第68話 なぜ君が生きている
「………うう、もうお嫁にいけませんわ」
「大袈裟ね、人語がしゃべれなくなって四足歩行を強いられてただけじゃない」
「お嬢様、それは人間にとって大事件だと思うのです」
共和国連邦に到着してから四日後、わたしたちは街の散歩をしていた。
ルクシアさんおすすめのスポットを紹介してもらったりして、四人と一匹で過ごしてきたこの三日間。
ようやく一匹を一人にカウントできるようになった今日は、久しぶりに五人で出かけている。
「し、しかし、お嬢様に命令されて犬になっている時間も、そう悪くは………うへへ~」
「誰かこの変態何とかしてくれないかしらね」
たしかに一日過ぎたあたりからなんとなく顔が赤かった気はしていた。
なるほど、あれはマゾへの目醒めの瞬間だったか。
世界一どうでもいい場面を目撃してしまった気がしてげんなりする。
「もう黙っとけオトハ。それよりノアマリー様、今日はどちらへ?」
「ステアに洋服買ってあげようと思って。ほら、最近小さくなってきたでしょ?」
「ん。小さい」
「あら、お胸の話ですの?」
「ユルサナイ」
「落ち着いてくださいステア、まだ十歳なんだから大丈夫です。オトハもいじらないでください」
わたしはちらりと自分の胸に目をやる。
まあ、十四歳にしてはそこそこ育ってる方、だと思いたい。
ノア様もわたしと同じくらいだろうか。
ステアは言わずもがな。
そしてオトハは。
「なんですの、クロさん?」
………癪だけど、この中では一番育っている。
服の上からふくらみを感じるのはオトハだけだ。
「頭のよろしさと胸の大きさは反比例するのかなって思ってました」
「喧嘩なら買いますわよ」
「いえ、わたしの闇魔法でオトハの胸の脂肪分を消せば、少しはオトハも賢くなるのかなと」
「何をとんでもないこと言ってますの!?」
むかついたのでなんとなくオトハをからかって遊んでいると、洋服店の前に既に着いていた。
「さ、行きましょうステア」
「ん」
わたしたちも慌てて中に入り、ジュニアサイズの服を探し始める。
「これなんてどう?」
「相変わらずゴスロリっぽいのが好きですねノア様。わたしはこっちの愛らしいのが良いと思いますが」
「あなたも相変わらずエプロンドレスじゃない。今度は違うの選びましょうよ」
「どっちも、持ってる」
「たしかに。ではこっちの男の子っぽいのはどうでしょう。ステアなら凄まじい美少年みたいに見えますよ」
「思い切ってこっちの着物はどうかしら。絶対似合うわよ」
「………聞いてない」
ノア様と相談しつつ、ステアに最も合いそうな服を厳選していく。
しかし決まらない。どんな格好でも似合ってしまう、ステアの美少女っぷりがここに来てあだになるとは。
「ふむ、決まりませんね」
「そうねぇ、一体どうすれば」
「お嬢様、クロさん。これなんかどうですの?」
そんな時、オトハが一着の服を持ってきた。
それは。
「………メイド服じゃないですか」
「似合いますわよ、絶対」
「まったくすっとぼけたことを………」
確かに似合うとは思う。
何せあの可愛さだ。服装によってはノア様の従者という立場でもロリコンによる誘拐の危険性があるレベルの殺人的可愛さのステアが着るメイド服。
しかし今日は普段着を見繕いにきたのだ。こんなものを買いに来たわけじゃ………。
ステアがメイド、か。
基本的に表情を崩さず、最低限のことしか喋らず、淡々としたこの子が。
待て、それって。
無表情クーデレロリメイド………?
いや、惑わされるなわたし。
確かにそれは世界規模の可愛さだとは思うが、本来の目的を忘れるな。
「今なら、この猫耳としっぽをおまけで付けてくださるそうですわ」
「ノア様、経費で落ちますか」
「落ちるわね、ええ落ちるわ」
本来の目的は忘れた。
そこには、オロオロするステアと満足そうにした顔をしているわたしとノア様の姿だけがあった。
満たされた感覚を胸に受けながら、購入した猫耳メイド変身セットを手に持って歩いていると、少し見慣れた建物を見つけた。
酒場のような見た目だが、魔法を放っている女性の像が二つも飾られた木製二階建ての場所に、武装した人たちが出入りしている。
「傭兵ギルドですね。この街にもあるんですか」
「まあ、腕っぷしや魔法に自信があるなら悪くない選択肢よね」
傭兵ギルドは、世界各地に点在する、文字通り傭兵を擁する組合。
戦争、魔物討伐、護衛、その他もろもろの重労働をこなす、腕自慢たちが多く集う場所だ。
上手く依頼をこなしたり、その強さを世間に知らしめれば、貴族のお抱えになったりもできる。
尤も、命の危険とそのチャンスが釣り合うかと言われれば微妙なところなので、所属者はそこまで多くない。
なにせ、この世界には転生の魔法はあるが、蘇生の魔法は存在しないのだ。わざわざ危険を冒して大金を狙うよりは、安全に日銭を稼ぎたいと思う人間が多数だろう。
「魔物の生態を知るにはいい機会よね。登録しちゃおうかしら」
「やめてください、ご自分の立場考えてください」
「でもあそこにある女性の像は、百年前に傭兵ギルドを設立した光魔術師のものよ。そういう理由から傭兵たちは一般市民以上に光魔術師を神聖視してる人が多いし、悪い待遇は受けないと思うんだけどねえ」
「だとしても、他国の貴族が別国の傭兵ギルドで登録とか、体裁悪すぎるでしょう。何か企んでるんじゃないかと思われますよ」
「まあそうなんだけどね」
傭兵か。正直、いい思い出がない。
というよりは、傭兵と関わった記憶が一つしかなくて、それが最悪の思い出だという方が正しいか。
「行きましょうノア様、そろそろ戻らないと。ルクシアさんと昼食をとる予定があったでしょう」
「ああ、そうだったわね」
「ほら、ステアたちも」
「ん、了解」
「傭兵かあ。昔はちょっと憧れてたなあ」
「オウランも男の子ですわね」
嫌なことを思い出さないように、その場から離れようとする。
その時。
―――ドン。
前から来た人とぶつかってしまった。
オトハたちに気を取られて、前を見ていなかった。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこ………そ………?」
ぶつかった男性に謝罪して、再び歩き出そうとする。
だが、歩けなかった。その男が、その場で立ち尽くしていたからだ。
「なんで………なんで、君が、生きている………?」
男の声は震えていた。
わたしは何事かと思い、首を持ち上げて男の顔を見た。
そして、体が硬直した。
「だって、君は………あの時………!」
何でここにいる。
この男が、何故。
「あら?クロさん、お知り合いですの?」
「クロに傭兵の知り合い?そんなのいたかしら」
オトハの質問と、ノア様の怪訝そうな声にすら、反応することが出来なかった。
わたしの頭の中では、過去の光景がフラッシュバックする。
暗い洞窟。
動かない体。
巨大な蛇。
自分の血。
過ぎ去る背中。
そして、わたしの体から放たれた、闇魔法の魔力。
間違いない、この男は。
「………お久しぶりですね。お元気でしたか」
あの時、わたしをキリング・サーペントの気を引く囮に使った―――三人の傭兵の一人だ。
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