダメージを与え始めた。
その時だった。
『みんな気をつけろ!障り神が!』
テイルの悲鳴じみた声が響く。巨大な樹木の根本に禍々しくも巨大な暗黒の球体が現れた。
『みんな!離れて!』
黒い球体から無数の棘が放たれる。
「きゃっ!」
エリーナの近くに着弾した棘は刺さるとすぐに炎を上げて爆発した。風の壁で直撃は免れたがそれでも衝撃が彼女を襲った。
『エリーナさん!』
『大丈夫よ!』
『その場から離れるんだ!』
ジェイスがエリーナの前に出た。迫りくる棘を大剣で弾き、ゆっくりと後退していく。
『ギナ、オーリック!援護を!』
テイルの指示で矢の攻撃を開始、エリーナとジェイスの退路を確保する。
黒い球体からうねうねとした触手が生えてきた。触手が魔物に触れた瞬間、魔物の体が沸騰しながら溶けていく。
『ユナ、触手に触れちゃだめだ!いったん離れよう!』
ユナは距離をとるとそのままテイルの場所に降りてきた。
「何なのよあれは!」
激しく動揺するエリーナ。
「ユナ様、ありゃヤバいですぜ」
ギナも震えている。
「恐らくだが、障り神の最後の抵抗じゃないかと思う」
ぽそりとジェイスが呟いた。
「障り神が最後の力を振り絞って全力で抵抗しているってことか……」
オーリックが迫りくる障り神を睨みつける。
「確かに……さっきよりも力が弱まっているみたいだわ」
ユナはジェイスの言葉に納得した。瘴気は最初のころに比べて半分ほどになっていた。しかし、それでも障り神の力は脅威だ。
「今ここで倒さなければ大変なことになる」
このままほうっておけば障り神は力を取り戻しアグラハムの街を襲撃するだろう。それだけは阻止しなければならない。
「ユナ様、どうします。ここのまま街まで逃げて全員で避難するってテもありすぜ」
ギナが提案するが、ユナは黙って首を横に振った。もうだいぶ力を使ってしまっている。いかにユナとて力は無限ではないのだ。
「ごめんなさい。ここで逃げるわけにはいきません。そしてお願いなのですが、もう一度みなさんのお力を貸していただけませんか?」
ユナの言葉に全員がにんまりとする。初めからユナがどう答えるかなど知っていた。この心優しき少女が誰のために動いているのかをここにいる全員が知っていた。
「「「「「当然!」」」」」
全員が動き出す。
「みなさん。ありがとうございます!」
ユナの声が、森の中に響いていった。
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