5,愛と鞭

 一応、幼児ですが、という僕のツッコミは虚しく、ハードなのは勉強だけにとどまらない。なんなら、こっちの方が余程難しい。


 こっちとは、乗馬、兵法、弓、鉄砲などの武術である。


 ……ただの医師に、そこまでのチートは求めないでほしい。


 しかも、これらの全てが日本独自で発展を遂げているもので、僕の知識や経験がまるで役に立たないのだ。最も、そうではなかったとしても、役に立つほどの量ではないけれども。


 武術、余裕だな、と思っていた少し前の僕は本当に……。


 🩺 🩺 🩺


「え、じょうばってりょうてをはなすの?」


「はい、そうでもないと戦うことができませんから」


 小姓兼、乳兄弟兼、馬術指南役の孫六くんにそう言われ、僕は渋々と両手を離した。……怖い。


 そんな僕の気持ちを読み取ってか、お馬さんは暴れ出して。


 ドスーン!


 僕は、尻もちをつきました。痛い!僕の精神年齢はともかく、肉体年齢は5歳なのだ。お馬さんがポニーくらいの大きさだとしても、落馬は痛い。


 それから何回も落馬し、やっとのことで両手を離せるようになったけど。地獄はまだまだ終わらない。


「次は、腰をくらから離して下さい」


「え⁉」


 段々と、無表情で淡々と教える孫六くんが、怖くなってきた。だが流石に、これは無理なのでは?


「つけたままではのれないの?」


「つけたままで駄目という訳ではありませんが、そうだとお尻にあざができて、苦しいようですよ」


 この時代、痣の治療法なんて、確立されているのだろうか?もし無かったら、……それが死因なんて絶対嫌だ。


 腹を括った僕は、試しに腰を上げる。


 ドスーン!


 乗馬の道は、まだまだ遠いようだ。


 🩺 🩺 🩺


 全身擦り傷、満身創痍の僕は、続けて兵法の指南を受けることになった。


 良かったー、兵法なら机で勉強するやつだーと思っていた僕の前に現れたのは。


「若様ー、かかって来てくださーい!」


 真剣で構える兵助くんだった。


 え、真剣。真剣?しかも兵法って、剣道のことだったのか。


と驚きながらも、剣道は中高の体育でかじった程度の僕は刀を構える。


「若様、どうなさいましたか?

腰が落ちてないですよ」


 慌てて直す。この体勢は、スクワットよりきつい。幼児用の小さな刀だが、それを握るだけでも結構な体力を消費する。


 何とか気力で耐え、攻めかかるも。


「めー」


 ズドン。


 兵助くんの殺気で、腰が抜けました。


 🩺 🩺 🩺


 続いては弓。今までの先生は僕の小姓だったけれど、この先生は秀吉とーさんの重臣だった。


「で、では、いきましょう」


 戦いでは勇猛果敢、普段はビビリらしい宮田喜八郎光次みやた きはちろう みつつぐさんだ。年齢は、僕の享年と同じ……って、また不吉なフラグを……。


「はい」


 僕は、弓道未経験者だが、武術の中では一番マシな出来だった。他と比べて、僕のイメージ通りだったからだと思う。


 とはいっても、あくまで「マシ」なだけで。


「どうして、まとにあたらないんだろう?」


 思わず僕は、こう呟いてしまった。


 🩺 🩺 🩺


 最後は鉄砲だ。銃声が鳴り響く地獄を想像していた僕だが、それは予想を大きく外れた地獄だった。


「おしえるひとがいない?」


 僕は、小姓ペアに聞き返した。うんうんと兵助くんは頷き、孫六くんは深刻そうな顔で言う。


「はい。

殿は、家臣を積極的に登用していらっしゃいますが、火縄銃の名手は中々おらず、困っているそうです」


「だから、めのまえにたいりょうのしなんしょがあるんだね」


 指南書は崩し字で書かれていたため、とても読みづらかった。それでも、僕はめげずに、絵をよく見て、頭をフル回転させながら一生懸命読み込んだ。


 あまり、体を動かさなかったから、武術の中では一番楽だったのかもしれない。


 🩺 🩺 🩺


 全ての指南が終わった時、もう空は夕焼け色に染まりつつあった。


「つかれたー」


 僕は小姓ペア以外は誰もいないことをいいことに、縁側でだらーんと横になった。


「お疲れ様だねえ」


 ……いや、誰かいた。慌てて僕が起き上がると、こちらへ向かう女性が一人いた。


 年齢は60歳くらいだろうか、白髪の混じった長髪を無造作にポニーテールで結んでいる。相応に年はとっているけど、何故かエネルギッシュで若々しい。


 所々泥がついているけれど、手には大量の白いかぶを抱えていて、農作業の人だってことが、一目でよく分かった。


 僕は呑気に見ていたけど、小姓ズは違ったようだ。


「「大母上様……」」


 2人して、呆然と見つめている。どちらも、目と口が空いたままだ。


 大母上?何か、凄そうな人だけど、飾り気は全くない。


「そんな仰々しく呼ばなくていいよ、私はなかだから。

それにかぶの収穫帰りに、孫の様子を見に来ただけだよ」


 ……僕以外に、名前の呪いを気にしてない人を初めて見た。


 それに、……孫⁉つまりこの人!秀吉とーさんか、寧々かーさんの、お母さん⁉


 僕も、小姓ズの仲間入りをしたようだ。


 その様子を気にしてか、気にしてないのか、仲ばーちゃんは縁側にかぶを置き、あまり汚れていない方の手で、僕の頭を撫で撫でした。


「それにしても、疱瘡が治ってよかったねえ」


 その手は、誰よりも温かかった。僕の心の何かを壊す、凄い破壊力だった。


 ふと、疑問に思う。でも、僕の祖母ならこの短い間でも、会ってるはずなのでは?


「あの、なぜおあいにならなかったのですか?」


 僕がストレートにそう言うと、仲ばーちゃんは、


「苦手だったからさ」


僕以上に、ストレートで返した。小姓ズは、呆気にとられながら、その様子を見ている。


「私は、屋敷で引きこもって、何やら小難しいことをするのが、苦手なんだよ。

私はただ、毎日平穏に畑いじりをしていたいんだよ」


 ……この人、僕と同じ転生者か?仲ばーちゃんの現代的過ぎる望みで、ちょっとした疑惑が生まれた。


 いや、違うな。即座に僕は、否定する。望みに、現代的とか、そうではないかなんて、ない。


 引き締まった僕の背を、仲ばーちゃんは優しくほぐす。


「於石も、自分に正直に生きな。

やり過ぎはよくないけれど。

人様に迷惑をかけない程度で、心が赴くままに。

……私がいつも、こどもに言っていることだよ」


 そう言って、もう一度僕の頭を撫でた。


 ……凄い。溢れ出る優しさで、胸がいっぱいになる。こんな気分になるのは、長秀さんの時以来、いやそれ以上だ。


 自然と、周囲がキラキラ見えてくる。エネルギーを貰える。少し、秀吉とーさんの面影を感じる。


「若様、大母上様、急ぎこちらへ!」


 状況を一変させたのは、呑兵衛くんから伝えられた、衝撃の情報だった。

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